第1話の2 【モウ、みんなで笑うしかありませんでした】
コカゲは履歴書に落としていた目線を上げ、ミノアの方に戻しました。
「とてもわかりやすく書いていただき、ありがとうございます。前職について、簡単にご説明いただけるでしょうか?」
コカゲは手のひらでミノアを差して促しました。
「はい。先日まで働いていたところは、二百年近く続いているテーマパーク系ダンジョンで、こちらは魔族さんだけでなく、ニンゲンさんにもご利用が可能な施設なのですけど、私はそこの裏方さんをしていました。まだまだ未熟者でしたので、施設のお掃除や、トラップを作動させる機器の油さしなど、そんなことを教わっているところでした。ですがある日のこと、老朽化したダンジョンがまさかの大崩落をおこしまして・・・。幸い、お客さんの中に怪我人はいなかったのですが、従業員魔族さんたちや飼育している魔獣さんたちが怪我してしまいました。労災云々で、このあと大変だったみたいです」
「そう言えばどこかのテーマパーク系ダンジョンで、大きな崩落事故があったとか、そんな話の書面が回ってきましたね。恐らくそのことだろうと思います」
いつもながら適当に読み流してハンコを付いた書面の中に、そんなものがあったようなことをコカゲは思い出しました。
「崩れる前に先行投資をして導入した最新のトラップ設備も、あまり使っていないうちにおじゃんになってしまいました。モウ、みんなで笑うしかありませんでした。お腹を抱えて、思わず涙がちょちょぎれちゃいました。その後、ホントにみんな泣いちゃいましたけど」
ミノアはちょっと、自虐的な笑いを見せました。
「テーマパークの運営的には施設内の設備に投資するよりも、まずは建造物の改修工事に投資するべきでしたね。まあ、安いものではありませんが」
淡々とした口調でコカゲは言いました。
「はい。私もそう思いました。支払いも・・・『げっぷっ!』」
タイミング悪く飛び出た牛さん特有の生理現象に、ミノアは慌てて口を押え、赤べこのように顔を真っ赤にしました。
「構いません。気にせず続けてください」
恥ずかしそうな仕草を見せて頷いたあと、ミノアは話を続けました。
「・・・払いだったようで、まだ随分と残っていたそうです。その後は経営者魔族さんも、恐ろしい債権者魔族さんたちに追い立てられ、今は行方知れずとか。せめて名のある勇者さんにでも攻略されていれば、まだ世間体も保てたかも知れません。新人だった私もとても良くしていただいたので、とても心配しています」
コカゲは表情を変えないまま小さく頷くと、話が続くのを待ちました。
「それで働いていた私たちは、全員失職しました。退職金などもちろん出るはずもなく、施設の資産は全て差し押さえられてしまいました。差し押さえを免れたどうでもよさそうな備品を、みんなでわけあうのが精一杯で、私はダンジョン内で飼育されていたミミックをいただきました。むしろ野良ミミックにしちゃいけないからと、破産管財人魔族さんから、ありがた迷惑的に押し付けられました。飼育放棄禁止条例とか、どうのとか、ちらつかせて・・・」
「まあ、あまり日常生活では有効性がなさそうですけど、番犬代わりにはなるかも知れません。犬ではありませんけれど」
「そうなんです。そこで貯金箱の代わりにしたら、お金を取り出すことすら出来なくなってしまいました。無理にこじあけて取ろうとすると、飼い主なのに私を追いかけまわすんです。四角い姿をして、結構動きが早くて、何度尻尾を噛まれたことか。千切れるかと思いました」
そう言ってミノアは、何となく振り返って自分の尻尾を確かめました。
「そうでしたか。随分とご苦労されたようですね。ミミックが追いかけまわせる魔物だとは、私も知りませんでした」
そう言って少し間を取りつつも、コカゲはミノアの履歴書の片隅に、『若干おばかちゃんかも?』と書き足しました。
(つづく)
(作者さんのニッチなあとがき・改)
今ではローンとか、リポ払いとか、色んな払い方がありますけれど、昭和時代は分割払いのことを『月賦』と言いました。
今じゃ言葉はもちろん、漢字の書き取りテストでも出てきそうもありません。
子供の頃は、この『月賦』と生理的な『ゲップ』が重なって、何だか不思議に感じていたのです。
聞いた話ではもっと昭和の高度経済成長期頃だと、『サイダーで買う』という俗語があったとか。
要はサイダーを飲むとゲップが出るから、それに引っ掛けたようですね。
ミノアはミノタウロスの女の子ですけど、キャラを考えた時から出来るだけ牛っぽさを出したかったので、時々言動や仕草に、それっぽところが入ります。
彼女のイメージとしてはもちろん乳牛さんですが、まだミルクは出ません。
出たら出たで卑猥になるので、そうした方向にも持っていきません。
ミノアは純真、純朴なキャラで通したいのです。