8話『飲み会(合コン) 終 』
枝豆を口の中に放り込む。
その様子を川瀬はジーッとただ見つめる。
何を考えているのかイマイチ理解出来ない。
そういう表情。
もしかして枝豆の食べ方間違えてる? てか、枝豆ってそもそも食べるものじゃないの?
意味のわからない不安を抱えつつ、手に持った枝豆の皮をそっと取り皿に置いておく。
ふと、頭に浮かんできた疑問。
そもそも疑問と呼べるのかすら怪しい。
本当にちょっとした謎である。
「川瀬さんってこういうの来るタイプなんですね」
俺の中にある川瀬のイメージって飲み会とかに参加するものじゃなかった。
ワーワー騒ぐようなところに足を運ぶのではなく、静かなバーとかでお酒を飲むような印象。
大人びた感じ。
これの言葉がまさに俺の抱いていた川瀬のイメージである。
俺の言葉を聞いた川瀬はグビっとジョッキに注がれたチューハイを呷った。
つーっと頬を赤く染める。
クールな雰囲気から一転してほわほわとした雰囲気を醸し出す。
アニメや漫画なら、川瀬の周りにはチルダのような線が書かれそうなほわほわ具合。
ま、要するにほろ酔いになったお姉さんってことだ。
「慧斗」
「なんですか」
俺の名前を呼ぶだけ呼んで何も言わない。
その反応を見て何が面白かったのか分からないか、口元を押えつつ笑っている。
微笑み方に思わず惚れてしまいそうになるほどの可愛さ。
「こうなった私を見てもこういう所来るタイプに見える?」
キリッと真剣な眼差しで問う。
「こんなにお酒弱いならたまたまですかね」
「むぅ、実際にそうなんだけどさ……。お酒弱いって言われるのなんか嫌なんだけど」
もういつものキャラクターはどこへやらという感じ。
あの川瀬は取り繕ったものだったのかと思い知らされる。
思い知らされながら俺は川瀬にほっぺたを突っつかれたり、引っ張られたりする。
「事実なら受け入れてください」
「えー」
と、不満を露わにする。
「ってか、そもそもなんで来たんです? お酒弱いなら断れば良かったんじゃないですか?」
そもそも論である。
彼氏がいるとか、いないとか、そういうのを一旦置いたとして、お酒弱い人間がここに来る必要は無いのだ。
「女の世界っていうのはめんどくさいものなの。嫌なことも付き合っていかなきゃいけない面倒くさい世の中だから」
「じゃあ、面倒くさいことをしに来たと?」
「そういうこと。慧斗がいたのは予想外だったけどね」
そう口にすると、頭をもしゃもしゃと撫でる。
満足いくまで撫でると、手を離し、枝豆を口に入れた。
俺はボサボサにされた髪の毛を指で梳かす。
「それに関してはこっちも同じですよ。まさか川瀬さんが来るだなんて思ってもなかったので」
「何? 嬉しい? 嬉しいの?」
めんどくさいジジイのような絡みをしてくる。
無視してやろうかと思ったが、無視したら露骨に悲しむんだろうなと思うと、無視できなかった。
「そうですね。嬉しかったですよ。知らない女の人ばかりだと思って緊張してたので」
酔っ払っていたからだろう。
いつもなら強がって適当に誤魔化すところなのに、超ストレートな言葉をぶつけてしまった。
まだ正常の判断が出来る俺は口にしてから恥ずかしくなる。
あくまでも今の俺は判断のスピードが遅くなっているだけなのだ。
むしろ、正常な判断すら出来ずに記憶飛ばした方が良い。
変に恥ずかしさが残るのは耐えられない。
「そうか、そうか。慧斗ったら可愛いなー」
さっき満足していたのにまた撫で始めた。
酔っ払ったら撫でる癖でもあるのだろうか。
とりあえず、川瀬のアルコールリミッターは限界を迎えているだろうからこれ以上与えるのはやめておこう。
って、まだ一杯目だけどさ。
「あー、はいはい。ありがとうございます」
酔っ払っいの発言だと思い込むことにし、適当に返事をする。
今度実家へ帰ったら父親に感謝しよう。
酔っぱらいの対応を学ばせてくれてありがとう、と。
殴られるかもしれないけどね。
「慧斗ったら適当に返事しちゃって」
口を尖らせる。
ここで反応したら俺の負けなので聞こえないふりをした。
反応すればまた酔っ払いの猛攻撃を食らう。
酔っ払っいは不思議なことに「自分は酔っ払ってない」あぴーるをしたがる。
特に俺の父親がそういう傾向にあった。
きっとこれもその流れなのだろう。
適当ってわかってる私、酔っ払ってないよ。
そういうアピールである。
「あの女の子もバカだよね。こんな良い男の子を捨ててあんなクソ男と浮気しちゃうなんて」
突然語り始めた。
ヤベェ、周りに聞かれたらマズイと焦ったが高橋や大久保は俺たちとは真逆の方でワーワー騒ぎ、こちらには全く興味がなさそうで、薄井はもう一人のショートカットの女の子と楽しそうに会話している。
あれは狙い定めた感じだな。
お持ち帰りできると良いな。
そんなことを思いつつ、川瀬へ視線を戻す。
「でも世間的に見たら僕と佳奈は釣り合ってなかったですし。これが運命だったんですよ」
「そんなことないよ。だって、慧斗は友達思いで、裏切られても自我を保てる立派な心を持ってる男の子だよ?」
「立派な心ですか」
立派なんじゃない。
度胸がないだけである。
度胸がないから何も言えない。
でも、泣き崩れるような事は恥ずかしいからしたくない。
結果として無の感情を心に宿らせているだけ。
全く心は強くない。
むしろ、豆腐だ。
「もしも出会う順番が違ったら――」
「違ったら?」
俺が声を被せるように聞き返すと、俺の肩に重さが加わった。
感じられる温かさと肌で伝わる呼吸。
ちょこんと川瀬が頭を置いたのだ。
うお、マジか。
声には出さないが、内心飛び跳ねそうになる。
ここで変な声出したりしたら恥ずかしい。
そーっと、川瀬の顔を見る。
すると、気持ちよさそうに眠っていた。
「寝ただけか……」
ドキドキしたこの気持ちを返して欲しい。
そう思いつつも、俺は川瀬の頭を撫でる。
俺が尊敬する女性。
強さの中に弱さを隠している。
きっとそれを俺へ見せることは無いだろう。
だが、強さしかない人間なんて存在しないのだ。
「お疲れ様でした」
俺はそう誰にも聞こえないような声で呟き、頭を撫で続けたのだった。




