5話『友の気遣い』
学生が行き交う廊下。
そこですれ違うカップル。
彼らを見ると、今まで俺はあっち側だったのにという劣等感を抱いてしまう。
良くない循環だ。
「うん、あれはBカップ」
「何がだよ」
「おっぱい」
「低劣過ぎる。せめて胸って包めよ」
「Bカップじゃ包めないだろ」
薄井のやつ本当にヤバい。
真昼間とは思えない発言。
「お前酒飲んでんのか?」
「俺は酒飲んで授業出席するような不良じゃない」
全力で否定する。
そういう奴ほど酒飲んでるんだよ……。
って、本当にお酒臭くない。
マジで飲んでないのか。
素面でこの発言ってもっとヤバいだろ。
俺の中で好感度が二十下がった。
「でもそんな控えめなおっぱいも好き」
貧乳をバカにしない。
コイツやっぱり分かってるわ。
俺の中で好感度が二十上がった。
「敷田の元カノはあのくらいの大きさだったもんな。しかも良い形してたし」
やっぱりコイツ最低だ。
俺の中で好感度が二十下がった。
ってか、あの時は頭に血が上ってたからパンパンしている映像を薄井に見せてしまったが今冷静になってみると、俺は薄井にオカズを提供してしまったのではないだろうか。
腐っても佳奈は俺たちの同級生であることに変わりない。
そんな関わりのある同級生のすっぽんぽん。
その上に合体し、喘いでいる。
天然物のアダルトビデオ、つまりAVである。
ジャンル的には素人、ハメ撮りになるのだろうか。
「おいおい、そんな目で見るなよ。冗談だって」
パシンと肩を叩く。
「そもそもな、あれは流石に生々しすぎた。勃つもんも勃たんわ!」
ということらしい。
もうなんかどうでも良いや。
長谷川よりはマシだからな。
「それよりもあれからあっちから接触あるのか?」
「無いな。もう俺なんか気にせず新しい男でも作ってるんじゃないか?」
俺と付き合っていながら他の男に手を出すビッチのことだ。
新しい男を作っている、もしくは長谷川と正式に付き合い始めた可能性もあるだろう。
「ってか、薄井の方が知ってるだろ。なんか情報あるのか?」
「ねぇーよ。大体積極的になるほど興味もない。お前の精神面の方が心配だよ」
「惚れるわ」
「おう、惚れとけ惚れとけ」
思わず泣きそうになってしまう。
良い知り合いを持つってこういう事なんだろうな。
「ちなみに相手の男は? あっちは元々知り合いだったんだろ?」
「あぁ。ま、サークルの先輩だよ」
「サークル!? お前それ行きにくくなったろ」
同じサークルに長谷川が居るとか地獄すぎる。
行きにくいってか、俺ならそもそももう幽霊部員になる。
怖くて顔もまともに合わせられない。
「当然だろ。もう怖くて行けねぇーよ!」
という言葉とは裏腹に楽しそうな表情。
「楽しそうだな」
「こんなカオスな展開人生でそうそうねぇーぞ。楽しまなきゃ損だろ。それに、俺はあのサークル行かなくても生きていけるしな」
「メンタル強いな」
「敷田とサークルを天秤にかけたらお前が勝っただけ。ま、俺がメンタル強いのは認めるわ!」
その強靭なメンタルは本当に羨ましい。
きっと俺のメンタルもそこまで鋼だったらうじうじしないんだろうなと思うと悲しくなってくる。
「でも、浮気してたって噂は流れてなさそうなんだよな」
「と言うと?」
「お前の元カノも浮気相手もさ、事実を口にしてないんだよ」
噂が流れたところで困ってしまうので、今の状態で構わない。
第三者からしてみれば、噂が流れて佳奈と長谷川の株が大きく下がった方が面白いのだろうが、俺はここに面白さなんか一ミリも求めていない。
とか、考えていると薄井は渋い顔をする。
「それが何って顔してるな」
俺の心の声を当てられた。
何こいつ、エスパーなの?
もしかして俺の真ヒロインだったりしちゃうわけ。
「あの二人が浮気を公言しない場合にお前が被るデメリット教えてやるよ」
薄井はなんだか呆れたようにため息を吐く。
呆れさせるようなことをした記憶は一切ない。
なので、困惑しつつ首を傾げる。
「状況を知らない周りの人間は敷田が原因だと思い始めるってことだな」
「は? なんでだよ」
「冷静に考えてみろよ。世間的に見てお前の元カノは超優良物件だ。顔良し、頭良し、性格良し」
「性格……ね」
「あくまでも周りからの評価だ」
浮気をするような男癖を知らない人間からしてみれば、性格が良いと思われるような性格だ。
温厚と言うべきか、優しいというべきか。
「で、お前は?」
「俺……は。陰キャ」
「卑下しすぎだ。俺と仲良い時点でお前は陰キャにはなれないぞ。残念ながらな」
どうやら俺は陰キャになれないらしい。
根っこはただのクソ雑魚陰キャ童貞なんだがな。
「とにかくお前の元カノに比べれば圧倒的に世間体からの評価は低いな」
上げて下げるスタイル。
嫌いじゃないが、悲しくなるのでやめて欲しい。
「ここからは仮定の話だ。お前らの話ではない」
薄井はそう前置きをする。
「その二人が付き合ってて別れた。さて、超優良物件の女子と自称陰キャな冴えない男のどっちが原因で別れたでしょう」
どこからどう聞いても俺たちの話なのだが、仮定らしい。
仮定、仮定……ね。
「ま、男の方が原因だと思うだろうな」
「ってことなんだよ。つまり、現状お前が原因だと思われるわけ。それが例えお前の元カノだったり浮気相手が『敷田が悪い』ってデマ流さなかったとしてもな」
「うん。それは理解出来た」
現状、推測という曖昧なもので勝手に俺が悪者扱いされているのは分かった。
「で、どういうことだ? 公言させろと?」
「いや、そんな面倒なことは良い。面白さと面倒くささが釣り合ってない」
その天秤今すぐ壊した方が良い。
絶対に釣り合わせるもの間違えている。
「俺が言いたいのはな、知らないうちに悪者扱いされてるかもしれないけどその場で逆上するなよって話」
先回りしてこのことを伝えておくことで、爆発を避けたかったらしい。
なんだお前、やっぱり良いやつだろ。
「ま、お前が爆発するとは思えないけどな」
それはつまり信じてるってことだろうか。
もうこれ告白でしょ。
そんな馬鹿なことを考えていたらいつの間にか次コマの教室へとやってきていた。
無意識って怖いものである。
生徒証をカードスキャナーにかざし、後ろの方の席を確保して話を進める。
「ってことで、俺は吹っ切れた方が良いと思うわけだ」
なんだか話を少しずつ脱線させている。
「お、おう」
露骨な進路変更に動揺しつつも、なんとか頷く。
「だから、明日呑みな。合コンだぜ」
「は?」
「だから、合コン」
「別にそこは聞こえてたわ」
薄井は俺の肩を叩く。
多分こいつ的には優しく叩いているつもりなんだろうが、痛いものは痛い。
「ま、どうせお前暇だろ。可愛い女の子も来るらしいから……な?」
薄井には恩義があるし、多分これも俺の気を紛らわせるための誘いなのだろう。
素直にそう言えば良いのに。
そう思いながら承諾したのだった。