42話『友達として』
とある大学の授業。
隣で薄井がコクッと頭を等間隔で動かしながら居眠りをしている。
眠いのなら突っ伏せて眠れば良いのに。
そんなことを思いながら、ノートをペラっと捲る。
カタカナばかりの単語を教授がパワーポイントを使い、一生懸命説明しているのだが、あまりにも取り散らかった説明なので、内容が頭に入ってこない。
俺の頭にあるのは、隣でコクコクしている薄井と目の前にあるノートだけ。
空白のノート。
「ふぁああ」
大きく頭を揺らした薄井は眠そうに目を擦りながら、大きく欠伸をする。
そして、何事も無かったかのように俺の事を見つめてくる。
「寝てないから」
「俺なんも言ってないだろ」
俺にだけ聞こえるような声で言い訳をしてきた薄井に、同じような声量で受け答える。
「へへ、それもそうだな」
腑抜けた声を出す。
とりあえず、授業に興味はないんだなってのだけはしっかりと伝わってくる。
「なぁ、敷田。一生のお願いってどう思う?」
「どう思うってなんだよ」
教授の声に掻き消されながらも何とかやり取りを続ける。
「簡単な話だよ。今俺が一生のお願いってお前に頼み込んだら受けてくれるか否かって話」
「内容次第だな。面倒なことはごめんだ」
と、肩をあげる。
苦笑する薄井はもう一度大きな欠伸をした。
周りを気にする様子は一切ない。
「眠いから授業終わったら起こしてくれ」
「んなもんで、一生のお願い使うなよ」
「へいへい、おやすみ」
面倒くさそうに俺の言葉に反応すると、机に突っ伏せた。
惰眠を貪る薄井を横目にして、要点を纏めながらノートに書き写している俺は勤勉すぎちゃうね。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
教授は時間を確認しながら授業をしていなかったのか、チャイムを聞いてから焦るように授業の締めを始めた。
「えー、まぁ……そうですね、次回の授業ではここから先さらに深く掘っていくので――」
というような、なんてことの無いセリフをダラダラと教授が喋って終了。
隣で気持ちよさそうに眠っている薄井を揺らして起こす。
決して、怒っているわけじゃない。
ただ、授業で後腐れなく眠れるその精神力に少々羨望の眼差しを向けているだけであり、意図的に大きく体を揺らして八つ当たりしているわけじゃないのだ。
嘘じゃないよ、本当だよ。
気だるそうに目を擦る薄井。
「おはよう」
俺の顔を見つめるなり、そう欠伸をして、荷物を片付ける。
と言っても、机上にあるのは軽そうな筆箱だけなので、ポイッとトートバッグの中に片付けて終わり。
トートバッグ自体も見た目はかなり軽そうだ。
指定教科書とか多分入っていない。
なんなら、ノートすら怪しいだろう。
薄井はまだ行かないの? というような疑問の視線を送ってくる。
あざとく首を傾げているのが些か腹立たしい。
俺は授業真面目に受けてたからね、片付けるのもお前より時間かかるのよ。
そんなことを心の中でぶつぶつ文句を吐きつつ、片付けをし、教室を後にする。
廊下を歩いていると、薄井は若干気まずそうに視線を逸らしながら、言葉を選ぶようにゆっくりと俺へ声をかける。
「えーっと、お前さ、佳奈ちゃんと色々あったって言ってただろ? その、俺結局事の顛末聞いてないからさ、どうなったのかなーって。あ、別に言いたくないとか、周りに話すような展開じゃないのなら黙ったままで良いんだけど」
薄井は終始アワアワしながら、申し訳程度に頬を触って、慌て具合を誤魔化している。
もちろん一ミリ足りとも誤魔化せていないのだが……。
「なんつーか、気になっちゃってな」
アハハと笑う。
ま、そりゃそうか。
相談するだけして、何も言わないってのは不親切だな。
「別にどうってことも無いよ。ただ、友達になっただけ」
「友達?」
「そう。元恋人とか、復縁とかそういうことじゃなくて。ただの友達」
「全部リセットしたってことか?」
不思議そうに首を傾げている。
俺はすぐに首を縦に振った。
物分りが良くて助かる。
「なるほどなぁ」
口元に手を当てつつ、眉間に皺を寄せる。
「敷田がその選択を望んで選んだのなら俺からは何も言わないわ」
「ってことは、薄井だったら違う選択肢選んだってことか?」
「だから言わねぇーって言ってるだろ」
面倒くさそうに髪の毛を撫でる。
「ま、当事者であるお前の判断が一番だとは思うから。
俺はあくまでもお前から又聞きしているだけだし、何がどうなってるかなんてその場にいなきゃ何も分からないからな。雰囲気とか含めてさ」
と、口にしながら歩く。
結局何が言いたかったのかと数秒の間考えたのだが、薄井なりの優しさであるという所で結論付けた。
合ってるかどうかなんて正直どうでも良い。
ただ俺に都合が良いような形で受け取るだけ。
考えたって何も変わらないからね、今更形を変えることだってできないし。
◇
「なんか久しぶりですね」
食堂の角でオムライスを頬張る川瀬の姿があった。
この人いつもオムライス食ってるな。
ま、食堂のレパートリーが少ないのは紛れもない事実なので仕方ないか。
俺だって、カレーの食券持っちゃってるし。
「誰かと思ったら慧斗じゃない。久しぶりって言ってもまだ一週間くらいよね」
「そのくらいですかね」
「座ったら?」
川瀬はずっと立ちっぱなしの俺を見て、手前の椅子へ顎をクイッと向ける。
俺は食券をヒラヒラさせて、おばちゃん達が忙しなく働いているカウンターを指さす。
「そう」
と、淡白な返事を皮切りにカウンターへ向かい、カレーを受け取って、川瀬の元へ帰還し、川瀬の向かいの席にお邪魔させてもらった。
「そっちはどうですか? 怒涛の日々だったんじゃないですか?」
「そうね、あんなんでも一応元カレだったわけだし、色々周りから話掘られたり、諸々の行事に参加したりで忙しかったわね」
「感情はどんなもんなですか」
思ったよりもカレーにスパイスが効いており、グラスに入ったぬるめの水を呷って舌を冷やす。
焼け石に水なような気もするが、何もしないよりはマシだ。
「感情なんて無いわよ」
つまらなさそうにオムライスを突っつく。
「でも、強いて言うのなら……」
オムライスをスプーンですくい、手を止める。
スプーンにはトロトロの卵とケチャップで味付けされたご飯が絶妙なバランで乗っている。
「言うのなら?」
俺は首を傾げると、川瀬はパクッとオムライスを口元へ運び、そのまま喉を通した。
「やっと終わったっていう安堵の気持ちかしらね」
「そういうもんですか」
「案外そういうものよ。そもそも私自身がやられてた事って浮気くらいだもの」
「浮気くらいって言って良いものなんですかね。浮気って」
「強姦とか暴力とかそういう犯罪行為に比べればまだ可愛いものなんじゃないのかしら」
強姦や暴力という犯罪行為に比べてみれば、確かに浮気は倫理観に反するだけに過ぎない。
民法にはチョロっと規定があるにしろ、刑法として明確に規定されているわけでも無ければ、浮気をしたから豚箱へぶちこまれるということもない。
あくまでも周りから白い目で見られ、場合によっては多額の賠償金を支払うだけ。
「そういうものなのかもしれないですね」
俺は頷く。
「それよりも、慧斗たちはどうなったのよ」
「えーっと、メッセージした通りですけど」
佳奈と友達という関係になったあと、簡素なものながら川瀬へ一通のメッセージを送っていた。
とりあえず送らなきゃという義務感によるものだったので、本当に何があったのかを記述しただけである。
「友達になったしかしらないわよ」
「そのままです。付き合うわけでもなければ、縁を切る訳でもない……。
友達という関係を新しく築くだけです」
「それで良いの?」
不思議そうに首を傾げる。
間違っているのか、正しいのかなんて分からない。
でも、一つだけ言えることはある。
「間違ってても、これで俺が犯罪者になったり、死んだりすることは無いので。
それなら違う可能性が残ってそうな方を選んだ方が面白いじゃないですか」
「らしくないわね」
「元々僕はこんな人間ですよ。じゃなきゃ、部屋にカメラなんか設置しませんから」
と、苦笑しつつカレーを頬張る。
若干納得していなさそうな川瀬であったが、これ以上この話題に関して踏み込んでくることは無かった。
◇
佳奈と友達になってから、大学内でもたまにつるむようになった。
周りからは色んな目で見られるのは当然のことである。
事情を知らない人達からすれば、コイツら復縁したのかと思われるわけで……。
ま、こればっかりはどうしようも無いのだけれど。
「おー! 敷田くん!」
佳奈と大学の廊下で喋っていると、向かいから大きく手を振ってこちらへ歩いてくる人影が見えた。
声音や口調から川瀬ではないことが分かる。
高めの女性らしき声なので、薄井でもない。
「牧原さん……。お久しぶりです」
牧原帆夏。
薄井の現彼女であり、大学三年生。
今年から就職活動が指導し始める時期なのだが、彼女の場合は色々特殊で就職活動のための活動は一旦置いている。
理由は簡単で、教育学部だからだ。
「そっか、あの写真の時以来かな? ともちんから敷田くんの話は時々聞いてたから、久しぶりって感じ全然ないなぁ……」
ボーイッシュな短めな黒い髪の毛を控えめに揺らす彼女は俺と佳奈をジーッと見つめる。
首を傾げたが、すぐに納得したような表情で頷いた。
「彼女?」
「違います、友達です」
しっかりと訂正しておく。
この感じだと、薄井は俺と佳奈のことについては口を割っていないらしい。
それはそれで、薄井のやつ一体何を話しているんだろうかという疑問は残るが、気にしていたところでどうしようもないので、考えるのは放棄しようと思う。
「えーっと……初めまして。栗原佳奈です」
「うんうん、佳奈ちゃんだね。敷田くんと友達ってことはともちんとも仲良いのかな?」
「ともちん……? ですか」
佳奈は目を細め、首を傾げる。
「薄井友樹!」
「あー」
大きく首を縦に振る。
「仲良い……って言って良いのかは分からないですけど」
佳奈はまずそうやって前置きをしつつ、口を引き続き動かす。
「顔合わせたら話したりはしますね」
「うんうん、そっか。なら話は早いね。
私はともちんの彼女の牧原帆夏。こう見えても大学三年生だよ」
「先輩ですか」
「そう、先輩」
手を横腹に当てて、ちょっとだけ威張る。
威厳も何も無いのだけれど。
「で、どうしたんですか?」
何か話がありそうな牧原に本題を話すよう揺さぶりをかける。
本当にただ俺の事を見つけたから声をかけたって可能性は少なからずあるのだが、個人的にはすれ違う時に会釈するようなレベルの関係性だと思っている。
立ち止まって、あれこれ喋るような関係ではないだろう。
あくまで主観だ。
この主観を持っているからこそ、違和感が生じる。
「ちょーっとだけお願いがあるんだよね」
と、牧原は話を始めた。
やはり……な、という感じ。
元々この話をしようとしていたのだろう。
たまたま俺がいたから声をかけたのか、俺に声をかけようと思ってここで待っていたのかは分からない。
前者であれば偶然は起こるだろうって反応だし、後者であっても薄井から俺が居そうな場所くらい簡単に聞き出せるだろうから、そこまでの不自然さはない。
要するに、この妙なスムーズさもこういうものかと受け入れられてしまうということだ。
「お願いですか……」
「そう、お願い。
敷田くんのお友達の佳奈ちゃんも一緒に頼まれて欲しいんだけれど、話聞いてくれるかな?」
当然のように佳奈も絡ませてきた。
変な宗教に勧誘されたり、超高額な絵画や謎の教材を買わされたりするのだろうか。
「まぁ、話だけなら聞きますよ」
とはいえ、薄井の彼女である事実は覆らない。
話を聞こうと思うくらいの信頼はある。
「ありがとう!」
嬉しそうに頭を下げる。
「三週間後なんだけれどね、小学生の体験学習のボランティアがあるんだよね。
私とともちんで参加しようと思ったんだけれど、人が全然足りなさそうだから、もし良かったら来ないかなーって」
アハハと頬を掻く。
身構えて損をした。
普通……かどうかは置いておいて、何も怪しい誘いじゃなかった。
「一泊二日だから、時間と相談して決めて欲しいんだよね。
旅費は全部負担してくれるみたいだから!」
「なるほど……。林間学校的なやつですかね」
「そうそう! 林間学校よりもスケールは小さいんだけれどね」
「そうなんですね」
「とりあえず検討してくれると嬉しいな!
私次の授業あるから、じゃーね!」
と、牧原は向かいの教室へ入って行った。
「けーちゃん、私多分予定空いてるかな」
「奇遇だな。俺も予定空いてると思うわ」
唇に指を当てながら、床を見つつ口を動かす。
そして、視線を佳奈の方へ持っていく。
佳奈もこっちに視線を持ってきて、目が合う。
「「行こっか」」
二人の声は綺麗にハモった。
そして、そのまま二人揃って柔らかい表情を浮かべたのだった。
感想、評価、ブクマありがとうございます!
感想に関しては忙しくて返信できず申し訳ありません。しっかり読んでます。
時間に余裕が出来たら返信しますので……。
しばらくリアルの忙しさは落ち着かなさそうなので、一ヶ月お休みを頂ければと思います。
4/7に投稿再開する予定です。
引き続きお付き合いいただければと思います。
よろしくお願いします。
↑二章 〘恋人去り難し秘匿する乙女〙完
↓三章 〘悪戯人近し葛藤する乙女〙始




