4話『被害者と被害者』
「それにしても慧斗は大変だったわよね。あんな証拠まで掴んで」
話は例の事件へと移った。
「まさかあそこであんなことしてるなんて思いもしなかったですけど」
「はっきり言ってあの二人は馬鹿よね」
豪速球を投げ込む川瀬。
今の言葉に怒りを感じられた気がするのは果たして俺だけだろうか。
パッと見は気にしない様に見せているだけで、実ははらわた煮えくり返っているんじゃないだろうか。
長谷川の生死も精神も心配だ。
ま、心配する義理もないか。
「浮気するならもっと違うところですれば良いのよ」
「その通りですね」
俺の家で浮気しようって考えが先ず間違いだ。
佳奈は実家暮らしだから、長谷川を連れ込めないのだろう。
長谷川も実家暮らしなのかもしれない。
それなら家へ連れ込めない理由は分かる。
でも、そこで金を出し惜しんでホテルへ行かず、俺の家でみだらな行為を行うってのは意味がわからない。
危機感無さすぎじゃないですかね。
将来が心配だよ。
「でもその馬鹿さのおかげで救われたって考えれば感謝ものよね」
ホテルでコソコソと愛し合っていたのなら、きっと俺は今頃も気付かずに佳奈を愛していたと思う。
そう考えると確かに馬鹿でありがとうという感謝の念が浮かび上がってくる。
いや、元々浮気すんなって話なんだけどさ。
「慧斗はあの後どうしたのかしら?」
「川瀬さんが帰ったあとですよね」
勝手に喋り始めて、そうじゃないんだよなぁってなるのは嫌だったので、一応確かめておく。
川瀬はコクリと頷いたので、あの後どうなったのかを説明する。
要点を掻い摘んで説明した。
「なるほど。許してもらえると思ってたのね」
一通り説明し終えると、呆れたような表情を浮かべていた。
そりゃそうだ。
説明しているこちらも内心バカバカしいと思っていたのだ。
なぜ許してもらえると思っていたのか本当に謎である。
ダメ元だったのかもしれないが。
なににせよ、違う立派な竿が出入りした時点で断固拒否だ。
しかも俺の家で。
ふざけんなよ、マジで。
「川瀬さんの方はどうなったんですか?」
自然な流れで問うことが出来た。
「端的に言うと別れたわよ」
キリッとした表情だ。
「そりゃそうですよね」
「当然よ」
胸を張っている。
今もまだ付き合っていると言われたら多分引いてたと思うし、安堵した。
長谷川と別れたってことはこの人は今フリーか。
そう思うと変な気持ちが湧いてくる。
「ちょっと飲み物取ってきますね。あ、川瀬さんはいります?」
「うーん、まだちょっと残ってるから私は良いわ」
「わかりました」
話の途中であったが、思考が暴走し始めたので落ち着かせるために席を離れた。
このままだと色々不味いことになるのが予想できた。
歯止めが止まらなくなるのは困る。
それに川瀬を困らせるようなことはしたくない。
「ふぅ」
烏龍茶を注ぎつつ、小さなため息を吐く。
注いだ烏龍茶を一旦ここで呷った。
そして、もう一度注ぎ席へと戻る。
「お待たせしました」
「続き話すわね」
いつの間にかテーブルに届いていたドリアを川瀬は突っついている。
パクッと口に入れて、幸せそうに食べて喉を通してから口を開いた。
「あの男は根っからの屑よ。口から出てくるのは言い訳ばかり。悪いのは俺じゃないだとか、誘ってきたのはあっちだとか、最近冷たかったお前が悪いだとか」
「うわぁ……」
普通に引いてしまった。
絵に描いたような屑って実在するのかと驚いてしまう。
若干狼狽もしている。
そういう屑って、恋愛的に兄が大好きな妹とか、彼氏がいない美少女幼馴染とか、四人の幼馴染に行為を抱かれる主人公とか……そういった二次元に限った話だと思っていた。
「酷いですね」
何かオブラートに包もうと探した結果この言葉である。
頭に浮かんだ言葉は、人としてゴミだとか、保身変態野郎とかそういう罵倒に罵倒を重ねるようなものばかり。
俺的にはかなり頑張った方だと思う。
「で、ブチ切れて縁切ってきたわ」
この聖人みたいな川瀬がブチ切れたらさぞ怖いのだろう。
てか、そっか。
縁切るまで行って良いのか。
甘いのは俺の方だったのかもしれない。
「これはあくまでも私たちの場合よ。慧斗の場合は謝ってもらってるわけだし、今の対応で良いと思うわ。こっちはあまりにも酷かったから……そうせざるを得なかったのよ」
顔に出てしまっていたのだろう。
川瀬は慌ててフォローを入れた。
そして、遠くを見つめる。
何を考えているのだろうか。
そう思いながら見つめていると、
「昔は好きだったのになぁ……」
と呟いた。
◇
話はかなり弾んだ。
提供された料理が冷めてしまうほど、色々会話した。
お互いに傷を深く負った者同士。
しかも、恨む対象物も一緒ときた。
話が盛り上がるのは当然の事だったのだろう。
ひたすらに佳奈と長谷川をディスり今日は解散となった。
今日のご飯代は川瀬が奢ってくれた。
「歳上だから」
と口にする川瀬と
「男だから」
と譲らない俺だったが、レジ前に店員さんが居る手前、水掛け論をし続ける訳にもいかず、それは川瀬も理解していたようで、
「今回は私が奢るわ。その代わりに今度ご飯行ったりしたら慧斗が奢ってね」
という上手い着地点を見つけてくれたので乗っかることにしたのだった。
ま、これ以上続けても不毛な戦いだったしな。
俺たちは駐車場へとやってきている。
「車乗っていく?」
「いや、大丈夫ですよ。僕の家近いですし」
「そう……」
少し寂しそうな表情をする。
そんな表情されたら俺が悪い事したみたいでなんか後味悪いんですけど。
川瀬は車に乗り込み、エンジンをつけてから窓を開ける。
そしてこちらに顔を出し、手を振ってきた。
俺は手を振るのはなんだか気恥ずかしく、頭を下げるに留めておいた。
「じゃあね、慧斗。帰ったらメッセージ送るわね」
そう言い残した川瀬の車はすぐに見えなくなったのだった。
今日川瀬と会って一つ収穫したことがある。
それは過去をいつまでも引き摺って、先へ進まないのは間違っているということだ。
もう佳奈とは別れた。
色んな感情が渦巻くのは人として当然だ。
だが、それでウダウダするのは間違っている。
佳奈は浮気するような最低な人間だった。
結婚する前にそのことが分かって良かったじゃないか。
自分にそう言い聞かせることで、前へ進むことが出来る。
だからもう、考えるのはやめよう。
雲ひとつ無い青空を俺は見上げながらそう誓ったのだった。
◇
帰宅した瞬間に気持ちがブルーになってしまった。
どうやらこの気持ちを片付けることはまだ出来なかったらしい。
吐きそう。




