37話『修羅場再び』
二人で会話を続けること、数十分。
そろそろ話題が尽きてくる。
遠慮しているからなのか、分からないが、佳奈はあまり話題をこちらへ振ってこない。
まるで、何かあるなら質問してくれ。
全力で答えてやる。
というような感じ。
それならば、こちらも全力で答えてやろう。
……ということで、質問を更に振り絞る。
「佳奈さ、この数週間何してたんだ?」
振り絞った質問であるが、口に出してみるとこれってにかなり気になるポイントだよなと興味が湧いてくる。
佳奈はあの修羅場の後すぐに連絡を取って、すぐに長谷川と顔を合わせたと口にしていた。
しかし、ここに来たのは数週間……ってか、二週間とちょっと過ぎたくらい。
あまりにも期間が空きすぎている。
二週間って、一軍登録を抹消された選手の再登録期間よりも長いぞ。
「来るかどうか迷ってたから……かな」
「は、はぁ……?」
俺は首を傾げる。
「けーちゃんにこんな姿見られたくないって思いと、やっぱり大学で色んな人から嫌がらせを受けるのは嫌だなって」
「つまり、勇気が無かったと」
「覚悟も勇気も私には無かったの」
うーん、どうなんだろうか。
さっきは「そういうことにするか」と無理矢理佳奈の話を落とし込んだわけだが、やはり掘り下げれば掘り下げるほど妙に引っかかる。
とはいえ、こういう時の違和感は大体気のせいだ。
俺の経験則的に間違いない。
だから、一々突っ込まない。
余計な問題を増やすほど俺は馬鹿じゃないのだ。
最終判断はこの後やってくる人物に任せるとしよう。
もう、俺のキャパは優に超えているのだから。
◇
あの音声に、この傷んだイチゴみたいな色をしている腫れ。
信じるに足る情報ばかりなのに、やはり違和感はどうも拭えない。
そんなことを考えていると、インターホンが鳴った。
やっと来たらしい。
ボイスレコーダーの音声を聞いている最中に連絡を送ったのに……。
「誰?」
佳奈は不思議そうに首を傾げる。
「川瀬さんじゃないかな。さっき連絡したから」
さっきと言ったが、言うほどさっきじゃない。
便宜上そう口にしただけである。
「そっか」
佳奈は短く頷く。
俺は玄関へ向かい、扉を開ける。
そこに立っていたのはちょっとおめかしをした川瀬真衣だった。
長い髪の毛が風により、サラサラと靡いていて、目を奪われる。
白い肌と肌よりも白い半袖のニットに、丈の長いピンク色のスカート。
爽やかさがあり、川瀬の風貌と見事にマッチしている。
要するに美しい。
そう、まるで繊細な芸術品かのように。
「お疲れ様です」
「うん」
川瀬は俺と目を合わせると、コクリと頷く。
「今、佳奈が来てます」
「知ってるわ」
ま、ここは川瀬へ連絡したので知っていて当然だろう。
念には念をってやつだ。
「ボイスレコーダーを持ってきてます」
「でしょうね。手ぶらで来てたら追い出すつもりだったもの」
「一応僕の家なんですけど……」
そう言いつつ、部屋へ上げる。
座っている佳奈は緊張しているのか、唇を浅く噛み、少しだけ目を細めている。
「じゃあ、どうぞ。座ってください」
「ありがとう」
「川瀬さんはお茶と水どっちが良いですか?」
「お任せするわ」
「分かりました」
シンクへ向かい、グラスにお茶を注ぐ。
リビングの空気はお世辞にも良いと言えるような環境ではない。
威圧感をわざと出す川瀬に、その威圧感に圧倒されている佳奈。
経緯が経緯なので、致し方ないのだろうと思いつつも、やはりこの空気感はどうにも慣れない。
とりあえず、持ってきたお茶を川瀬の前へ差し出す。
お嬢様、大変お待たせ致しました。ご注文のお茶でございます。
と、雰囲気ぶち壊しな言葉でもかけてやろうかと思ったが、そんな勇気はもちろん無いので、何も言わずに差し出すことになった。
勇気があればそもそもこの空気そのものを苦としていないのかもしれない。
「……」
川瀬はじーっと佳奈の目元を見つめる。
やはり気になっているらしい。
そりゃそうだ。
派手な怪我だ。
多分、外で歩いていて、警察官とすれ違ったら十中八九職質されるだろう。
「どうしたのかしら? その目の怪我」
眉間に皺を寄せ、腕を組み、いかにも悩んでいる雰囲気を醸し出す。
触れるべきかどうか悩みながら、確認したのだろう。
「これですか?」
佳奈は慣れたように聞き返す。
指先を目元に当てて、腫れている部分をアピールする。
さっきまでの態度はどこへやら。
口調には全く緊張の色が見えない。
「そうよ」
「殴られたんですよ。川瀬先輩の元カレに」
「そう……」
川瀬は何も言わない。
ただ、佳奈の顔を見つめるだけ。
「ボイスレコーダーの音声聴きますか? 流しますよ」
「そうね、じゃあお願いしようかしら」
「ちょっと待っててくださいね」
と、言ってから佳奈は音声を流し始める。
流れてくるのはさっき耳にした言葉たち。
どうなるのか分かっているから、耳を塞ぎたくなった。
この場から立ち去り、全てを見て見ぬふりしたかった。
でも、俺は改めて言葉を聴いた。
佳奈の声も、長谷川の猫を被った声も、本性の声も。
全てをだ。
終始、川瀬はポカンとしていた。
口を開け、そのまま硬直。
動かずに、世界へ取り込まれたかのように言葉を耳にする。
ボイスレコーダーの音声は終わる。
佳奈は渋い顔を浮かべつつ、ボイスレコーダーを机の端っこへと避けた。
一方川瀬は俯くだけ。
「川瀬さん?」
何も言わない川瀬を不思議に思い、俺は声をかけた。
俺の言葉に反応した彼女は俺ではなく、佳奈のことを見つめる。
「こんな派手に殴られて、良くボイスレコーダーはバレなかったわね。どこに隠していたのかは分からないけれど、落としそうなものよね」
「トートバッグに入れて、バッグをベンチの上に置いてたので」
「そう、元々肌身から離してたってわけね」
「そういうことです」
佳奈はうんと頷く。
「で、これを録音したのはいつ?」
「二週間くらい前ですね……」
「そう。二週間前ね……」
川瀬は口元に手を当てる。
「ここに来るのあまりも遅いと思うのだけれど、その点はどう考えているのかしら」
どうやら川瀬もここは気になったらしい。
当然だろう。
やっぱりおかしいよな。
「えーっと……。その、この顔をけーちゃんに見られたくなかったからです」
川瀬は佳奈の顔をジーッと見つめる。
それはもう、まるでどこかの鑑定団のようにじっくりと。
「そうね、確かにアザの割には青紫色の部分が少ない気がするわね。内出血が治まっているってことはそれくらいの月日が経ったってことなのでしょう」
「えーっと……」
佳奈は迷ったような表情をしながら、俺たちを見つめる。
俺と川瀬は同時に、佳奈の方へ視線を向け、佳奈はぶんぶんと首を横に振り、「なんでもないです」と口にする。
そう言うなら無理に追及する必要もないかと、追いかけなかった。
川瀬が追いかけなかった理由はなんだろうか。
興味がなかったとかそんな所と考えるのが自然だろう。
「隠すつもりも無かったから言っておくけれど、貴方自分自身の発言に矛盾点があることに気付いているのかしら?
慧斗から話を聞いただけだから、ニュアンスの違いでそう聞こえてるだけかもしれないし、慧斗の解釈がそもそも間違っているかもしれないけれど」
大雑把ではあるが、佳奈がどんなことを言ったとかは報告している。
やはり、報連相って大事だからね。
「そうですね。矛盾は気付いてます」
「本当のことを言うのが怖かったので……」
「それじゃあなぜ今は言えてるの?」
「……」
佳奈は黙る。
「怖かったのに、今は言える。おかしいわよね? もしかして、慧斗や私には貴方の心の恐怖を取り除く何か特別な力でもあるのかしら」
バカにするような口調。
いや実際、バカにしているのだろう。
「私たちを騙すのなら、騙すで良いわよ」
「別に騙そうとしているわけじゃ……ないんです」
佳奈は俯く。
この反応をされると俺でもなんとなく分かる。
何か隠しているのだと。
「そう、じゃあなんなの?」
「保身ですかね」
そう言えば川瀬と佳奈がそんなような話を前にしていたな。
深く考えていなかったので、すっかり忘れていた。
「けーちゃんが好きでこれ以上嫌われたくないっていう保身と、あの男とかあの取り巻きからの嫌がらせを受けたくないから媚びを売るっていう保身が混ざったせいで矛盾が生まれてしまったんです」
「そう……」
川瀬は何も言わない。
「けーちゃんと話していくうちにどんどん整合性が合わなくて、でも合わせないとという気持ちで嘘を吐いたり、話を盛ったり」
「で、結果、信用をさらに失ったと」
「素直に喋った点は褒めるべきでしょうね。尤も、貴方の信頼は今地に落ちているわけで、この言葉だって、疑っているわけだけれど」
ま、そりゃそうだ。
あんなに堂々と今まで嘘を吐いてました。
って、言われたらそれと本当か? となってしまうものである。
「それはそうですね……」
俯く。
「貴方のすべきことは信頼の回復よ」
「どうすれば……」
「それは貴方自身で考えなさいよ」
「……」
分からない。
そう言いたげな表情。
「その音声が本物であるならば、貴方があの男を社会的に抹消したいっていう気持ちが本物ならば……そのボイスレコーダーのファイルを私に渡すところから始めるべきね」
無言に屈した川瀬はそう提案する。
「は、はぁ……」
首を傾げつつも、躊躇なくボイスレコーダーそのものを手渡す。
「警察に突きつけるんですか?」
「そうね。それは確定」
川瀬はそう言いつつも、「でも」と言葉を続ける。
「それ以外にもやるつもりよ」
警察以外に突き付けて、社会的に死をもたらすとは一体どういうことなのだろう。
小悪魔のような笑みを浮かべているあたり、相当自信あるのだろうってのは分かる。
「慧斗は知らないかもしれないけれど、あそこの父親は議員なのよ。しかも、そこそこの役職を貰ってる議員さん。で、父方の祖父は大企業の社長。どういうことか分かる?」
俺に語りつつも、佳奈へも聞かせているようで、視線を交互に移動させる。
「週刊誌に売り付けるのよ。長谷川議員の息子が起こした暴力事件だって。家庭崩壊も夢じゃないわね」
「惨いですね」
「あっちはそれと同等か、場合によってはそれ以上のことをしているもの。存分に痛めつけなきゃ面白くないじゃない」
と、ニヤつく。
この人はやはり敵に回しちゃいけない。
そう思い知らされた。
「保身がどうたらという理由で話が矛盾していたのなら、その音声でアイツを社会的に抹消しても問題ないわね?」
川瀬は佳奈に最終確認だと言わんばかりの視線と共に質問を投げる。
「何が正しくて、何が欲しいのか。貴方の中にある心の天秤で判断しなさい」
と、一度机の上にボイスレコーダーを置く。
「今ここでどちらかの連絡先を削除するくらいの気持ちが必要よ?」
「あんな奴の連絡先なんて要りません」
佳奈は簡単に連絡先を削除する。
メッセージアプリはもちろん、メールアドレスも、電話番号も消去する。
「虐められたら守って貰えますか?」
「その時は考えてあげるわ。そもそも大学生にもなっていじめなんてあるとは思えないけれど」
と、真顔で口にする川瀬。
どれだけ綺麗なところで生きてきたんだと驚いたが、わざわざ突っ込むほどでもないので何も言わなかった。
川瀬はこれ以上佳奈を追及することはなく、ボイスレコーダーを回収した。
「善は急げって言うものね。週刊誌に売りつけてくるわ」
川瀬はそう言うと、颯爽と部屋を出ていく。
なんだろうか。
あっさりと信じたな。
もっと、疑って、佳奈をボロボロにすると思っていただけに意外だった。
川瀬の考えることなんて分かるはずも無いので、なぜあっさりと信じたのか……と考察することを諦める。
あの音声を本物だと判断したから。
ってことにしておこう。
ご覧頂きありがとうございます!
今日リアルがかなり忙しくて、感想の返信に手付けられませんでした……。
明日は比較的時間あるので、そこでお返事致します。
申し訳ありません。




