36話『二つの質問』
「で、だ」
一区切りついたところで、俺はコホンと咳払いをしつつ、話を始める。
全く違うかと問われると、大きくは頷けないが、今までとは少しズレた話を今から佳奈へする。
「ん?」
佳奈は不思議そうに首を傾げる。
やることをやり切ったからだろうか。
清々しさを感じられる真っ直ぐな眼差しのまま、ちょこんと可愛らしく首を傾げる。
「何個か気になってることあるんだけど良いか?」
「気になってること?」
不思議そうにまた首を傾げる。
「うん、この前さ川瀬さんが佳奈にバーッと言ってただろ?」
「そうだね」
「あの時俺も何個か質問する予定だったんだよ」
「すれば良かったじゃん」
そりゃそうだ。
すれば良かったんだよな。
できる状況なら。
「川瀬さんが忘れてたらしくてね。満足して解散しちゃったんだよ」
「ふーん。そっか」
あの時、俺が無理矢理質問しておけば良かったんだろうな。
心の中で、なんで俺質問できないんだろうとか思ってるだけじゃなくて、直接口に出すべきだった。
唯一の反省点である。
やはり、直接お届けするのは大切だ。
某ゲーム会社の情報番組でもそう言ってたしな。
「別にそんなおかしなこと聞くつもりじゃないんだけどね」
と、前置きをする。
実際に今となってはそこまで聞く必要も無いかなという質問だ。
佳奈の想いってのはしっかりと伝わっているし、今更疑うつもりもない。
「浮気だって俺が咎めた時にさ、佳奈『誘われてつい……。ほんの遊び心だったの』って言っただろ?」
「言った気がする……」
口元に手を当てている。
「これってどういう経緯だったんだ? 今考えてみると、遊び心も何もないと思うんだが」
脅されている人間が遊び心でー……って、それは意味が分からない。
とてつもなくメンタルの強いマゾだったら、そう言うかもしれないがあまりにも限定的過ぎる。
そもそもメンタルの強いマゾって居るのかな。
ドMって、苦痛を快楽に変えるだけであって、メンタルが強いわけじゃない。
甚振られつつも、喜んでいるイメージだ。
ま、完全に偏見なのだが。
「それ出任せだから」
「でしょうね」
それは分かる。
ここで、いや真実だけどって言われたらどんな反応をすれば良いのか困ってしまう。
「経緯を知りたいんだけど」
「経緯……?」
佳奈は首を傾げ、口元に手を置く。
そして、うーんと唸り、何か思案しているのが見て分かる。
「経緯って呼べるほどのものでもないけどね。あの時はまたあの人が来るかもしれないって、思ったから本当のこと話せなかったの」
「本当のことってのは、襲われたりしたことか」
佳奈はコクリと頷く。
「襲われたり、暴言を吐かれたり……かな」
少し照れたように笑う。
「あとは……純粋に怖かったのかも。本当のことを言うことが」
「だから出任せを?」
「そう。結果としては大失敗だったけれどね。出任せだから前言ったことちゃんと覚えてなくて、後々辻褄合わなくなっちゃうし、無理矢理合わせようとしたら他のところが整合性が図れなくなっちゃった」
佳奈はえへへと笑窪を作り、若干頬を紅潮させる。
それでも視線は泳ぐことなく俺を一直線に見つめる。
もうそれは恋する乙女のように眩しく、崇敬するかの如く熱さも身に染みる。
熱視線を送っている側よりも、熱視線を送られる側の方が色々思考を巡らせ、結果として恥ずかしくなり、視線を下へ落とす。
頬が火照っている感覚。
顔を隠すように頬へ両手を持ってくる。
「だから、所々違和感があったのか」
恥ずかしさを紛らわす意味も込めて、適当に言葉を按出する。
その言葉に佳奈はコクリと頷く。
「川瀬先輩は多分見通してたんじゃないかな? 全部分かっててああいうこと言ってたんだと思う」
俺から視線を逸らす佳奈は向かいの壁をジーっと見つめる。
「川瀬さんは冷静だからな。結構周りが見えてる」
「うん」
「あのゴミ男の元カノとは思えないな」
「唯一の人生の汚点じゃない?」
佳奈のやつストレート過ぎませんかね。
これ、川瀬が居たら……怒らないか。
むしろ、同意しそうだ。
普通に「そうね。アレと付き合っていたって過去は消滅させたいわ。私の黒歴史よ」とか言ってそう。
少なくとも安易に想像できる。
水を得た魚のように生き生きとした表情を浮かべている川瀬が……。
「こっちの理由は大体わかった」
「え、まだ何かあるの?」
「あと二つはあるよ」
驚きの目。
驚きの中に若干の面倒くささも感じられる。
いや、実際に面倒だなと思っているんだろうが。
面接のように次々と質問を投げられるのは面倒だと思う。
少なくとも俺はそう感じる。
「あの映像中さ、殴られたり蹴られたりしてなかったろ」
「そうだね」
「なんでだ?」
純粋な疑問である。
まるで、愛し合っているかのような行為だった。
少なくとも、俺が勘違いしてしまうほど本気度は高かった。
いつも俺としていた行為も嫌々していたという事なのだろうか。
それはそれで虚しくなる。
でも、女性は気持ち良くなりたいわけじゃないってのはよく聞く話だ。
あくまでも、愛情を確かめ合う一つの手段で、性交という行為をしているわけであり、決して性欲を満たすためにやっているわけじゃない。
性欲を満たすだけなら、一人でやった方が何十倍も楽ってのはどこかの信憑性の薄いネット記事で見た記憶がある。
当時の俺は、健気だったからね。
色々調べてたんだよ。
今となっちゃ黒歴史なので、墓場に持っていくつもりなのだが。
家に帰って、相手を気持ち良くする研究してたとか恥ずかしいじゃん。
「機嫌取れば殴られたりしないから。自分の思い通りに動かないと、暴力とか暴言で制御しようとするの」
「子供かよ」
「体は大人なのが性質悪いよね」
顔も良くて、親もそこそこのお偉いさんで、頭も良く甘やかされてきたのだろう。
だからこそ、自分の思い通りに何でも世界は動くと思っているに違いない。
そんな風に思えるとか、頭の中身お花畑過ぎて最早羨ましい。
「でも、大体わかった。あの時は殴られるようなことをしてなかったってことだよな」
「要するにそういう事かな。顔色伺って、持ち上げて……。それじゃあ何も解決しないのに」
「ま、結果解決したんだから良いだろ」
「代償は大き過ぎたけどね」
そうか。
佳奈は、強姦され、暴力を振るわれ、暴言を吐かれた。
で、その仕打ちとしてやってきたのは恋人との別れ。
良く生きていられるなと思う。
全てを投げ出したくなるだろう。
少なくとも俺なら、死のうと決意する。
佳奈はメンタルの強い子なのだ。
本当は。
彼女は気にしていないのかもしれないが、そう考えると俺の心は虚しくなる。
自分に置き換えるとどうしても泣きたくなってしまう。
悲しいのだ。
ただ、ここでまた涙を流すのは良くないだろう。
俺はグッと堪え、気になっていたことをまたぶつける。
「なんで俺の家でヤッてたんだ?」
「エッチ?」
佳奈は首を傾げる。
一応言葉伏せておいたのに台無しじゃねぇーか。
わざわざ否定する必要も無いので、視線を逸らしつつ、頷く。
「なんで今更恥ずかしがってるの」
ふふ、と笑う佳奈。
すぐに指を唇へ持ってきて、悩む仕草を見せた。
「けーちゃんの家を選んだ理由って言わなかったっけ」
「どっちも実家暮らしだから?」
「言ってるじゃん」
「でも、あまりにもリスキー過ぎないか? 俺が帰ってくる可能性だってあったんだし」
バレないようにしたかったはずだ。
なのに、俺の家でやるのはあまりにも頭が悪い。
居合わせてしまう可能性が、他のところに比べて格段にアップするだろう。
本気でバレないようにするのなら、ホテルでやるべきだ。
金が無いのなら、それこそ人気のない外でヤッたって良い。
法律的にはアウトだけどさ。
「うーん。なんでだろう」
佳奈は首を傾げる。
もしかしたら深い意味は無いのかもしれない。
お互いの実家は使えないし、どこか出来そうなところあるかな。
なら、敷田の家が空いてるな。
じゃあ、ここでやろう。
こういう感じで決まったのかもしれない。
で、あるならば、川瀬宅でもヤっていた可能性は否めないだろう。
今度遠回しに、合鍵渡してたかどうか聞いておこう。
「分からないや」
諦めたように放つ言葉。
そして、すぐに続ける。
「もしかしたらバレたかったのかも。バレて、けーちゃんに助けて欲しかったのかも」
だから、佳奈は拒否しなかった。
うん、納得だ。
「そうか。もう、そういうことにしとくか」
確信できる証拠はどこにもない。
なのにも関わらず、そうなんだろうなと不思議と納得出来てしまう。
頬を軽く赤らめるその姿が、本当のことを言っているとまるで示唆しているようだったから。




