34話『経過報告』
お酒。
これは時に人を傷つけ、人生そのものを終わらせる飲み物。
だが、気分を高揚させる効果もある。
車と一緒だ。
使い方さえ間違わなければ、便利なものである。
「やっぱビール不味いな」
「はぁ……。おめぇーの舌は子供だな」
クハァとジョッキを呷る、薄井。
トンっと大きな音を立てて、机に置く姿がもうただのおっさんである。
居酒屋に足を運ぶ、周りのサラリーマンの雰囲気もあるだろうが……。
「てか、敷田がサシで酒飲もうなんて誘うなんて珍しいな。いつ以来だ?」
「誘ったことあったっけか」
「誘ったことはあるだろー。いつだか俺も覚えてないけどなー」
こういうこと結構覚えてくれているのかとちょっと嬉しくなる。
薄井じゃなかったらもう恋しちゃうくらいに。
「おまたせしました」
と、チューハイのジョッキが運ばれてくる。
あれ、俺これ頼んでないんだけど。
あちゃー、店員さんそれ違う席ですよ。
「ありがとうございます」
礼儀正しくお礼をし、薄井は店員さんからジョッキを受け取る。
机の上にはぎっしりとジョッキが並ぶ。
六杯のチューハイたち。
「なぁ、俺頼んでないんだけど」
「そうだな敷田は頼んでないな。だがしかし、俺が頼んだ!」
「は、これ全部か?」
「マジトーンになるのやめろよ。怖いだろ」
とか言いつつも、ガハハと楽しそうに笑う。
さてはこいつもう酔っ払ってやがるな。
ま、俺が来る前から飲んでたらしいし、しょうがないのかもしれない。
「そもそも俺が来る前に何杯飲んだんだよ」
「分からん。でも、五杯くらいじゃないか?」
俺は知っている。
知らないといいつつ、明確な数字を提示する時は九割型嘘を吐いている時だと。
つまり、嘘である。
五杯以上飲んでいるのだろう。
で、このチューハイたち。
死ぬつもりなのかな?
「ま、そんなことどうでも良いからさ。ほら、飲めって」
俺が誘ったのに、主導権は薄井側にある。
傍から見れば、俺が誘われた人間だろう。
渋々着いてい来て、陽気になった奴に飲みを強要させているようにも見えるかもしれない。
だが、実際は違う。
俺が連れてきたのだ。
「ちょっとだけ、話聞いてくれ」
「ん?」
無理矢理主導権をこちらへ戻す。
こんなこと薄井は多分一ミリも考えていないので、一瞬で主導権を俺へ譲渡してきた。
「薄井の意見を聞きたいんだけど良いか?」
「おう、俺に任せとけ!」
妙に話が噛み合っていないのは触れない方が良いだろう。
触れたら間違いなく脱線する。
「佳奈は長谷川のこと好きだと思うか?」
「知らん」
ご尤も過ぎる回答だ。
「敷田がそう言うってことは何かあったんだろ。ま、知らないけどさ。セックスをする。男はそりゃ穴があれば入れたいって思うけど、女は違うだろ」
どうやら俺が電話したことは忘れているらしい。
なんで、直近のことを忘れて、随分と昔の曖昧な記憶は覚えているのだろうか。
文句を吐きたくなったが、面倒なのでグッと抑える。
「と言うと?」
「俺たち男はただセックスをして、女に種をばら撒くだけだが、女はばら撒かれた種を受け止めて、体に子供を宿らせるわけだ。もちろん、その間は女は苦しむし、産む時に関しちゃ命の危険すらあるだろ」
「そうだな」
俺はうんうんと頷く。
所々ストレートすぎる部分はあるが、酒の席ってことで目を瞑ってやろうと思う。
下ネタってほど、ネタじゃないしな。
「女ってのは結局、こいつの子供を宿らせても良いなって奴とセックスするわけだ。ま、あれだぜ。ビッチとかヤリマンみたいな尻軽女は別だぞ? アイツらは意味がわからん」
楽しそうにペラペラ喋りつつ、ジョッキを呷る。
「とにかくだ。どういう経緯があってこの話を俺に持ってきたのかは知らないし、ぶっちゃけ興味もない。けどな、答えとしては好きだと思うになるな。絶対にお互いの想いがあってセックスしてるし、浮気してる」
そう断言した薄井。
俺でも佳奈でも川瀬でもない完全なる第三者からの意見。
周りが見えなくなるので、客観視点の話が聞けるのは普通にありがたい。
「あ、もしかしてあれか? なんか暴力振るわれてたとか、レイプされたとかって告白されたってやつか?」
思い出した! という感じでパンっと手を叩く。
周りもガヤガヤしているので、注目を集めることはない。
薄井みたいなやつがゴロゴロと集まっている場所だからね。
「そうそれ」
俺は疲弊しながら頷く。
やけ酒。
ゴクリとジョッキを呷る。
「あれは嘘だと思うわ。絶対に敷田を騙すために適当なこと言ってるだけだぜ」
「でも、俺に近寄るメリットはなくないか?」
「ま、それもそうだな」
ちょっとは否定して欲しかった。
「お金目的とか?」
「学生にそれ求めるか? そもそも俺はそこまで金持ってねぇーぞ」
「それもそうだな」
考えても俺に擦り寄るメリットが見つからない。
そう考えると、佳奈はやはり本心だったんじゃないか、全部真実を口にしていたんじゃないかと思えてしまう。
強いてあげるなら、俺に振られたくないとかそういう理由だろうか。
復縁して、佳奈から改めて俺を振ることによって、「私から振った」という既成事実を作りたかったのではないだろうか。
陰謀論者もビックリな答えにしか辿り着けない。
「でも、やっぱり俺は同意の上だと思うんだよなー。説明しろって言われると難しいけどさ。なんていうの? 俺の直観的な?」
「直感って……。女の勘みたいに言うなよ」
「男の勘……かな?」
なんかあざとく言っているが全くあざとくないし、可愛くもない。
男がやったって、ただ気持ち悪いなの一言で終わってしまう。
「……」
とりあえず、薄井を見つめておく。
俺はこの前の修羅場で知ったが、無言の圧ってとんでもなく恐ろしい。
「やめろよ」
ほら、嫌がった。
無言は最強だ。
どんな正論よりも、どんな暴言よりも相手をビビらせることができる魔法の行為。
「あ、からあげ食って良いか?」
「もう全部食えよ……」
俺は一切手をつけていなかったからあげが既に無くなっていた。
最後の一つになってから聞いてくるんじゃないよ、全く。
今度から真面目な相談をする時は、酒の席じゃないところでしようと誓った。
特に薄井と真面目な話をする時は。
もう、この惨状は裂けたいからね。
「酔っぱらいさん。そのお酒はどうするつもりですか」
「え、敷田飲まないの?」
「俺が飲めと」
「飲むかなーって注文したんだけど」
机上に並ぶ三つのジョッキ。
どうやら半分は俺のものだったらしい。
なら、そう言えよ。
そんなことを考えながらも、俺はジョッキを呷った。
ほら、残すのは勿体ないからね。
お残しは許しまへんでー! って言われて育ってきた世代だからね。
仕方ない。
そうこうしながら、男二人のお下劣な飲み会は幕を閉じたのだった。
◇
翌日、スマホを手に取り、電話をかける。
電話相手はもちろん薄井だ。
『もしもし』
一コールで電話に出る。
早すぎて、若干引いている。
「もしもし。どうだ? 二日酔いになったか?」
『なめんなよ、俺はピンピンしてるさ』
「そうか、そりゃ良かった」
電話越しにも伝わってくる。
常々思うが、薄井の体は頑丈だ。
無人島に送り込んだとしても、ケロッと帰ってきそうなくらい丈夫だ。
「でさ、一つ頼みがあるんだけど」
『なんだ?』
「もし、佳奈が虐められるようになったら助けてやってくれ」
『ん?』
不思議そうな声を上げている。
前後の説明無しにこの言葉を投げたから当然だろう。
『何か分からんが、良いぞ。敷田が言うってことは何かあるんだろ』
と、俺が説明するまでもなく受諾してくれた。
「サンキュ」
『おうよ』
こうして、電話は切れる。
佳奈が戻ってくることを信じて。
俺はただ待つだけ。




