32話『三者面談』
時は流れ、敷田邸のリビングには俺と川瀬と佳奈の三人が集まっている。
結構気まずい。
俺の元カノと、間男の元カノが同時に存在しているのだ。
あの映像を見せた時以来だろう。
各々にピリピリするつもりが無くとも、周りの様子を伺ったり、何なりで結局はピリついた空気が完成する。
また、無言という空気が雰囲気に緊張を張り巡らせる一つの原因になっているだろう。
集めたのは良いが、なんて声をかければ良いか分からずに俺は黙り、佳奈は俺にも川瀬にも萎縮し、川瀬は俺たちを試すような視線を浴びせつつ黙る。
三者三様の理由で黙っている。
で、更に発言がしにくくなるという負のスパイラル。
負のスパイラルって言葉を聞くとデフレスパイラルを思い出すよね。
ちなみに、昨今の日本はスタグフレーション。
経済用語はカタカナが多くて良く分からない。
普段だったら絶対に考えないような事を頭の中に巡らせ、気を紛らわせる。
いつもはこういう学業から逃げているのに、他のことから逃げる時だけ学業を盾にするのは我ながら卑怯だなって思う。
勉強を免罪符に部活をサボるのに似てるよね。
家帰ってゲームしてるから質が悪い。
ま、俺はサボってゲームする側だったんだけどさ。
と、逃げている間も無言は続く。
アクサダイレクトコーナーで、誰かー! と叫びたくなる。
今から入れる保険ってあるんですかね。
保険には入れないが、咳払いは入れられる。
ということで、露骨に咳払いをした。
周囲の視線……ってか、二人だけど。
二人の視線を集める。
「えーっと」
視線を浴びてから俺はこの沈黙を破るために、声を出す。
初っ端からペラペラと喋る勇気はなく、慣らし運転から始めた。
「本日はお忙しいところお集まりいただきありがとうございます」
「緊張し過ぎて会議の冒頭の挨拶みたいになってるわよ」
めちゃくちゃかしこまって喋り始めると、川瀬は苦笑しつつツッコミを入れる。
ツッコミを待機しているのなら、最初から仕切って欲しい。
と、内心タラタラ文句を垂れているのがバレたのか、川瀬の視線は厳しいものになる。
俺は無理矢理笑顔を作って、何事も無かったかのように話を進めた。
うん、時にはこういう割り切りも大事。
「俺と川瀬さんが適当に質問投げるから、佳奈は答えてくれ」
「う、うん」
佳奈は不安そうに頷く。
相手が相手だから不安になるのも仕方ない。
佳奈からしてみれば、人生を大きく狂わせた相手二人に尋問されているようなものだろう。
俺的なはそんなつもりないんだよ、本当に。
「単刀直入に聞くわ」
待ってましたと言わんばかりに、口を開いた川瀬。
その表情は俺でさえ、恐ろしさを覚えてしまうほど。
「は、はい……」
不安そうに唇を浅く噛む。
「長谷川潤一。あの男のこと好きなのかしら?」
あまりにも直球な質問に俺は笑いそうになってしまった。
いや、面白さなんて欠片もない。
ただ、豪速球だなと思っただけ。
そんな些細のない言葉でも、笑っちゃいけない状況というだけで面白くなってしまうのだ。
卑怯過ぎる。
川瀬は無意識だろう。
至って真面目な表情。
それが面白さに拍車をかける。
「好きじゃないです。川瀬先輩には申し訳ないですが、私はあの人のことを人として見れません」
ガバッと頭を下げる。
そうか。
佳奈からしてみれば、川瀬の思いなんて分からないもんな。
まだ、長谷川のことを好いているかもとか、未練タラタラなんじゃないかとか。
考えてしまうのも無理はない。
「そう……。でも、体の相手はしたのよね? どうだったかしら。あの人は結構S気質だと思うけれど。好きでもないのに、プレイを受け入れてたの?」
次々に質問を投げかける。
「そうですね」
「不思議な子ね」
「川瀬先輩。命の危機を感じる時は案外気にしないものなんですよ」
感情を殺した能面のような表情。
嘲笑するわけでもないし、悲憤するわけでもない。
ただ、言葉に重みを乗せつつ、無表情を貫く。
「殴られるのに比べればマシだ……って。人格否定されるよりはマシだ……って」
とても演技だとは思えない。
無意識のうちに贔屓しているからなのだろうか。
「すみません。今のは忘れてください」
「大丈夫よ。慧斗から粗方話は聞いているわ」
佳奈はギロリと睨む。
感情を表に出した。
仏頂面で俺を睨む。
「しょうがないだろ……」
ポツリと呟く。
「だから包み隠さずに貴方の中にある思いを全て吐き出して欲しいの」
「川瀬先輩の元カレを罵倒してしまうかもしれないですけど……。大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。貴方が思っているよりも私はあの男のことを嫌っているわ」
なぜか満足気である。
「え、あ……そうなんですね」
佳奈は反応に困りつつも、なんとか苦笑で誤魔化そうといている。
「それじゃあ……。少し聞いて貰えますか。愚痴みたいになっちゃいますけど」
軽く前置きをしつつ、佳奈は淡々と語り始めた。
長谷川に言い寄られ始めた時の話から始まり、執拗に迫り、無理矢理酒を飲まされ強姦されたところまで。
ここまでは俺も知っている話だった。
俺の家で聞いた話、そのままである。
だが、ニュアンスが少し変わっていた。
この前はあくまでも自発的にキャパ以上のお酒を飲んだ……と捉えられる言葉だったのに対して、今回は文字通り無理矢理飲まされたというものであった。
長谷川に「これじゃあもう浮気と一緒だ」と、ツーショット写真を撮られ、これを広められたくなければここにあるショットを飲めと脅されたらしい。
で、佳奈は渋々飲んだそうだ。
「……」
冷静沈着になった俺は、その言葉を鵜呑みにしない。
言葉のニュアンスが大きく変わっている。
これはつまり、でまかせなんじゃないか。
そう訝しむ所から始めた。
「そう、あの男なら有り得る話ね」
一方、川瀬はうんうんと納得するように頷いている。
長谷川と関係を持っているからこそ分かることなのだろう。
要するに俺には分からないってことだ。
体の関係を持ってしまってからの話をまたし始める。
所々生々しさがあり、本当にヤッたのかと悲しくなる。
ま、動画を見た時点でそんなこと分かりきってたんだけどね。
ただ、佳奈の口から直接生々しい単語の数々を聞かされるのは思うところがある。
体の関係を持ってからは、暴力が日常化したらしい。
自分の都合が悪いと、殴る蹴るの暴力で制御しようとしたのだとか。
この辺りもこの間聞いたところではある。
重複しているとはいえ、胸糞悪いのには変わらない。
「逃げればよかったんじゃない?」
川瀬は問う。
すぐに佳奈は首を横に振る。
「当然ですけど、試みたんです。でも、同じ大学に通っている以上完全には逃げられないんですよね……。隙間時間で人気のない場所へ連れていかれて、殴られたり、蹴られたり。逃げるってなると、大学そのものを辞めなくちゃいけなかったんですよ」
それは知らない。
初耳だ。
そこまで執拗に絡まれていたのか。
というか、その話を聞く限り、俺と離れたタイミングで暴力を振るわれ、何も無かったかのようにまた俺と合流していたのか。
痛いと口にすることも無く、表情を歪めることもなく。
我慢していたのだろう。
「相談しなかった理由は? 両親に相談しなかった理由はわかるわ。気まずいものね」
親に強姦されたって言い難いのはご最もだ。
「でも、慧斗には相談出来たんじゃないの」
佳奈はその言葉に俯く。
しばらくすると、顔を上げ川瀬をジッと見つめる。
「川瀬先輩。けーちゃんに相談したらどうなると思いますか?」
「真摯に受け止めてくれて、一緒に解決方法考えてくれるでしょうね」
「それは間違いないですね」
と、佳奈は肯定した。
どうやら俺は高評価を受けているらしい。
「ですが、必要以上の心配もかけてしまうんですよ。けーちゃんは絶対に解決しようと無理し始めますから」
「自己犠牲?」
「そんな感じですね。自分の立場を犠牲にやってもおかしくないですよ。下手したら命すら犠牲にするかもしれないですね」
俺はそんな無謀なことをする人間じゃない。
俺への負担が大きい結末へ誘導することは確かに多々ある。
これは否定出来ない。
しかし、あくまでもこれは妥協した上でのものであり、相談を受けた段階で自分を犠牲にしようとは考えない。
そこまでマゾじゃない。
てか、そもそもマゾじゃない。
「そんなことなら一人で抱え込もうと思ったんですよ。過去に戻れるのなら、殴りたいですけど」
乾いた笑い。
「そう。でも、大事にはしたくないのよね」
「そうですね」
「ふーん」
腕を組み、佳奈を見つめる。
「疑問なのだけれど、本当にあの男のこと嫌いなの?」
気付けば、質問は一周している。
冗談っぽさはなく、真面目に見つめている。
質問したことを忘れたわけじゃないだろう。
だが、質問を重複させる意図が不明だ。
「殴られて、脅されて……。それで好きなままって有り得ます?」
「残念なことにこの世の中にはそういう女の子が一定数居るのよ」
「私がその一人だと」
「そうでしょう?」
軟化していたはずの空気はまた張り詰めている。
ヒリヒリした空気。
この緊張感はやはり嫌いだ。
俺が求めているのはほのぼのとした空気であり、辛いものじゃない。
「大事にしたくないのよね。警察には行きたくないのよね。泣き寝入りしたいのよね。襲われちゃったヒロインでも気取っているのかしら」
馬鹿にするような口調。
いや、するようなじゃなくて実際にしているのだろう。
この空気感で、この発言。
一触即発の空気。
俺は落ち着いてくれと願うだけ。
佳奈は佳奈で売り言葉に、眉をひくつかせた。
「浮気扱いされて、好きな彼氏に振られた私がヒロインですか」
「違うの?」
川瀬は首を傾げる。
「ヒロインになったつもりは一切無いですよ。私はあくまでもけーちゃんに迷惑をかけたくなくて、荒波も立てたくないだけなんです」
「そう……」
ポツリと呟き、目を瞑る。
「で、どっちが本音なのかしら」
怒りの感じない笑み。
しかし、その微笑みがどうも俺には恐ろしく見えてしまった。
暖かい家の中で一人、背筋を凍らせていた。




