31話『謝罪する、される』
吾輩は馬鹿である。名前はまだない。
嘘です。
名前はあります。
敷田慧斗です。
東京生まれで、薄暗くぬくぬくした布団でワーワーと喚き散らしかしている。
現在進行形で。
現実逃避をするしかない。
佳奈を信じるあまり、周りの話を一切聞き入れなかった。
あの傷を見た時に佳奈も被害者だと確信してしまったのがダメだった。
未だに、信じている気持ちはある。
だが、もうちょっと探るべきだったと今は後悔している。
将来きっと詐欺とかに引っかかるだろう。
息子なんて居ないのにオレオレ詐欺に引っかかっていそうだ。
良く言えば純粋、悪く言えば物事を深く考えていない証だろう。
謝りに行こう。
俺はそう心に決める。
ここで逃げたら俺は佳奈以下の人間になってしまう。
彼女はわざわざ俺の家に来た。
それで土下座までした。
憂鬱ながらも俺は川瀬の家へと向かう。
俺が悪かったと謝罪するために。
◇
二十分ほど歩き、川瀬邸へと到着する。
相変わらずのボロアパート。
ちょっとばかり愛着が湧いてしまうのは何故だろうか。
一度、大きく深呼吸をする。
早くなる鼓動を落ち着かせ、インターホンを押す。
しばらく待つと、川瀬が出てきた。
俺の事が目に入るなり、嫌そうに顔を顰める。
やはり、嫌われてしまったのだろうか。
諭そうとしていたのに、全く話を聞かなかった俺。
そりゃ嫌われて当然だ。
話を聞かずに、自己中心的なわがままを口にする奴は嫌われるべきだと思う。
俺も嫌われて当然の人間だ。
「すみません。さっきは僕が悪かったです」
素直に謝罪を口にする。
悪かったということを伝える。
「ふーん。そ」
不機嫌そうに口を尖らせる。
口調で見放されてしまったことを実感した。
手遅れなものは手遅れなのだ。
「何がいけなかったかちゃんと理解しているわけ?」
玄関の扉を片手で抑えつつ、気だるげに表情を歪ませている。
何がいけなかったのか。
これに関してはもうベッドの中で自分なりの答えを出したつもりだ。
「佳奈からの一方的な話を信じ込み、冷静さを失って周りの話を遮断していたことですね」
俺は自信満々に答える。
これが俺なりに導いた答えなのだ。
「そう……。それなら私の話を聞くつもりはあるのね?」
「聞くつもりというか……。川瀬さんが言っていることが正しいと思ったので」
「機械的に謝りに来たわけじゃないのね」
川瀬はそう口にすると、玄関の扉を全開にする。
「それじゃあ中へ入りなさい」
「良いんですか?」
「立ち話は大変じゃない。それに、近所の人に聞かせるような内容でも無いもの」
と、俺はリビングへと案内されたのだった。
許されたのか、それとも許されていないのか。
いまいち分からない反応。
俺は今、川瀬の顔色を窺うので精一杯だった。
っても、顔を見せてくれないので表情すら読み取れないのだが……。
リビングへ上がり、座布団を差し出される。
そこに座れということなのだろう。
とりあえず、ちょこんと座る。
川瀬は無言だ。
何を喋るわけでもなく、キッチンの方で黙々と作業をする。
座布団の上に座らされた俺はどうすれば良いのかも分からずに、意味もなく押し入れを見つめる。
あぁ、ここに入ってたなという物思いにふけながら。
今俺が座っているのは、この前高橋が座っていた場所と同じだ。
ここから見てみると確かに、気付かない。
押し入れの扉が少し空いていても気付かないし、開いていることに気が付いても中から誰かが監視しているだなんて思えない。
結構上手いこと隠れることが出来ていたんだなと、ここに座って初めて驚く。
川瀬はキッチンの方からお茶の入ったグラスを二つ持ってくる。
「烏龍茶で良いわね?」
「はい。ありがとうございます」
烏龍茶を受け取り、グビっと呷る。
緊張で喉がカラッカラだったのでありがたい。
「で、どうするつもりなのよ」
川瀬もお茶を呷って、グラスをトンと机に置いてから首を傾げる。
あまりにも突拍子のない質問に俺は混乱してしまう。
一体何の話をしているのか。
黙って悩み、川瀬をジーッと見つめる。
「慧斗の元カノと長谷川の話以外に何があると思ったわけ?」
俺の心を汲み取る。
「いや……まだ怒っているのかと」
多分大丈夫。
自信なさげに俺は地雷原を歩く。
この程度の発言なら川瀬ならグッと我慢してくれるだろうという信頼によるものだ。
他の人間にならこんなことドストレートに言ったりしない。
絶対に不興を買うことになる。
川瀬の場合は違う。
と、信じているってのもあるし、どうせ嘘を吐いたところで見透かされるのがオチだ。
心の中に思いとして宿してしまったものを、取り繕って最終的にゲロるくらいなら最初からポンっと提示しておくべきだと考えた。
その方が素直だなっていう好印象を与えることが出来るだろうという企みもある。
我ながら、結構打算的な人間だなと思う。
悪いとは思っていないし、後悔もしてない。
ちょっぴり怖いだけ。
「私がまだ怒っているように見える?」
呆れたように笑う。
「私は慧斗と違って大人だからいつまでも怒ったりはしないわよ。基本はね」
謎のマウントをとられてしまった。
とりあえず怒っていないと言質とれたので良しとしよう。
若干の俺へじゃない怒りが見え隠れしていたのはきっと触れない方が良い気がする。
飛び火してきたら嫌だし、しょうがないよね。
「とりあえずもう一度佳奈から事情を聞くべきなのかなって思うんですよ」
「それはそうね」
うんうんと頷く。
「ただ、どうやって聞き出せば良いのかいまいち分からなくて……」
分からないし、分かっていたとしても言いくるめられてしまう。
「素直に気になったことを聞けば良いんじゃない?」
「それで良いんですかね」
「本当にあの男を陥れたいって思っているのなら、嘘吐かずに情報流してくれるはずよ」
ま、それはそうか。
「それに私もついて行ってあげるわ」
「ホントですか?」
「慧斗一人じゃ不安だもの」
子供扱いされているような気がしてならない。
気のせいかな。
気のせいだと良いな。
「それにしても強姦に暴力……ね。」
川瀬はポツリと呟く。
「信じていないんじゃないんですか?」
「慧斗は一つ間違っているわよ」
「はい?」
少し鋭い声。
「まだ白黒はっきりさせていないだけよ。確証がないから動かないだけ。気持ち的にはあの男は間違いなくやってると思うわ」
全く信用していないと思っていたので、その言葉はちょっと意外だった。
浮気した男の評価は既に地に落ちているということなのだろう。
「そういう感じの人だったんですか?」
今まで分かった気になっていたが、実は長谷川との接点は限りなくゼロに近い。
薄井にしろ、川瀬にしろ、佳奈にしろ。
長谷川との接点をそこそこ深めに持っていたので、俺が知らなくとも勝手に情報が入ってきて、勝手に悪者へと仕上がっていく。
だから、まだまともに話したことすらない状態だが、長谷川は悪人だというイメージが脳内にこびりついている。
「そうね。流石に私に直接そういところを見せてきたわけじゃないけれど……。片鱗は見えてたわね」
ということらしい。
具体的にどんなことが……とか、聞いていただけで鬱になりそうなのでやめておく。
川瀬には隠していたのか。
てか、隠してなきゃ付き合ってられないよな。
特に川瀬とかはそういうの嫌いだろうし。
周りの評価とかも気にするタイプじゃないだろうから、ね。
カップルとか関係ないほど強引に夜の営みへ持ち込まれたり、暴力をされたりしたら迷わずに逃げ出して、周りにいる人たちを味方にし、長谷川を糾弾してそうだ。
それだけならまだマシか。
問答無用で警察に突き付け、長谷川は社会的に死んでいたかもしれない。
ってのを、長谷川自身理解していたから、猫を被っていたのだろう。
後は普通に彼氏彼女という関係だったから、そういうことをする必要も無かったってのもあるだろうが……。
「とりあえず、慧斗は元カノと連絡取って、時間作ってちょうだい」
「分かりました」
「私が居ることは伝えても良いし、伝えなくても良いわ」
「はい」
俺はコクリと頷きつつ、スマホでメッセージを佳奈へ送信したのだった。
『また今度話そう』
と、送信したメッセージが表示されている。
◇◇◇川瀬視点◇◇◇
私は大人気ないことをしてしまった。
あまりにも身勝手だった。
歳下の後輩くんに、取り繕うことなく感情をぶつけてしまったのだ。
歳上として、先輩としてこれ以上に恥ずかしい行為はない。
それだけじゃないのだ。
感情をぶつけた挙句の果てには、感情に身を任せ、家を飛び出してしまった。
私はとんでもない先輩だ。
嫌われて当然のことをしてしまった。
決して、慧斗の主張が理解出来なかったわけじゃない。
自分の彼女だった人間が、実は強姦され、暴力を振るわれていたかもしれない。
このことを聞かされたら、誰もが同情の念を抱き、女性側に身を寄せてしまうものだ。
もしも、私が慧斗の立場であれば、元カノの情報を信じ、同情してしまう。
私はどこかで、慧斗のことを超人だと勘違いしていたのかもしれない。
少しだけ異端なラブコメの主人公だと思い込んでいたのかもしれない。
慧斗は普通の男の子とは違って、特別なんだ。
勝手にそう思い込んでいた。
実際はそんなことなかった。
好きだった女の子の言葉を鵜呑みにしてしまう、一般的な男の子。
ごく普通の男の子だ。
下手したら、一般男子は、強姦され、暴力を振るわれた。
その言葉だけで、浮気された現実を完全に忘れ、相手の男へ殴り込んでいたかもしれない。
話を聞いて、話を持ち帰ってきた慧斗は私が思っている以上に冷静なのかもしれない。
かもしれないじゃない。
慧斗は周りの男子に比べて優秀な男の子だ。
とはいえ、今更慧斗の家には戻れない。
『そう。少なくとも私は今冷静じゃないわ。だから、今日はもう帰る。騙されていないと思うのなら勝手にやってなさい。私は手を貸すつもりはないわ』
と、言ってしまった以上、戻るに戻れないのだ。
私のプライド的な問題だ。
全てを捨てて、謝れば慧斗は受け入れてくれるかもしれない。
だが、そのつもりは毛頭ない。
主張そのものは私が正しいと思っているからだ。
慧斗はもっと出来る子だと私は思っている。
勝手な希望なのかもしれない。
それでも、私は信じている。
だから、もう少しだけ私のワガママを受け入れて欲しい。
◇
帰宅してから後悔の念が押し寄せてくる。
あまりの突き放し方に、嫌われてしまったんじゃないか。
そんな思いが湧き上がってくる。
私は慧斗が好きだ。
恋愛感情ではなく、一人の後輩としてだが。
お気に入りの後輩に嫌われるのは怖い。
今までこんな感情になったことが無かったので、心のモヤモヤがどうも気持ち悪い。
不貞寝してしまおうかと、思ったタイミングでインターホンが鳴る。
誰だろうかと思いつつ、扉を開けるとそこに居たのは慧斗だった。
嫌われてなかったんだという安堵の気持ちを隠し、さっきまで慧斗へ向けていた怒りを再現し、態度に表す。
慧斗はすぐに謝罪した。
彼は彼なりに色々考えてくれたらしい。
私の言葉がしっかりと伝わったのかと嬉しくなる。
だが、ここで態度を緩めたりはしない。
私は意地の悪い人間なので、慧斗に対してちょっぴり意地悪な質問をぶつけるが、しっかりと受け答えてくれる。
なぜなのかという部分を説明出来た時点で、私はもう怒る必要は無い。
もう態度を軟化させても違和感はないだろう。
ゆっくりと態度を柔らかくし、慧斗を家へ上げることにした。
嫌われていなくて良かった。
思わず上がってしまう口角を隠しながら、リビングへと歩く。
私の後輩はやはり優秀だった。
ご覧頂きありがとうございます!
誤字脱字報告、本当に助かってます。
「これ誤字じゃね……?」
とか
「これ文字抜けてね……?」
っていう怪しいものも含めて、気軽に送って頂ければと思います。
投稿ペース落ち着いたら、推敲するつもりですが、しばらくは出来そうに無いので……。
助けていただけると嬉しいです。




