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浮気現場を目撃するドン底から始まった異端なラブコメ  作者: 漆田
一章 〘浮気はきつし怒る乙女〙
3/43

3話『浮気相手の彼女』

 非リア一日目。

 清々しい朝。

 頭の片隅にチラつく佳奈の顔。

 気持ち良い朝が一瞬にして憂鬱なものになる。


 スマホを手に取り、画面に視線を落とす。

 一通の通知が入っていた。


 『川瀬真衣です。薄井くんから連絡先貰いました。顔合わせて一度お話したいので時間作ってもらえると嬉しいです』


 というメッセージ。

 俺は直ぐに承諾の旨を伝えた。

ついでに今日からでも良いですよ、と冗談っぽく追記する。

 一仕事終えたような感じで、スマホを置く。

 それと同時にスマホのバイブが振動した。


 『私も今日は予定空いてるのでもし良かったら今日にしませんか?』


 という返信だった。

 ここから更に何通かやり取りする。

 結果として今日の午後に某ファミレスで待ち合わせすることになった。

 やっすいドリアとかがあるあの店である。


 「午後……か」


 時計に視線を向けるとまだ朝の九時。

 最近珍しくなった雀がベランダへやってきてチュンチュン鳴いている。


 「まだ時間あるなぁ……」


 どうしようか。

 そんなことを思いつつ、俺はスマホをもう一度置いて、布団にくるまった。

 ぬくぬくとした気持ちの良い温度。

 俺はこの環境に負けてしまい、気付いたら意識を手放していたのだった。



 お腹がすいて目が覚める。

 小さく欠伸をしつつ、時計に時間をやると正午を少し過ぎたところだった。

 目を擦りつつ、家を出る準備をする。


 何か食べようかと思ったが、この後どちらにせよファミレスへ向かう。

 わざわざ何か口に入れる必要性もないなと判断し、その他の準備を着々と進めていた。


 相手は一応女性だ。

 関係こそ複雑なのだが。

 俺の彼女の浮気相手の彼女。

 いや、近いように見えて遠いな。

 そもそもこうなったのは全部佳奈が原因だ。

 って思うとなんだかイライラしてきた。


 リビングに足を踏み入れると、クシャッとなったペットボトルが端に転がっている。

 そっか、あの日からずっと放置してたのか。

 あの時の感情が胸に宿り、一人でムカムカしてくる。

 それを抑えるために大きく深呼吸をして、水道水をグイッと呷った。


 話が逸脱したが戻そう。

 とにかく、関係性こそどうであれ相手は女性だ。

 これに変わりはないし、今後変わることもないだろう。


 それに俺は彼女無しの男。

 少しくらいカッコつけたいと思うのが当然の思考である。

 ってことで、ちゃんとした服を着て、ちゃんと髪の毛もセットしようと思います。


 あれ、もしかして寝てる暇なかった?

 ま、なるようになるか。

 俺はバタバタと準備を進め、遅刻することなく無事に某ファミリーレストランへと到着したのだった。

 めでたし、めでたし。



 ファミレスの外で待っていると、ファミレスの駐車場に一台の軽自動車が入ってきて、スムーズにバッグで駐車した。

 ピンク色という少し視線を追ってしまうような軽自動車。

 そこから降りてきたのは、川瀬であった。


 衝撃的な出会いだったので顔を忘れるはずもない。

 あっちも俺に気付いたのか、車の鍵を閉めるとこちらに軽く手を振ってからゆっくりと歩いてやってくる。


 「少し遅くなっちゃったわね」


 開口早々謝罪する川瀬。

 時間的には遅刻でもない。


 「俺が早すぎただけなので気にしないでください」


 これが正解である。

 素直にそう告げると川瀬はニコッと微笑む。


 あれから長谷川と川瀬の関係がどうなったのかは知らない。

 風の噂で耳に入ってくることすらない。

 だからこそ、今日こうやってお互いの近況を報告し合おうってことになったのだが。


 佳奈という屑と別れたことで清々している気持ちもあれば、悲しい気持ちもやっぱりどこかに持っている。

 この理由は単純で、例え屑であったとしても、ゴミであったとしても、元々好きだった人なのだ。

 何ヶ月と共に過ごしてきて、時には体を重ね合わせ、愛し合った人なのだ。

 また時にはこの人と一生過ごすんだろうなと考えたことすらある。

 ゴミ屑だと認識したとしても、この気持ちを持っていたという事実は消えない。

 だからか、寂しさもどこかにあるのだ。


 当然心境は川瀬側も同じはず。

 なのに、全くそれを感じさせない雰囲気。

 吹っ切れたのか、それともまだ付き合い続けているのか。

 俺には分からないが、俺にその感情を見せないようにしているのであればちょっと申し訳ないと思ってしまう。

 やはり、少し時間を開けるべきだったのかなと。

 ま、今更遅いけどさ。


 「どうしたのかしら?」


 川瀬は不思議そうに顔を覗く。

 変に黙り込んでしまったので、不思議に思われてしまった。


 「なんでもないですよ、ハハ」


 と、慌てて取り繕うと、「そっか」とホッとしたように髪の毛を触った。

 この一挙一動がとても美しく、思わず頬を撫でたくなる。

 なぜこんな彼女がいながらも浮気なんていう不貞行為を働いてしまったのかと、疑問を持ってしまう。

 ま、男たるもの、彼女を持っていようが他の女に声を掛けられたら手を出したくなってしまうものだ、と言われてしまえば何も反論できないのだが。

 ある種本能的行動とも言えるだろう。

 実際に一夫多妻制という制度だって存在しているのだ。


 何にせよ俺は長谷川のことを性猿だと認識していることには変わらないけどね。


 「とりあえず中入りましょうか」

 「そうね」


 と、二人で店内へ入る。

 店員に案内してもらい、席へ座る。

 窓際の席で、大通りが窓から見える。


 川瀬が美しいと思ったのは俺だけじゃないらしい。

 店内にいる人達が、川瀬のことを一度見つめ、何事も無かったかのように自分の料理とにらめっこをし、たまにまたこちらへ視線を寄せる。

 とにかく赤の他人の視線すら奪ってしまうほどの美貌って訳だ。


 「先にドリンクバー二つ良いかしら?」

 「はい、かしこまりました。また何か注文があればそこのボタンを押してください」

 「分かりました」

 「それではごゆっくり」


 店員は頭を深々と下げると厨房の方へ帰っていく。


 「なにか飲むのなら持ってくるわよ」

 「良いんですか?」

 「その代わりに荷物見てて貰えるかしら」

 「あ、了解です」


 俺も一緒に……と思ったが、こうやって仕事を与えてくれるのであれば話は別である。

 意図してやっているのかどうか分からないが、萎縮しない環境を作ってくれるのは有難い。

 顔も良く、人に気も使える。

 童貞の頃だったらこれだけで惚れていた。

 危ない、危ない。


 「じゃあ、烏龍茶でお願いします」


 と言うと、川瀬は手をヒラヒラとさせて、ドリンクバーの方へと向かった。

 不思議とかっこよく見えた。

 きっと俺はこの人のことを尊敬しているのだと思う。

 あれだけの事があった。

 自分の恋人が浮気していた。

 これだけで取り乱す人だって多くいるだろう。

 しかし、川瀬は取り乱すことは無かった。

 恋人に正論を振りかざし、周りに迷惑がかからないよう自分だけが見えるところに恋人を連れていき、問い詰め、後日結論をこうやって関係者へと伝える。

 大人っぽいこういう対応が、憧れの対象になったんだろう。


 「……」


 俺は目で追ってしまう。

 川瀬のことをもっと見たい。

 恋愛感情的にでは無く、もっと色々なことを学べるのではないかという探究心からである。

 この感情を恋愛感情と勘違いしない辺り、俺もかなり成長したんだなと嬉しくなってしまう。

 ここだけは佳奈に感謝できる点だろう。

 浮気は許さないけどな。


 「お待たせ」

 「ありがとうございます」


 俺は軽く頭を下げ、烏龍茶を受け取った。

 喉が渇いていたわけじゃないが、とりあえず烏龍茶を呷る。

 持ってきてもらったのに、ずっと机上に放置ってのは申し訳なさがあるからだ。


 「敷田くん……だったわよね?」

 「はい。敷田慧斗です。別に好きに呼んでもらって構わないですよ」


 尊敬の念を抱いている相手だ。

 きっと、お前とかこのゴミクズとか言われてもピンピンしていると思う。

 いや……泣いちゃうかな?

 その場になってみないと分からない。

 しかし、現状は何言われても良い。

 そのくらいの気概ってことだ。


 「敷田くん……って感じじゃないのよね。敷田って聞くと違うものが浮かんでくるのよね……」


 川瀬は「ほらこれ」と言って、両手でポーズをとっている。

 多分それ伝わるの野球好きな人だけなので今すぐやめて頂きたい。


 「高校の時は野球部にいじられてましたよ」


 苦笑を浮かべることしか出来なかった。

 もし俺が野球を知らなかったらどうするつもりだったのだろうか。

 とんでもない空気になっていたと思う。

 やるなら大谷さんに向かって「二刀流じゃん」くらいの軽い弄りに留めておいて欲しい。


 「慧斗くんってのもなんだかしっくり来ないのよね」

 「たまに言われます」


 中学の時、お前って慧斗って感じじゃねぇーだよって言い放たれた時は何を反論すれば良いのか分からず、呆然としてしまった。

 今となっては良い思い出だが、俺の親に言えよって感じだ。

 生まれて勝手に名付けられたものだ。

 というか、キラキラネームでも無いんだか許せよ。

 (あだむ)って名前に一生難癖付けてて欲しい。


 「あ、ディスってるわけじゃないのよ」


 慌てたのか、両手を忙しなく動かす。


 「大丈夫ですよ。そんなこと思ってないので」


 俺はそう口にし、軽く微笑む。

 そうすると安堵したのか、両手を机に優しく置いた。


 「けいちゃん……とかかしら」

 「あー、それはちょっと……」


 それだけはやめて欲しい。

 これならゴミ屑の方がよっぽどマシだ。


 ――けいちゃん。


 何もおかしくないあだ名だが、今までで一番気分の悪くなる呼ばれ方。

 ほんの数日前まではこんなことなかったのにな。

 けいちゃんって呼ばれるとどうしても佳奈を思い出してしまう。

 元々その呼ばれ方は佳奈からしかされていなかったし、仕方ない。


 「……? あ」


 川瀬は不思議そうにこちらを見つめていたのか、思い当たる節があったらしく慌てて目を逸らした。

 完璧人間だと思っていたが、こういう所もあるんだな。

 ギャップ萌えで死んでしまいそう。

 浮気相手の彼女にギャップ萌えする男とか今すぐ死んでしまえ。


 「ごめんね、不用意だったわ」

 「いや、大丈夫ですよ。そもそも悪いのはあっちですし」


 なんかそう言った瞬間、自分の中でフツフツと怒りが沸騰してきた。

 なぜこうやって俺たちが苦しまなきゃならないのかという怒りだ。

 悪いのは全部向こうなのに。

 だが、表には出さない。


 「暫定的に慧斗って呼ばせてもらうわね。ハマるのがあったらそっちに変えるけれど」

 「分かりました」


 そう宣言され、なんて言葉を返せば良いのか分からずただ承諾するだけになってしまった。


 「私のことはなんて呼んでくれても良いわよ」


 と言ってくれるが、いざそう言われてしまうと困る。

 俺は同じことを川瀬にしてしまったのかと考え、少し申し訳なくなる。


 川瀬と呼ぶのはあまりにも失礼だ。

 多分歳上なはず。

 であれば、さん付けは確定だろう。

 川瀬さんと呼ぶべきか、それとも真衣さんと呼ぶべきか。

 いや、真衣さんはあまりにも親しすぎるな、却下だ。

 普通に川瀬さんで良いか。

 面白みに欠けるのは間違いないが、これ以上の正解へ導ける気がしない。

 時には妥協も必要だろう。


 「川瀬さんって呼ばせてもらいます」

 「普通ね」

 「普通が良いんですよ」

 「そうね……。それは私もふつふつ実感しているわ」


 と、窓を眺めつつ、メニュー表を手に取りゆっくりとそちらへ視線を向ける。

 本当にメニューみたのかってくらいのスピードで俺へ渡してくる。


 「決まったら教えてね。店員さん呼ぶから」

 「川瀬さんは良いんですか?」

 「私は大丈夫よ。もう決まってるもの」


 ということらしいので、俺はさっさとメニュー表から選び、決まった旨を川瀬へ伝えると、川瀬はボタンを押した。

 そして、来た店員にそれぞれ注文し、また雑談タイムへと移行したのだった。

ブックマーク、評価ありがとうございます!

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あと知らないうちにいいね機能なんて追加されていたんですね……。

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