29話『人探しというミッション』
暗闇の中向かったのは大学。
ここに俺と佳奈を語る上で絶対に欠かせない場所があるのだ。
サークル活動をしている所があるからか、この時間でも校門は開いている。
この時間に大学へ足を運ぶことなんてないので、なんだか新鮮な気分だ。
暗闇の中、大学の敷地内を歩く。
大学構内でも、特に俺たちの中で印象に残っている場所へと向かう。
きっと居るだろうという自信と、居なかったら他のところへ行かなきゃならないのかという面倒くささが入り混じる。
誰にも聞こえないような小さなため息を漏らし、歩く。
辺りをキョロキョロしながら見渡し、校舎内へと入る。
この時間帯なら別に学生が居たとて、怒られることは早々無いはずだ。
だが、周りが気になるのは気になる。
そのせいで挙動不審に辺りを見渡してしまう。
校舎内は暗かったが、人感センサーで動いている照明なので、俺が校舎内へ踏み入れた瞬間に目の前の廊下はパッと明るくなる。
だが、数メートル先はまだ暗い。
歩く度に、パッと光るのかと思うと、少しばかり憂鬱だ。
何だかんだで精神衛生上良くない。
ビビりなだけなんだろうけど。
時々人感センサーで点く照明に「ヒィッ」と男らしくない気持ち悪い声を上げつつも、目的地へと着実に近付く。
エスカレーターを利用し、二階、三階、四階……と、どんどん上の階へと上がっていく。
そして、五階でエスカレーターの使用をやめて、廊下をタンタンという足音を立てながら歩く。
目の前に見える一つの教室。
513教室。
ここが俺と佳奈にとって思い出の場所の一つだ。
なんてことの無い普通の教室だが、俺にとってはこの教室は人生で語るにおいて、絶対に欠かせない場所となっている。
俺と佳奈が出会い、お互いにお互いのことを探りあっていた場所である。
最初は、たまたま隣に座った一人の女性だった。
可愛い人も居るんだな。
そんなことを思いつつ、黒板と睨めっこしていた。
大学の授業って結構こういうことがある。
一期一会じゃないが、知らない人と隣同士になり、こんな人も居るのかと思いつつも、関係を持つことなく離れていく。
これが普通なのだ。
しかし、佳奈の時だけは違った。
毎週、毎週隣に座ってくる。
流石の俺も、段々と意識してくる。
他にも席が空いているのに、わざわざ隣を選んで座るのだ。
コイツ俺の事好きだろ……という痛い勘違いはしないにしろ、何なんだろうなという疑問は抱く。
当然だろう。
というか、当時は何かしたかなとか怖がっていた。
「すみません。ちょっとノートを見せてもらっても良いですか?」
とあるタイミングで、佳奈は俺へ話しかけてきた。
あまりにと突然だったので、俺はキョドりつつもノートを渡す。
彼女は滑らかに自分のノートへ書き写す。
しばらくすると、シャーペンを動かす手を止めて、俺へとノートを返却した。
「ありがとうございます」
ニコッと微笑む。
女性への耐性があまり無かった俺はこれで完全に射抜かれてしまった。
今思えば、チョロい男である。
この会話がきっかけで、佳奈とはあれよあれよという間に話すような仲へと発展して行った。
きっかけこそ、些細なものであったが、連絡先も交換し、遊ぶに行く約束さえ取り付ける。
時には、この教室に居残り、二人で長いこと言葉を交わしあったこともあった。
この513号室は、出会いの間であり、俺と佳奈という二人の物語を大きく加速させた場所でもあるのだ。
全てが始まった場所。
そう言っても過言じゃない。
俺は教室の前に立つ。
照明は点いていない。
教室内は真っ暗だ。
居ないのだろうかと脳裏を過ぎったが、俺の家の場合を考えると可能性は残っている。
アイツ俺の家で、電気を消したまま土下座をし続けていたのだ。
ここで、電気を消して物思いにふけている可能性は十分にある。
ガラッと扉を開けるが、教室はもぬけの殻だった。
誰もいない。
なぜか開かれている窓から吹き込む風が、俺の髪の毛を靡かせる。
「ここじゃなかったか……」
俺は小さいため息を漏らしつつ、踵を返す。
そして、大学の敷地内を後にした。
あそこに居なかった以上、もう大学には用がない。
思っていた以上に大学での思い出は少ないのだ。
◇
休むことなく次の目的地へと向かう。
歩くことが実質的に休憩だからね。
もう、夜も深くなってきた。
日を跨ぐまで、片手で数えられるくらいの時間である。
こうやって歩いている時でも、刻一刻と時間は過ぎていく。
大学から歩くこと、十八分。
四車線道路の国立方面側にある緑色が特徴のファミレス。
某イタリアンレストラン。
学生の味方だ。
「何時までやってんだ?」
営業時間を気にしつつ、扉を開ける。
お客さんが入っているので、どうやらまだやっているらしい。
ってか、目の前に二十二時って書いてあったわ。
敷田様は節穴でした。
入店し、店員に案内されるがまま席に座る。
ドリンクバーを注文し、ドリンクを取りに行くついでに佳奈は居ないかと見渡す。
それらしき客はいない。
キャピキャピとして、髪の毛を派手に染めた女子大生グループに、今にも蕩けそうな雰囲気を醸し出す高校生カップル、悲壮感を漂わせながらドリアに食らいつくサラリーマンに、人生の終着点のような表情を浮かべながら赤ちゃんの世話をするお母さん。
時間も時間なので他にはお客さんはいない。
どうやらここも見当違いだったらしい。
ちゅるると烏龍茶をストローで啜る。
俺の向かいの席は良く佳奈と来ていた時に座っていた席だ。
懐かしいな。
そう思ってしまった。
そこまで昔の記憶じゃないはずだ。
しかし、どこか遠い昔のような気がしてならない。
俺の中できっと、佳奈と付き合っていたということ自体がもう過去の話として昇華してしまったのだろう。
凝固していた気持ちはもうない。
液体と化し、どこかへ消え去った。
残った残りカスが思い出として形作っているのだろう。
ここに居ないのならどこにいるのか。
気付けばそう思考が動いていた。
ぶっちゃけもう思い当たる節はない。
あるにはあるが、電車を使わなくちゃいけない距離だ。
今の時間ならギリギリ間に合うと思うが、帰ることも計算すると少し面倒な気持ちになる。
ま、行かない後悔より、行く後悔……か。
俺は足早に某ファミレスを去り、近くにあるモノレールの駅を使い、目的地まで向かったのだった。
次に向かうのは、デートで定期的に足を運んでいた場所である。
俺の記憶が正しければまだ営業していたはずだ。
そう思いつつ、向かうと案の定やっている。
映画館だ。
わざわざここまで来て、何度も映画を観てきた。
俺の趣味だったり、佳奈の趣味だったり……と。
種類は様々だったが、楽しかったという思い出は存在する。
館内へ入り、近くにあったベンチへ腰掛ける。
時間を忘れるために映画を観ているかもしれない。
そんなことを思いながら、だらーっと待つ。
映画の上映が終わり、出てくる客も居れば、新しくチケットを購入し、入場していく人たちも行く。
そんな人が行き来する所に目を配る。
佳奈がサラッと出てくるんじゃないかという期待を胸に。
しかし、一時間近く待機したが出てこない。
俺がここへやってきた時に上映が開始していた映画は全て、上映終了している。
つまり……だ。
ここにも居なかったということである。
またもや、外してしまった。
思い出の場所に居るんじゃないか。
そう考えているのがきっと大きな間違いなんだと思う。
まだ時間的には余裕でアバート近くまで帰れる。
俺は諦めたように、モノレールに乗り込んだのだった。
◇
モノレールから降りて、歩くこと数分。
見慣れた景色に、見慣れた公園が見えてくる。
まるで虫かのように、俺は公園内にある灯りにつられて足を踏み入れた。
ブランコと鉄棒、申し訳程度の植木にベンチが端の方にちょこんとある小さな公園。
どこにでもある変哲のない普通の公園だ。
しかし、俺はポカンと口を開けてしまった。
ベンチに座る人影が見えたのだ。
こんな夜遅くに、ベンチに腰をかける人。
普通だったら絶対に声をかけたりしない。
だが、あまりにも不自然で、今の俺の精神状態的に誰でも良かったので話を聞いて欲しかった。
だから、思わず近寄ってしまう。
小さく寝息をたてる可愛らしい姿がそこにはあった。
佳奈の可愛らしい姿が。
俺は佳奈を見つけ出したという安心感と同時に、こんな所で眠っていることに一抹の不安を覚える。
流石にこのまま寝かす訳にもいかないので、肩を揺すり、無理矢理起こした。
ただ単純に眠っていただけの佳奈は「んん」と色気のある言葉と共に目を擦る。
そして、小さく欠伸を一つ。
「……けーちゃん?」
「おはよう」
「夢?」
どうやら夢だと思っているらしい。
そりゃそうか。
俺が目の前に現れるなんて思っていないから、そういう思考に辿り着くのはむしろ当然の末路と言えるだろう。
「夢じゃない。現実だ」
若干だが、顔色が良くなっている気がする。
気休め程度だが……。
「現実……」
信じられないという感じで言葉を漏らす。
「残念ながら現実だ。なんなら頬を抓ってやろうか? きっと痛むはずだぞ」
「……」
俺の言葉にジーッと見つめる佳奈。
口にしてから恥ずかしくなり、顔が僅かに火照る。
きっと顔は赤いだろうが、暗いおかげで佳奈にはバレないはずだ。
頬を抑えたい気持ちを堪え、堂々としておく。
「けーちゃんにやられるくらいなら自分でやる」
そう言うと、佳奈はむにっと柔らかい頬っぺたを摘む。
「いた……」
と声を出し、摘んだ頬を今度は両手で抑える。
夢じゃなく現実であるということを肌で感じた佳奈は俺の事をまたジーッと見つめる。
「なんでここに居るの?」
不思議そうに問う。
「なんでって……佳奈を探してたから」
「私のことを探してた……の?」
「あぁ」
「ごめんなさい……」
あまり納得していないのか、続きを説明しろと言わんばかりの表情でまじまじと見つめてくる。
そんなに見つめられても、これ以上の答えはない。
「佳奈を探してた。見つけた。以上」
端的にありのままを伝える。
佳奈は納得しているのか、していないのか。
微妙な表情で「はぁ……」と小さく頷く。
「なんで私を探してたの?」
「なんでって……」
気恥ずかしくなり、言葉を詰まらせる。
一度わざとらしい咳払いをしつつ、小さく深呼吸をし、気持ちを立て直す。
「そりゃ心配だからに決まってるでしょ。心配じゃない人をわざわざ探したりするようなお人好しじゃないからな」
開き直って、胸を張る。
ポカンと口を開ける佳奈。
「私はけーちゃんのことを裏切ったんだよ?」
震える声。
「そうだな。二回も裏切られたな」
「二回……も? ごめんなさい」
「一つは他の男と体の関係を持ったことだ。そして、もう一つは相談してくれなかったことだな」
なんかこう話す時、前に比べて怒りは湧いてこない。
淡々と冷静に喋ることが出来る。
理由はいまいち分からない。
別にこのことを許したつもりは毛頭ない。
だから、尚更答えが見つからない。
「でも、例え裏切られたとしてもさ。俺は佳奈のことが好きだったわけだし、俺の元カノなわけじゃん。どうしても心配になるんだよ」
好きだった人には幸せになって欲しいと願う。
例えそれが、振られた相手でも、俺のことを裏でバカにしていた相手でも、浮気して別れた相手でもだ。
やはり、根本には恋心があるのだろう。
どういう経緯であれ、悲しい思いはして欲しくない。
多分これは恋人に限った話じゃないと思う。
例えば、虐待をされまくったとしよう。
そんなんでも親が死ねば不思議と悲しいという気持ちを抱くもの。
これに似通った感情だと思う。
「それよりも、なんでそんなに死にそうな顔してるんだ? やつれすぎだろ」
触れるべきかどうか迷いつつも、今なら良いかとどさくさに紛れて指摘する。
「……。こんな顔しててごめんなさい。でも、生きてる意味ないと思って自暴自棄になっちゃったから」
佳奈は哀愁漂わせながら、アハハと頬を掻く。
「好きな人を傷付けてしまったことと、好きでもない人に幸せを引き裂かれたことに絶望して、そうやって人のせいにしてしまう自分自身に嫌悪感を抱いちゃったから……かな。私って何のために生きてるんだろうって。アレに人生グチャグチャにされる為に生きてきたのかなって、生まれてきたのかなって」
歯を食いしばりつつも、しっかりと一言一言はっきりと口にする。
「こうやって気付けばあの男に責任転嫁してしまう自分にまた嫌悪するの」
もう負のスパイラルに入ってしまっている。
別れたことに嫌気がさし、別れたことを無理矢理正当化させようと長谷川を悪く思う。
そうして、そうやって逃げている自分に嫌気がさし、こうやって嫌な思いをしているのは長谷川のせいだ、と思ってしまう。
多分こういうような流れだ。
「どうすれば良かったんだろうな」
「きっと言い寄られている時からけーちゃんに相談すれば良かったんだと思う」
それが正解だ。
俺に相談したから何かが解決するかと問われると微妙である。
正直、長谷川に対して「佳奈から離れろ!」と言えなかったと思うし、言えたとしても相手の反感を買うだけだった。
って、怖さを自分でも分かっているからどこか佳奈に同情する心があるのだろう。
同情する心と同時に、許せないという心もある。
この二つの気持ちは対極のものであり、絶対に混ざり合って一つの物にはならない。
だから、助けたいけどもう一度付き合いたいとは思わない。
そういう特殊な感情が生まれてしまったのだろう。
「もう、この際だから俺が気になってること全部聞いても良いか?」
佳奈はコクリと頷く。
「俺さ、佳奈と長谷川が腕を組んで家を出てくる所見てたんだよ。あれも脅されてたのか? なんか満更でもなさそうっていうか、嫌がってないっていうか……」
「私が嘘吐いてるってこと?」
怒りは一切感じられない。
優しい口調で首を傾げる。
「いや、別にそういうことでは……ないんだけどさ」
「良いよ。最初に裏切ったのは間違いなく私だから。もうけーちゃんからの信用なんて無いのは当然だし、疑われるのもまた当然だと思ってる」
と口にする。
自分の置かれた状況を理解していないんじゃないかと思っていた時も俺にはあった。
しかし、そんなことは無かったらしい。
しっかりと今自分はどんな状況に置かれ、俺からどう思われているかもしっかりと理解している。
だから、佳奈はこんなにも平然としていられるのだろう。
あくまで受け答えは……だけど。
「まずは色々疑わせるようなことしちゃってごめんなさい」
佳奈は深々と謝る。
謝罪癖でもついてしまったのかというくらい謝罪している。
きっと佳奈は謝罪の言葉を口にすることで、罪の意識を軽減させているんだと思う。
佳奈にとって、「ごめんなさい」という謝罪の言葉は精神安定剤に似た効用を持っているというわけだ。
あくまで、推測でしかないけれど。
「あの男に脅されてたから。自分の思った通りにいかなかったら手を出して――」
「は? 殴られてたのか?」
「え、う、うん……」
俺の反応に佳奈はビクッと体を震えつつも、頷く。
「どこを……。俺全く知らなかったんだけど」
一応付き合っている間は佳奈と体の関係は維持していた。
そんな毎日ヤるほど盛んじゃなかったが、平均的な回数はこなしていたつもりだ。
月に二回ほど。
だが、暴力跡なんかは見た記憶はない。
「背中……」
佳奈はそういうと、俺に背中を向けてきた。
どういうことかと思ったが、背中を見てみろ、ということらしい。
背中を捲ると確かに痣があった。
青紫色の中に夕日に染る空の色のようなものが混ざっている。
要するに、治りかけだ。
「聞いてないんだけど」
「心配かけさせたくなかったから」
「でも流石にこれは……」
強姦一つでも立派な犯罪だ。
出るところに出れば間違いなく長谷川はお縄になる。
それなのに、暴力までしていた……となると。
「だから、演技をするようになったの。痛いのは嫌だから。でも、痛いのを我慢してたらこうやって今は心が痛くなっちゃった」
悲しそうに微笑む。
その哀愁漂う笑顔に胸が痛くなる。
そっか、俺は佳奈のことを全く守れていなかったのか、と自分の無能さに苛立ちさえ覚えてしまう。
幸せにしたい、絶対に守ってみせる。
そんなことを決意し、付き合い始めたのに結果はこれだ。
他の男に強姦され、暴力を振るわれ。
でもって、俺の事を心配させまいと黙る。
他の人に話しにくかったってのも少なからずあるとは思う。
それだとしても……だ。
自分が自分の仕事をこなせなかった事に、守れなかったことに申し訳なさとを募らせる。
「病院に行こう。警察にも行こう。もう我慢ならない」
「ちょっ、けーちゃん待って」
「待つも何もあるか」
「あまり大事にはしたくないの」
申し訳なさそうに俯く。
大事にしたくないって……。
大事にしたのは長谷川だ。
既に大事になっている。
「私的にはあの男は死ねば良いと思ってる」
真面目な顔をして、結構辛辣なことを口にしている。
オブラートに包むことをせず、ストレートな言葉。
感情を素直に吐露しているのが伝わって、少し安堵した。
「逮捕されて、性犯罪者としての錘をこれから一生背負って、苦しんで欲しいし、周りに見捨てられて、途方に暮れて、苦しみながら自ら命を絶って欲しいとも思う」
「明確だな」
「私は絶対に許すつもりないから」
生気のない顔から放たれているとは思えないほどのギラッとした目。
「でも、あの男が捕まったら、あれの取り巻きに嫌がらせ受けることになるから」
「あー……」
つまりは、長谷川が囲っている女たちが暴れ始めるということなのだろう。
自分の好きな人に性犯罪者、前科持ちというレッテルを貼った佳奈を許さないという感じで。
安易に想像できてしまう。
特に高橋なんかが良い例だ。
あんな感じのやつをたくさん囲っていると考えるだけで、憂鬱な気分になる。
「そんなので嫌がらせを受けるなんてバカバカしいし、なんでそれで私が苦しまなきゃいけないのか分からない。逃げるには学校を辞めるしかないのかもしれないけれど、なんで私が嫌がらせから逃げるために学校を辞めなきゃいけないのかも分からない。だったら、何もしない現状維持で良いかなって」
神妙な面持ち。
佳奈の言っていることは理解出来る。
俺だって似たようなことを思っていた。
なんで浮気された俺がここまで苦しまなきゃならないのかと。
「じゃあさ」
俺はふと思いついた。
今の俺には味方が幾つかいる。
佳奈だってそうだし、きっと薄井は俺に協力してくれるはずだ。
というか、既に長谷川から恨みを買っているだろうしな。
それに、川瀬だって頭を下げれば渋々協力してくれるだろう。
ワンチャンノリノリかもしれない。
「俺たちで直接何かやり返そうぜ」
「やり返す?」
佳奈は首を傾げる。
「あぁ。そう。何かやり返す。俺たちだけ、辛い思いをするのは馬鹿馬鹿しいだろ? だから、スカッとする為にアイツを苦しめるんだよ」
佳奈を疑う気持ちは完全に消え去った。
流石にあの傷を見せられると、コイツ実は嘘吐いているんじゃないかという怪訝な気持ちも消滅する。
あの傷こそが、長谷川に脅され、襲われていた生きた証拠なのだ。
「出来るのかな」
佳奈は不安そうに首を傾げる。
「出来るか、出来ないかじゃないんだよ。やるしかない」
ここで逃げたらきっと長谷川の思う壷だ。
こういうのを俗に泣き寝入りというのだろう。
そんなの馬鹿馬鹿しい。
「ま、とっておきの作戦を考えてやる。楽しみにしとけ」
「けーちゃん。ごめんね。本当にごめんね」
ポツリと涙を流す。
鼻をすする佳奈の頭をゆっくりと俺は撫でる。
「私、馬鹿で、一人で抱え込もうとしてけーちゃんを悲しませたのに手を差し伸べてくれてありがとう」
今まで謝ってばかりだった佳奈は感謝の言葉を口にする。
暗闇の中に輝く一筋の光。
まるで星のように、まるで宝石のように。
佳奈の笑顔は輝いてみえた。
そうだ、これだ。
この笑顔こそ、俺が好きになった人の笑顔だ。
「苦しかったのはお互い様だ」
俺はニコッと笑うと、佳奈は「えへへ」と可愛らしい甘えた表情になる。
まだ、佳奈に聞きたいことはある。
それこそ、「誘われてつい……。ほんの遊び心だったの」という言葉はなんだったのか……とか。
長谷川はあの言葉を聞いていなかったわけだし、言う必要は無かったはずだ。
少々の疑問は残るが、とりあえず今は置いておいて良いだろう。
全てが片付いて、余裕が出来たら改めて聞くことにしよう。




