27話『佳奈パパとご対面』
リビングにある時計の秒針は等間隔で音を鳴らす。
時の流れを感じ、天井を見上げ、小さく息を吐く。
目の前にあるのはクリームが少し付着している皿。
小さめのフォークが良い味を引き立てている。
「……。佳奈が元気になるまでは僕が責任を持って面倒を見るので」
間を繋ぐように出てきた言葉。
そんなことは全くしなくて良い。
全て、栗原家に一任すれば良いのに手を挙げてしまった。
理論的に説明なんて出来ない。
俺がやるべきと思ったから手を挙げてしまった。
ただそれだけ。
目を輝かせる佳奈ママ。
「良いの?」
と問う。
佳奈ママ自身も、自分の娘がとんでもないことをしでかしたってことに気付いたのだろう。
というか、佳奈ママは何も悪くない。
まさか、自分の娘が浮気をするなんて思ってもいないのだ。
浮気していること前提で話す親の方がどうかしている。
「佳奈も被害者な可能性は十分にありますし、少しくらいは手を貸してあげるべきだと思うんですよ」
本心だ。
彼女のことが一言一句本当だとすれば、十分に被害者だと言えるだろう。
そんな佳奈を簡単に見捨てることは出来ない。
もちろん、復縁はありえない。
俺と付き合っている間に他の男とセックスをしたという事実は消えないからだ。
だが、復縁こそしなくても俺に出来ることはあるはず。
それは彼女が元気を取り戻すまで、俺が手を尽くすことだと思う。
何をすれば良いのかは分からないが、心に負った傷を癒すくらいはしてやりたい。
元彼氏として。
◇
一時間くらい経過しただろうか。
刻一刻と時間だけが過ぎていく。
その中で、ガチャりと玄関方面から勢いの良い音が聞こえてきた。
慌ただしい、物音と共に、足音はこちらへと近寄ってくる。
そして、リビングに顔を出す、佳奈パパ。
かなり急いできたのだろう。
スーツがかなり乱れている。
そんなのお構い無しという感じで、俺の事をジーッと見つめた後、状況を説明して欲しそうに佳奈ママを見つめた。
佳奈ママはトントンと優しく机を叩き、そこの前に座るよう指示する。
困惑した表情を浮かべている、佳奈パパだが、指示には素直に従い、ゆっくりと座った。
「お久しぶりです」
俺は深々と頭を下げる。
「……。久しぶりだな」
別れたことを知っているからだろうか。
どこかよそよそしい。
「どういうことだ?」
俺と佳奈ママに問う。
「今日、けーちゃんが佳奈は居るかって訪ねてきたのよ」
佳奈ママはゆっくりと説明をし始める。
「ついでに別れた理由とか聞いてみたわけ」
「余計なことを……」
佳奈パパは顔を顰める。
「慧斗くん、ウチの嫁がごめんね。迷惑かけたみたいで」
「大丈夫ですよ。いずれ佳奈の方から話が上がってたと思いますし。早いか遅いかの違いですよ」
何も無かったかのように笑っておく。
きっと、佳奈ママと佳奈パパにとって俺という存在は大きかった。
少なくともこの先も記憶に残るはずだ。
俺が自信過剰なだけかもしれない。
そうであったら嬉しいという一つの希望的観測。
「私の方から説明する」
佳奈ママはそう口にすると、淡々と説明し始める。
主に俺が別れた原因だ。
所々に佳奈の主張も組み込まれてはいるのだが、基本的には佳奈が悪いという主張である。
俺が目の前にいるからと言うのもあるのだろう。
だが、眉をヒクつかせている辺り、純粋に怒っているだけかもしれない。
全てを聞き終えた佳奈パパは目を丸くし、恐る恐るという感じで俺を見つめてくる。
「慧斗くん。これは本当なのか?」
震わせた声。
ツチノコを見たかのような表情。
「はい」
怒っているのか、悲しんでいるのか。
表情から感情をいまいち読み取れなかった俺は淡白に一言だけ返事をして、代わりに大きく頷く。
「そうか」
そう返事をする。
次の瞬間、佳奈パパは立ち上がった。
威勢はどこにもない。
この人が一家の大黒柱なのかと、疑ってしまうほど。
立つと、乱れているスーツは一際目立つ。
ネクタイも皺が出来ており、曲がっている。
そして、頭を床につける。
土下座。
「え……」
予想の範疇を超えた行動にこんな情けない声を出してしまう。
一人の父親が血も繋がっていない子供に対して土下座だ。
男として、大人として、父親として……。
プライドはあるはずだ。
なのに、それらを崩してしまで行う。
「馬鹿娘がとんでもないことをしでかした。俺からきちんとアイツには伝えておく。慧斗くんには本当に迷惑をかけた」
「と、とりあえず頭を上げてください」
と言う俺の言葉を遮る。
「慧斗くんには馬鹿娘を罵る権利がある。そして、佳奈を育てた俺たちに対しても罵る権利がある。どういう経緯であれ、佳奈が隠しちゃいけないことを隠していた事実は変わらない。絶対にやってはいけないことをした」
俺の心の中にあったことをまるで読んでいるかのように口にする佳奈パパ。
「佳奈は被害者ぶるかもしれない。だけれど、佳奈も悪い。相談すべきことを相談せずに自分一人で抱え込んだアイツが悪い。
傍からみたら浮気していると思われるのは分かっていたはずだ。なのに続けてたってことはそれで良しと思う心がどこかにあったはず」
未だに頭を床に付ける。
俺もかける言葉が見当たらない。
「あ」とか、「えーっと」とかそういう繋ぎの言葉だけを捻り出している。
「慧斗くんが満足するまで俺たちのことを罵倒し、俺の事を殴って欲しい。これで罪滅ぼしになるとは思わない。でも、慧斗くんの気持ちが少しでも和らぐのなら受けよう」
「大丈夫ですよ……。そこまで怒っていないので」
怒りの矛先は佳奈であり、長谷川である。
佳奈ママと佳奈パパへ怒りの矛先を向けるのはちょっと違う。
八つ当たりにもほどがある。
育て方がどうのこうのと佳奈パパは言っていたが、浮気に関しては育て方一つで変わるものだとは思わない。
むしろ、佳奈の両親も被害者と言えるだろうか
常に頭の中には自分の娘が浮気をしたという事実が付き纏わり、将来佳奈が結婚相手を連れてきても、このことが脳裏に浮かび、安心して頷けないはずだ。
「だから、頭を上げてください。本当に僕は怒っていないので」
今作れる最大級の笑み。
優しく語りかけ、佳奈パパはやっと頭を上げる。
「……。じゃあせめて金を受け取ってくれ。端金で、慧斗くんが負った傷に比べれば小さすぎるかもしれないけれど……」
そう口にすると、タンスの引き戸を開ける。
何か罪滅ぼしをしたいのだろう。
悟った。
佳奈パパは何がどうなろうとも佳奈の親である。
自分の娘が悪事に手を染めたら責任を背負うのが親というもの。
佳奈とは違い、正義感に溢れる佳奈パパだからこそ、何かしないと気が済まないのだろう。
人によってはこういうの嫌がる人もいるだろう。
自己満だのなんだのって言って。
だが、俺には佳奈パパの気持ちが痛いほど分かる。
相手に気にしていないからと言われると余計に気になるのだ。
何かしなくちゃという気持ちになる。
こういう場合は、俺から何かを提示するべきなのだろう。
こちらから提示し、それを受け入れてもらう。
そうすることで相手も許されたような気持ちになる。
ま、所詮は気持ちに過ぎない。
あくまでも自分の心を落ち着かせるための行為だ。
「それじゃあ一つお願いがあります」
「なんだい?」
食い気味に問う、佳奈パパ。
佳奈パパ自身も食い気味だったことに気付いたのか、わざとらしい咳払いをし、一旦間を開ける。
その様子見つつ、タイミングを見計らって要求を口にする。
「佳奈が元気になるまでは交流を持たせてもらいます。その後はその時の感情に任せますが多分縁を切ると思います」
佳奈パパの自己中心的な要求に対し、俺は俺で自己中心的な要求を突きつける。
心底としては同じだ。
許して欲しい。
その思いから来ている。
「なので、ぜひ佳奈が元気になるよう見守ってて上げて欲しいんです。時々手を貸したりして」
「分かった」
「よろしくお願いします」
俺は頭を下げる。
こうして、俺は佳奈の実家を後にした。
謝られるというような生活は基本していない。
適当に生きて、なんだか知らないうちに罵られる。
そういう生活だ。
だから、ちょっとだけ居心地が悪かった。
心の中がむず痒い感覚。
慣れていないから仕方ないのだろう。
佳奈の実家を出て、数歩歩いて小さく息を漏らす。
とてもなく疲れた。




