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浮気現場を目撃するドン底から始まった異端なラブコメ  作者: 漆田
一章 〘浮気はきつし怒る乙女〙
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24話『悪魔的思考』

 「慧斗、お疲れ様」


 高橋を家から出した後、ぐーっと背伸びをした川瀬はそのままこちらへやってきて、押し入れをゆっくりと開けた。


 「川瀬さんもお疲れ様でした」


 押し入れから出つつ、声をかける。

 何だかんだでほとんど同じような体勢だったからだろう。

 腿に痺れを感じる。

 一瞬顔を顰めつつ、何も無かったかのように取り繕う。

 家だったら満足するまで、ワーワー喚き散らかすのだが、人の家だとそうもいかない。


 流れるように俺を誘導する。

 座るよう視線で促し、さっきまで高橋が座っていたところに腰掛ける。


 若干の温もり。

 ここに高橋が居たんだなと実感させる。


 「お茶と水とコーヒーしかないけれど」

 「水で良いですよ」

 「そう……」


 川瀬は機械的に蛇口から水道水をコップへ注ぎ、机にポンっと優しく置く。

 とりあえずこの水道水を呷り、喉を潤す。


 「二人でも大丈夫だったでしょう?」


 無言が続いた中、川瀬は撫でるように声を出す。


 「結果論じゃないですか?」

 「それは否定出来ないわね」


 全力で否定されると思っていたので少しばかり驚く。

 とはいえ、実際に結果論だ。

 今回だって、一歩間違えれば暴力沙汰になりそうな展開は多々あったと思う。


 録音データがあまりにも強すぎて、高橋は対抗するすべがなく、諦めたというような形。

 あのデータが無ければ、今頃違うような展開になっていてもおかしくない。

 声をデータとして残すというのは、記録という面においても、脅しという面においても有効であると再認識させられる。


 「高橋さんと縁切って良かったんですか?」

 「切らない理由あったかしら」


 俺の問に対して、川瀬は心底不思議そうに首を傾げた。


 「切らない理由というか……。一応あれでも友達だったんじゃないですか?」

 「私はそう思っていたわね。私は」


 悲壮感が漂う。


 友情とは片道切符では無い。

 両者ともに同じ感情を持つことで初めて成立するものであり、一方的なものを友情とは呼べないし、友達とも呼べない。


 高橋と川瀬の会話を思い出し、川瀬の言葉の意図を完全に理解する。

 あっちは友達と思っていなかった。

 だから、友達としての情けも当然ながらないということなのだろう。


 「それに慧斗ならこの気持ち分かるわよね。信頼していた人に裏切られるこの気持ちが」


 俺はコクリと頷く。

 信頼していた人に裏切られるショックはかなり大きい。

 それこそ、人一人殺せてしまうほどの膨大さを持ち合わせている。


 信頼していない人間が裏切ったところでダメージは少ない。


 はぁ、そうか。


 と、流すことだって出来るだろう。


 だが、信用している人間が裏切るとそうもいかない。

 精神的に大きなダメージを与えられる。

 そして、そのダメージを悟らせないため、自分のやり場のない怒りを向けるために裏切った本人へそれ相応の罰を下す。

 大体の場合は縁を切るか、関係を無かったことにし、距離を置く。


 俺も経験者だ。

 友達に裏切られた訳じゃないが、恋人に裏切られた。

 浮気という最大の形で。


 「分かります」


 だから、俺はその言葉だけ重々しく口に出す。


 「理由としては十分すぎると思わない?」

 「そうですね」

 「そうでしょう?」


 川瀬はどこか楽しげにそう言葉にすると、立ち上がり、またシンクの方へ向かう。

 しゃがんで、冷凍庫を開ける。

 そして、カップのアイスを二つ持ってきてテーブルへ並べた。


 「これしか無いけれど良かったら食べて」


 と、一個俺へ渡す。

 王道バニラ味のアイス。

 さっきまで冷凍庫に入っていたからだろう。

 カッチカチに凍っている。

 冷たいし、固い。


 「あ、スプーン……。ちょっと待ってて」


 一旦俺の向かいに座った川瀬だったが、また立ち上がり、シンクへ向かって歩き、スプーンを持って帰ってくる。

 バタバタと忙しない。


 「ありがとうございます」

 「良いのよ」


 ニコッと微笑む。


 「でも、縁切るくらいならもっとスカッとするような仕返しして欲しかったんですけど」


 これは完全にワガママである。

 俺の中にあるモヤモヤが解けないから出てきた言葉。


 だが、こちらも多少なりとも迷惑をかけられたわけで、あっちにもそれなりの報いを受けて欲しいと思ってしまう。

 俺が性格悪いだけなのだろうか。

 人間なら誰しもそう思う心はあるはずなのだが。


 「スカッと……ね」


 川瀬はうーんと唸っている。


 「ここでして良いのかなって思っちゃったのよね」


 頬をポリポリと掻く。

 この言葉から推測するに、なにか川瀬には考えがあるのだろう。

 今までの経験上、そう捉えるのが自然だ。

 含みのある言葉を漏らした時は大体何か考えがあっての事なのだ。

 適当に生きている俺とは大違い。


 「というと?」


 話の続きを催促するように首を傾げる。

 後は視線で訴えるだけ。

 続きの言葉を待っています……と。


 「考えてみて欲しいの」

 「はぁ……」

 「今ここで何か瞬間的に気持ち良くなるような仕返しをしたとするじゃない?」


 オレはコクリと頷き、川瀬を見つめる。


 「でも、それじゃあそれで終わっちゃうと思うのよ」

 「それで良くないですか?」

 「うん、それはそれで良いかもね」


 良い感じに溶け始めてきたアイスを川瀬は口に入れた。

 俺もそれを見て釣られるようにアイスに手を伸ばす。


 「でもね」


 川瀬はスプーンをアイスに乗っけて、こちらをジーッと見つめる。


 「それじゃあ面白くないじゃない」


 小悪魔のような笑み。

 明らかに悪いことを考えている時に浮かんでくる微笑みである。


 「何する気なんですか……」


 何を考えているのかいまいち分からない俺は思わず聞いてしまう。

 川瀬はよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに口を開く。


 「千尋は絶対に私のことを恨んでいるわ。私だけじゃなくて、慧斗もね」

 「俺もですか!?」


 蚊帳の外だと思っていたので、突然俺の名前が出てきて驚いてしまった。

 俺の反応が面白かったからなのか、川瀬はお腹を抱えて笑い始める。

 数秒すると、すんと元に戻った。

 まるで何も無かったかのように。


 「当然じゃない。今回の件がバレたのは十中八九慧斗のせいよ」

 「ま、それはそうですね。僕が密告したのは間違いないですから」


 怒るのも当然か。

 俺は悪い事をしたつもりはないので、謝る気もないし、もちろん反省する気もない。


 「恨む理由としては十分よ」


 それもそうか。

 俺は素直に頷く。


 「恨みを持った相手にネチネチと攻撃をしてくるのが千尋でしょ?」


 知らないけど、そうなのだろう。

 ま、確かにあの感じだと今回が特別ってわけでも無さそうだ。


 「攻撃してくる時にどうせ何かボロを出すのよ」

 「そんな都合良くボロだしますかね」

 「今日何も考えずに私の家へ乗り込んできた馬鹿よ」


 何も警戒せずに乗り込んできたのはその通りだ。

 説得力がありすぎる。


 「その出てきたボロも使いながら、大学中にあの録音データばら撒くのよ。校内放送ジャックしても面白いかもしれないわね」

 「校内放送をジャックって……」

 「出来るわよ」


 出来ないでしょ、と言おうとしたが出来るらしい。


 「別件で校内放送使わせてもらった時に流せば良いのよ。学園祭の時に流すのも面白いかもしれないわね。学外まで広がるわよ」


 楽しそうに語り始める。


「うわぁ……」


 思ってた以上のことを企んでいて、普通に引いてしまった。

 スカッとせずに終了して、モヤモヤしていた自分が可愛らしく思えてしまう。

 もしかして、俺って世間的に見れば屑じゃないのかも。

 そんなことさえ思ってしまった。


 「何か千尋にやられるかもしれないけれど、しばらくの辛抱よ。あの子と接触する時には録音なり、録画なりして証拠残すと良いわ」

 「それも使うんですか」

 「当然よ。やり返すなら徹底的にやり返さないと面白くないじゃない」


 川瀬は目をキラキラ輝かせる。


 あぁ、この人を敵に回しちゃいけないんだなと心から感じた。



 あれからしばらく川瀬の家でのんびり過ごしたあと、解散となった。

 家まで送ってあげようかと言われたのだが、丁重にお断りした。

 川瀬もかなり疲れているだろうしね。

 別に怖いなぁって思ったわけじゃないよ。


 空は黄昏色に染まり、所々にある雲が良い味を出している。


 「もしもし」


 俺はとある人物に電話をかけた。

 ワンコールで応答があり、俺は電話相手よりも先に声を出す。


 『敷田、どうしたんだ』


 聞き慣れたイケボ。


 「川瀬さんにちゃんと話したら俺以上に張り切って、一応解決した」

 『解決?』

 「あぁ。川瀬さんと高橋さんが絶縁して話が終わった」

 『すげぇ、結末だな』

 「ま、当然の結果だとは思うけどね。成り行き的には」

 『そっか。じゃあこれで敷田はぬくぬくと生活出来るってわけか。良かったな』

 「なんか川瀬さんは企んでたけどな。俺にはもう関係ないからぬくぬく生活出来ると思う」

 『そっか』

 「うん、サンキューな。色々手伝ってもらって」

 『良いってことよ。俺の彼女にも伝えとくわ』

 「おう、じゃあな」


 一通り報告をし、電話を切った。

 薄井には色々迷惑をかけたし、一つの区切りとして報告せねばと思っていたのだ。

 これで一応終わった。


 高橋はまだなにかしてくるかもしれないが、今浮き彫りになっていて対処出来ることは全部したつもりである。

 ホッと小さく息を漏らし、空を見上げる。


 浮気され、浮気相手の彼女と知り合い、なぜか付き合っていると噂され、相手のいざこざに巻き込まれる。

 なんか思い返すと壮絶だったかもしれない。


 少なくとも人生でここまでドタバタするのは最初で最後だろう。

 俺個人としてはそこまで被害を被っていないし、良い思い出として処理出来ればなと思う。

 浮気以外は……ね。

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