23話『幕切れ』
暗い。
だが、隙間から光が少しだけ入り込んできて、暗すぎる! と文句を言うほどでもない。
しかし、この暗さだとスマホの光が痛い。
故にスマホは使えない。
布団があるというのはかなりのアドバンテージ。
普段だったら固くて、座っているのも辛いところなのだろうが、布団のおかげでなんの辛さもなく居座っていられる。
川瀬の匂いがどことなく香り、今俺は川瀬の家に来ているのかと改めて実感する。
押し入れだけど。
ガチャっという音が鳴る。
どうやら、川瀬は外へ出たらしい。
高橋を連れてくるのだろう。
さっきまでしていた生活音は全くしなくなり、無の世界へと誘われる。
もちろんだが、こんな経験人生で初めてだ。
どういう心持ちでいれば良いのかすら分からない。
押し入れは暖かい。
なんだかポカポカしている。
ポカポカしていると当然ながら眠気が襲ってくる。
欠伸をしながら葛藤すること数十分。
ガチャ。
と、音が鳴った。
どうやら帰宅したらしい。
「真衣の家ちょー久しぶりなんですけど」
高橋の声が聞こえてくる。
あの時の高橋を思い出し、少し身震いしてしまった。
全く寒くないのに。
「一年生の時以来ね」
「そんなに来てなかったのか」
二人の声は徐々に近付いてくる。
ってか、扉を開け忘れた。
一切の隙間がない。
いや、風が通る隙間はあるんだけどさ、そこからじゃ何も見えない。
二人は他愛のない会話を繰り広げる。
俺は目視することを諦め、耳で楽しむことにする。
ラジオを聴いているみたいで、これはこれで楽しい。
難点としては今どういう表情で、どういう行動をしようとしているのかが分からない点である。
声音だけで判断しなきゃならない難しさ。
ま、何も起こらなきゃ良い話なので、何も起こらないことを願うとしましょう。
寝落ちしそうになったタイミングで、川瀬は話を切り離した。
瞼をとじて後は眠るだけ……という状態だった俺は慌てて起きる。
音が鳴らぬよう、頬を無理矢理引っ張って、捻る。
痛い……。
「そういえば、慧斗とご飯行ったらしいわね」
「慧斗?」
「敷田慧斗」
「あぁー、あの男の子ね」
「何を話したのかしら」
「えー、もしかして嫉妬しちゃってる?」
さっきから思っていたが、所々に高橋の性格の悪さが滲み出ている。
友達を煽るような煽り方では無い。
嫌いな奴を煽る時の煽り方なのだ。
正確には相手を怒らせるような煽り方と言うべきか。
相手への敬意が一切感じられないものである。
ま、そもそも煽りに敬意も何も無いだろうって言われればその通り過ぎて何も言い返せないんだけどさ。
「嫉妬はしてないわ」
対して川瀬は狼狽えることなく、淡々と話す。
これはこれで悲しい。
俺のこと何とも思ってないんだなってのが伝わってきてしまう。
狼狽えられたらそれはそれで反応に困るのだが……。
「ウケる」
川瀬特有の謎のウケ。
今となれば、この言葉は自分の本性を隠す魔法の言葉だと分かる。
「それで何?」
図太い声。
「何か私に伝えることは無いかしら」
一方、川瀬は優しい声音。
だが、同時に重みもあって、安心は出来ない。
「伝えることなんて何も無いし、そもそも私と敷田くんはハンバーグを食べただけだよ?」
「そう、そこで何も話なかったのかしら?」
「話はしたけど……それって真衣に話す必要ある?」
若干ピリついてきた。
この俺でも空気が変わったのが分かる。
「私に関係ない話であれば不必要ね」
「じゃあないじゃん」
なぜだろうか。
高橋がどんな表情をしているのか、頭に浮かんでしまう。
ドヤ顔をしている高橋の姿が……。
「そう……」
人生に疲弊しきったサラリーマンみたいな声を出す。
怖い。
「そういう態度取るんだ」
状況をどうしても把握したかった俺は、少しだけ扉を開ける。
静かに開けることが出来たので気付かれない。
川瀬の背中と高橋の顔がそれぞれ見える。
どうやら立ち上がって揉み合いにはなっていないらしい。
一安心だ。
口喧嘩から暴力沙汰になったら止めに入ろうと思う。
まだ、出るタイミングではない。
人差し指幅程度の隙間から覗き、状況を把握する。
川瀬はスマホを取り出して、テーブルの上へ乱雑に置く。
ボンッという音を立てたスマホ。
川瀬の心情がヒシヒシと伝わってくる。
スマホからは音声が流れてくる。
ザワザワとした雑音から入り、一人の男性の声が聞こえてきた。
耳障りな声。
間違いない、俺の声だ。
しかも、内容は高橋との内容を密告するものである。
いつの間にか録音されていたらしい。
あー、もしかして写真を見せ付けたタイミングで録音を開始したのだろうか。
策士過ぎる。
ただ写真を見せただけじゃなかったのか。
最早感心さえしてしまう。
一度は俺が人を陥れるのに使用した録音。
味方だと思っていたのに、敵に回ってしまう。
案の定というかなんというか。
一通り聞き終えた高橋はもう取り繕うのをやめていた。
「ふーん、そっか。言っちゃったんだ」
今から俺、殺されちゃうのかな。
そんな不安が過ぎる。
それほど恐ろしい。
「で、これは事実なのかしら」
事実か否かを確認する川瀬。
思っていた以上に彼女は冷静なのかもしれない。
「今更誤魔化したってしょうがないか」
「そうね、嘘は分かるわよ」
「全部事実。潤一の為に真衣を陥れようとした」
「なぜ?」
「好きだからよ」
当然だと言うような感じで言い放つ。
「そう。それで?」
川瀬は淡白に話を催促した。
高橋は顔を歪めるが、すぐに表情を戻す。
「キラキラしたいってのはどういうことなのかしら」
「そのままだけど」
「私にはイマイチ理解出来ないわ」
馬鹿にするような口調。
高橋も沸点に到達したのか、バンッと勢い良く机を叩く。
押し入れで隠れている俺が驚き、川瀬はビクともしない。
表情こそ見えないが、多分真顔。
マネキンかなにかなのだろうか。
「真衣はそうでしょ。だって、何もせずにキラキラした日常を手に入れてるんでしょ。潤一と付き合って、更にキラキラして、別れる余裕まで持って」
高橋が口にするキラキラとやらは川瀬にはピッタシ当てはまっているらしい。
長谷川と付き合ったから更にキラキラしていて、もう長谷川は不要になったから捨てたとでも思われているのだろうか。
……。待てよ。
ってことは、高橋は浮気の件を知らないのだろうか。
幾ら高橋が屑で頭のおかしい女だったとしても浮気を知っていてこういう反応をするだろうか。
しないだろう。
なんなら、川瀬の傷を抉るために浮気の話題を出してくるまで有り得る。
根っからの屑だ。
この気に及んで、川瀬を再起不能に叩きのめしてしまおう、とか考えていそうだ。
「ふーん」
内情を知っているからだろう。
この言葉に色んな感情が見え隠れした。
怒りと悲しみが主だ。
「私がキラキラしていると。少なくとも千尋からはそう見えているのね」
「してないって言うわけ?」
高橋の言葉に川瀬は頷く。
「私はキラキラしてないわよ」
ふっという鼻で笑う声が聞こえた。
自分でキラキラと口にして面白くなってしまったのだろうか、それとも恥ずかしくなってしまったのだろうか。
「アイツから言われたのかしら」
「なに」
「長谷川から言われたのかしら? 私を……川瀬を陥れろって」
どうやら裏に長谷川が居ることを睨んでいるらしい。
ま、俺もちょっとは思った。
しかし、それを考えてしまうと陰謀論論者みたいな無茶苦茶な思考をしてしまいそうで嫌だった。
だから、考えることを放棄した。
「言われてない。あくまでも私が自分自身で真衣を陥れようと思っただけ」
「ふーん、そう」
納得したようなしていないような。
そんな感じ。
「長谷川とは関係すら持っていないのかしら? 一方的に思いを寄せているだけ?」
川瀬は質問攻めを行う。
「喋ったりせずに好きになったりすると思う? 何? 私の事一目惚れ体質だと思ってるの?」
川瀬は何も口にしないし、縦にも横にも首を振らない。
何か表情で意思表示をしているのかもしれないが、こっちからじゃ見えない。
と、思っていたら喋り始めた。
「ってことで、私には金輪際近付かないで貰える? 友達だと思っていたら私が馬鹿だったって自覚したわ」
「友達とか。私がキラキラするために仲良くなってただけだから」
「そう、だから近づかないでね。後、慧斗とも接近しないで」
川瀬は淡々と冷酷に告げていく。
高橋は高橋で別にそれで良いという感じだ。
興味無さそうに川瀬を見つめている。
友情が崩壊する瞬間を目の当たりにした。
なんか色々思うところはあるが、これで高橋の嫌がらせは無くなるのか……な?
「ちなみに今の録音してあるわ。」
川瀬は机に置かれたスマホを手に取り、操作する。
『ふーん、そっか。言っちゃったんだ』
という録音。
「ここから全部録音してあるわ。流されたく無かったら私と慧斗に嫌がらせしないことね」
明らかに高橋の株が下がる内容である。
こんな録音流された暁にはきっと大学にすらまともに行けなくなるだろう。
知り合いからは白い目で見られ、関わりの薄い人間からも避けられる。
そういう壮絶な人生が待ち受けている。
「さようなら」
こうして、川瀬は高橋と縁を切ったのだ。
歯切れの悪い幕切れ。
どうも心のモヤモヤは消えてなくならなかった。




