22話『潜伏準備』
日付が変わる。
俺は今、車に揺られている。
例の如く懐かしい邦楽が車の中で流れていた。
車に揺られること数分。
正確には二桁行っていたと思うが、大して興味もなかったので時間など測っていない。
一々、俺が助手席に乗っていたのは何分です。
と、考えるのもバカバカしいだろう。
「ここが川瀬さんの家ですか」
「そうよ」
車を駐車場に停車させる。
目の前にあるのは小さなアパート。
白い塗装が所々剥がれている。
年式のいっている建屋なんだなってのが見て分かる。
「ここの二階が私の借りている部屋」
「ふーん……そうなんですね」
思わずボロいと言いそうになってしまった。
何も考えていない時ほど、ボロが出てしまう。
危なかった、殺されるところでした。
「本当に押し入れに隠れるんですか……」
「何? 嫌になったのなら帰っても良いけれど」
「何か他の方法を考えませんか?」
女性の部屋の押し入れに入り込む。
もうこの一文だけで、ヤバい。
人生のアウトカウント三つ揃えてしまっている。
これじゃあ、ゲームセットだ。
サヨナラ勝ちすら出来ないよ。
「これ以外の方法なんて無いわよ。もう、千尋も家に呼んじゃったもの」
「ほら、押し入れ以外に隠れれば良いじゃないですか」
「そう、それなら具体的な案あげてちょうだい」
押し入れ以外に隠れれそうなところ。
うーん、と。
ベッド……は犯罪臭するし、トイレは普通にバレちゃうし、机の下とか普通に発狂されちゃうだろうし。
あれ、ないわ。
「慧斗?」
川瀬はこれでもかという表情でニヤつく。
きっと俺が答えられないことを分かっていて、その表情をしているのだろう。
マゾ気質が無い俺にとってはただ、煽られているだけの苦痛……というほどでもないが、ちょっとだけ嫌悪感を抱く時間。
と、同時にどこか気持ち良さも感じてしまう。
嘘です、感じてません。
「負けました」
両手を上げて、降参のサイン。
これ以上、川瀬に勝負を挑んだところで勝ち筋は無いだろう。
悲しいが、これが現実。
しかと受け止めるしかない。
「でも、川瀬さん的には良いんですか? こんな大学の後輩が押し入れに入り込むんですよ。何かしでかすんじゃないかって思ったりしないんですか?」
勝手に一人で何かをし始めるかもしれない。
具体的には言わないけど。
真面目な話を二人でしてる中、リビングからは男の甲高い声が聞こえてきてしまうかもしれないよ。
「私は慧斗を信じているのよ」
「信じてるから大丈夫だと」
「そうね、あと押し入れじゃあ何も出来ないわよ」
多分こっちが本音だ。
押し入れで何すんだよ、って感じなのだろう。
おうおう、そんなことならヤってやろうか?
実行に移す勇気なんてどこかに捨ててきたんだけどな。
「はぁ……。川瀬さん今の言葉ちゃんと覚えておいてくださいね。川瀬さんが許可したんですからね」
「何よ。私はずっと許可してるわよ」
呆れたように、眉間を抑える。
俺たちは車を降り、川瀬の部屋へと向かった。
階段をのぼり、一つ扉をスルーして、次の扉で足を止める。
川瀬は鍵を取りだし、ガチャっという音を立て解錠し、扉を開ける。
目の前に広がる女性の部屋。
やはり、女性の部屋とは何度来ても興奮するものだ。
妙な背徳感がある。
玄関からリビングの一部が見える。
普段、川瀬はここで生活しているのか……と、妄想が捗る。
そこに見える椅子に座って、テレビを見たり、ここにあるトイレで用を足したり、そこにあるベッドで眠ったり、このシンクで料理とかしているのか……と。
男子の妄想力は舐めない方が良い。
動画を見るか、妄想をするか。
中学生くらいから大体二極化する。
右手に見える押し入れ。
クローゼットというべきか。
多分、こっちの方が正しい。
ま、ここに住んでいる本人が押し入れだと言うんだから、もうそういうことにしておこう。
「で、ここに入れと」
「そうね」
俺と川瀬は二人で一点を見つめる。
無言。
「何よ……」
静かな空気を川瀬が切り裂いた。
「あ、別に汚くはないわよ。それに来客用の布団がしまってあるから床も痛くないわよ」
押し入れを開けて、汚くないことと布団があることの証明を行う。
別に証明して欲しかったわけじゃないのだが。
「いや、ま、はい。そうですね」
まじまじと見せつけられ、俺はこんな反応しかできなかった。
当然だろう。
そこから視線を移し、テレビ台。
茶色い写真立てとアクセサリーが数個乱雑に置かれていた。
写真立てには写真が収められていない。
「なんでこの写真立て何も飾ってないんですか」
純粋な疑問。
これを川瀬へぶつける。
川瀬は一瞬にして表情を曇らせる。
そして俺を見つめるわけでもなく、ただ天井を見上げ、小さくため息を漏らす。
ゆっくりとテレビ台へ歩き、写真立てを手に持って不敵な笑みを浮かべた。
「逆に聞くけれど、この写真立てに何も写真入れてなかったと思う?」
質問に質問で返す川瀬。
表情は晴れやかにならない。
むしろ、悪化していく。
「あーっと……」
俺は察した。
そういうことだったのか、と。
俺はとんでもない地雷を踏んでしまったのだと自覚した。
「もしかして入れてた写真って元カレだったりします?」
敢えて名前は出さない。
だが、もうほぼ名指しみたいな質問。
川瀬は俺の質問に首を縦に振った。
どうやら正解らしい。
長谷川の写真を入れていたのか、長谷川とのツーショットを入れていたのか。
ま、後者だろう。
別れたから中の写真を捨てた。
そんなところか。
原因が原因だから捨てざるを無かったところもあるのだろう。
ま、テレビ見る度に浮気した屑男の顔を見るのは辛いから仕方ない。
気持ちは良く分かる。
俺だって佳奈とのツーショットは全て削除した。
もう、スマホには欠片も残っていない。
「いや、その。なんかすみません」
俺は逃げるようにして、押し入れへ入り、そのまま扉をバタンと中からしめる。
押し入れという逃げ道があって良かったと、暗い空間ながら思ったのだった。
ご覧頂きありがとうございます。
20時か、21時にもう一本投稿する予定です。
あくまで予定ですが……笑




