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浮気現場を目撃するドン底から始まった異端なラブコメ  作者: 漆田
一章 〘浮気はきつし怒る乙女〙
20/43

20話『川瀬真衣は激怒した。』

 ベランダから雨音がし、外に出たくないなと思わせる午前十時。

 日曜日という休日。

 普段であれば、絶対に起きていないのに今日は起きている。

 珍しすぎて、俺の生活リズムを知っている人は「今日は雪でも降るのかしら」と言ってしまうくらい。


 え、なんかリアリティがあるって?

 実家暮らしの時に言われたことがあるんですよ。

 母親というとてつもない権力者にね。


 そんなことはどうでも良い。

 今日早起きしたのは、雨音のせいではない。

 いや、まぁ、寝坊しなかったのは雨音のおかげなので、多少はこのやかましい雨も持ち上げておこうか。


 今日はとある訪問者がやってくる。

 だから、起きている。


 ソワソワして、気が気じゃないので綺麗だったリビングをさらに掃除する。

 いつもだったら手を付けないテレビの裏側とか、棚の裏側とか。


 「うわ……」


 ここへ引っ越してきて早二年。

 一切掃除していなかったせいで、引くほど埃が溜まっている。


 こういうのを黒いヤツは好むのだろう。

 埃と人の垢と髪の毛はヤツの大好物らしい。


 ま、ぶっちゃけ俺は触れるし、良いんだけどね。

 汚いから触りたくないってよりも、握ったら潰れてしまいそうで触りたくないのだ。

 実家暮らしの時は毎度毎度ヤツが出る度に駆り出され、「殺せ殺せ」と物騒な指示が出る中、窓からポイッと逃がしてやる。


 小さく嫌われていようとも生命。

 絶たせるようなことはしたくない。

 で、ヤツは恩返しにやってきて俺はまた逃がしてやる。

 帰ってくんなよ。


 掃除しつつ、そんなこと考えているとインターホンが鳴った。

 敷田邸へ招待した方が来たのだろう。

 掃除して、出てきた埃をゴミ箱に捨てて、軽く手を洗い、玄関の扉を開ける。


 「慧斗、おはよう」


 目の前にいるのは川瀬だ。

 久しぶりのご対面。

 あっちがなんだか恥ずかしそうに頬を赤らめるので、こちらも恥ずかしくなってしまった。

 顔を赤らめるな、顔を!


 「川瀬さん。おはようございます」


 川瀬へメッセージを送ってから、何度かメッセージをやり取りし、俺の家で色々お話しましょうということになった。


 リビングへ案内する。

 適当に座らせて、お茶を持ってくる。


 「そうだ。無視してすみませんでした」


 写真に関しては川瀬も把握していたらしい。

 というか、川瀬側もなんか変な視線を浴びせられていたんだと。

 で、どうしようかなと悩んでいたら視線はスーッと消えたとメッセージでやり取りしてる時に話していた。


 「別に気にしてないわよ。私もそれが最善策だと思っていたの」

 「そうですか」


 優しい人で本当に良かったと安堵する。


 「で、今日はあの写真のことについて少しお話したいんですよね」

 「そんなことだろうとは思っていたわ」


話が早くて助かる。

 お茶を呷った川瀬は、ふぅと年寄りのように一息吐いた。


 「川瀬さんは写真について何か聞いてたりするんですか?」

 「そうね……」


 川瀬はそう口にすると、すんと黙り、スマホを取り出して軽快に操作する。

 しばらく指を滑らかに画面上を操作すると、パッとスマホの画面を見せてきた。


 スマホの画面に見えるのは、散々と見てきた例の写真。

 これで何度目だろうか。

 自分のスマホにはその写真は無いというのに、何度も見せられる。

 脳裏にこれでもかとこの構図が浮かび上がる。

 妙に良さげな構図だからだろう。

 脳裏に焼き付いた構図が離れていかない。

 記憶が消える前に、上書きされる。


 これそこまさにエビングハウスの忘却曲線。

 忘れかけた時に、復習し思い出し、忘れかけたタイミングでまた復習し思い出す。

 そして気付けば記憶から離れていかない。


 これが学業だったらどれほど良かったか。

 現実は無常。

 意味の無い写真だ。


 「帆夏から貰ったのよ。帆夏っていうのは……」

 「あー、牧原さんですよね」


 知っているから説明はしなくて良いと静止する。

 牧原帆夏は薄井の彼女。

 以上。


 「知っているのね」


 複雑そうな表情を浮かべる。


 果たして知っていてはいけなかったのか。

 そんなことを思ったが、一々確認するのも面倒なので、黙ってニコリと笑っておく。

 余計なことで口出しをしない。

 それがモテる為の方法だとどこかのサイトに書いてあった。


 「貰った時にこの写真について会話したのよ」

 「牧原さんと写真について話したんですか」


 意外だった。


 「どんなことを話したんですか?」


 途切らせることなく話を続けて、問う。

 川瀬は「うーん」と唸り、そして黙る。

 思い出しているのだろう。

 口元に手を当て、ゆっくりと瞼を閉じる。

 まるで今から座った状態で眠るのではないかと思うくらい、静かに瞼を閉じた。


 当然ながら、座って眠ることは無い。

 閉じられた瞼はゆっくりと開かれる。


 「私と慧斗が付き合っているのかと聞かれたわね」

 「その写真をどこで手に入れたとか聞かなかったんですか?」

 「気になったわよ。気になったけれど、拡散されて回ってきたとしか言っていなかったから聞いても無駄だと思って諦めたわ」


 そりゃそうだ。

 どこまで続いているか分からない線を一心不乱に辿っていくのはバカバカしい。


 川瀬は大人だ。

 見た目も大人で精神も大人。

 見た目は大人で精神は子供な俺とは大違い。

 故に、視線こそあっても気にしていなかったのだろう。


 気にしなかったから、出処を探ろうという思考に至らなかった。

 やはり、彼女は尊敬に値する人間だ。

 屑とばかり接してきた俺にとって彼女は唯一の光。


 「そうなんですね」


 そんな俺にとって光である川瀬だが、今から叩き落としたいと思う。

 悪意がある訳では無い。

 いや、多少の悪意はあるかもしれない。

 俺とて人としての屑さは持ち合わせている。

 女性の悲しむ顔は見ていて飽きない。


 話が逸れた。

 写真を撮った人物。

 これを提示するべきなのか、それとも隠すべきなのか。

 どうしても迷ってしまう。


 川瀬と高橋は知り合いだ。

 どのくらいの関係なのかは知らないし、興味も大してない。

 しかし、この事実を提示すれば余程深い関係でない限り、高橋へ嫌悪感を抱くはずだ。

 場合によっては二人の関係は破綻し、崩れ落ちるだろう。


 果たして、その事が正解なのか否か。

 分からずに、悩んでしまう。


 リビングに広がる静かな空気。

 川瀬は俺の事をじっと見つめる。

 何を口にするわけでなく、ただ俺の事を見つめるだけ。


 今からすることは友情の破壊ではない。

 川瀬という光を救い出すだけなのだ。

 俺は自分にそう言い聞かせた。

 悪くないのだと。


 しっかりと一言一句、誤解すら出来ないほど正確に川瀬へ言った。

 川瀬はポカンと口を開けるだけ。

 しばらくそのまま動かない。

 俺は固唾をのんで、彼女を見つめる。


 「そうなのね。ふーん、そっか」


 怖い。

 声音はかなり低く、人を一人殺めて来ましたと言われても信じ込んでしまう。


 「なんか言ってたかしら?」

 「あー……」


 視線を逸らす。

 これ以上を教えるのマズいと俺の本能が叫ぶ。

 ありのままを喋るというのは、高橋から川瀬への宣戦布告を代理で行ったようなものである。

 流石にヤバい。


 「慧斗は物事を隠さない子なはずよ。それに私と慧斗は誰にも言えない秘密を抱えている仲じゃない。秘密なんてないわよね」


 優しい雰囲気で俺の方へ近寄る。

 しかし、言葉一つ一つに感情が込められており、何よりも口元こそ笑っているが、目元は全く笑っていない。

 俺はバクバクと暴れ回る心臓を抑えるために、お茶を勢い良く呷る。


 「ハハハ」


 とりあえず笑って誤魔化す作戦を行うが当然ながら意味は無い。


 「分かりました。本当に分かったのでとりあえず離れてください。心臓に悪いので」

 「ふふ、慧斗ならそう言ってくれると思ったわ」


 川瀬はそう口にするとさっきまで居た所へ戻り、座った。


 俺はちゃんと正直に喋った。

 高橋が川瀬を悪者に仕立てあげようとしていたことを。


 それを聞いた川瀬は顔色を変えることはなく、淡々と話を聞き入れる。

 既に怒っているからなのか、それとも心が広い大人だからなのか。

 一切怒る素振りを見せない。


 「……」


時間が経過しても何も喋らない。

 無言で俺の事を見つめてくる。

 空気が重たくなり、俺は口を開けない。

 完全にこの場の空気を自分のモノにしている川瀬は楽しそうに口角を上げ、いつもは出さない図太い声を響かせる。


 「へー、そっか。本当なんだ。あの男のせいで私は……ね」


 ギラギラと今にも血走りそうな目。

 もしかしたら俺は触っていはいけないスイッチに触れてしまったのかもしれない。

 俺は頭を抱えたくなったがこの気持ちをグッと抑え、さりげなく眉間を指で押さえた。


 あぁ、神様。

 どうか、この後無事に生きられますように。


 俺は一人で切に願った。

 やかましい雨音を耳にしながら。

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