2話『現実を目の当たりにする』
薄井は結構気を使えるやつである。
故に「今日は俺帰るわ。でも、何かあったら絶対に連絡しろよ。絶対だ。良いな?」と釘を刺された。
こんな良い友人に恵まれた俺は幸せものである。
数分前まではもっと幸せだったのだが……。
家の中に入る。
ここに少し前まで俺の彼女と知らない男が一緒に居たのかと思うと吐き気に襲われる。
思ったより冷静なんだなと思っていたが、やはり冷静じゃないらしい。
ま、当然だろう。
一度思いっきり胃の中にあるものを全て吐き出す。
一旦吐いたら気持ちは大分落ち着いていた。
悲しいという負の感情から、やり返すという新しい感情へとシフトしている。
俺はボーッとどういう仕返しが佳奈にとって一番ダメージがあるのかと、考えたのだった。
数時間ほど考え、答えに辿り着く。
まずは証拠を掴む。
証拠を掴んでから逆襲をしよう……となった。
逆襲の内容については掴んだ証拠によって色々変えていこうと思う。
手元に証拠があった方が色々と思いつくと思うし。
ということで、ボイスレコーダーを買いに家を出た。
俺は安いボイスレコーダーを二台購入した。
それぞれをリビングと寝室に設置する。
そして、趣味のミラーレスカメラに大容量SDカードをぶち込んで、バレなさそうな物陰に設置した。
こうして後は俺がこの場を去り、普通に大学へと向かった。
◇
四日後。
いつものように大学から帰ってきて、ボイスレコーダーとミラーレスカメラの録画を再生する。
すると、くっきりと声が聞こえた。
「佳奈、好きだよ」
「潤一さん、ここだと近所の人にバレちゃうのでやめませんか?」
「佳奈ー」
気持ち悪い会話がボイスレコーダーへと入っている。
俺はすぐにミラーレスカメラの方に視線を向け、早送りにした。
しばらくすると、佳奈と潤一と呼ばれていた男がリビングに姿を見せる。
肌と肌を密着させている。
机を叩きたくなった気持ちをグッと堪える。
「佳奈、ここだったら良いんだよね?」
「……ダメって言ってもやるんですよね」
「ハハ、その通りだな。それにしても佳奈の彼氏もかなり鈍感だな」
「それだけ信頼されてるってことなんですよ」
「実際は大学の先輩に股を広げちゃってるんだけどな。しかも、佳奈の彼氏の家で」
「なんかその言い方嫌なんですけど」
「ハハハ、冗談だよ、冗談」
そしてそのまま二人は生まれた時の姿となり、野生児のように音を鳴らし、汗を流す。
見るに堪えない映像。
寝盗られ趣味でもあればきっとこの映像は天国なのだろう。
しかし、俺にそんな趣味は全くない。
目の前で流される見知らぬ男と体を重ね合わせる彼女の姿。
体位が体位なのでカメラにバッチリと写っている始末。
一発でここまでの証拠が手に入ったことに驚いてしまう。
こんな映像をパソコンにバックアップするのは嫌だったが、こればっかりは仕方ない。
しっかりとバックアップして、来るべき時まで保管しておいたのだった。
◇
一人で逆襲を考えていたが、あまり良い案は思い浮かばなかった。
そこで、薄井の力を借りることにした。
何かあったら連絡しろって言ってたしな。
大学でもずっと心配してたし、報告も兼ねて……だ。
「証拠抑えたから家来てくれ」
と、一本電話すると、すぐに駆け付けてきた。
俺は扉を開け、リビングへと案内する。
「で、これからどうすんだ?」
「どうしよっかなーってのをさ、相談したいわけ」
「なるほどね」
ワクワクしたように微笑む薄井。
「証拠ってのはどんななんだ?」
リビングのカーペットにドカンと座る。
あー、そこヤッてた所なんだよな。
そんなことを思いながら、パソコンを触る。
返事がないことに不満を持ったのか、薄井は立ち上がると俺の元へやってきてパソコンの画面を覗く。
「今から証拠の映像見せてやるよ」
「映像?」
「そう、映像」
不思議そうにポカンとしている薄井に対して、俺はすっぽんぽんの男女が喘ぎ合う映像を見せつけたのだった。
途中で薄井は動画を止めた。
「敷田……」
「ん?」
「とんでもない映像回収してきたな」
「まさかセックスしてるだなんて思ってなかったから」
「あー、いや。ま、そりゃそうなんだけど……」
「ん?」
歯切れ悪い薄井。
俺はそれに対して首を傾げる。
「この相手さ、俺の知り合いだわ」
「は?」
「ってか、ウチの大学の先輩」
面倒なことになった。
先輩となると変に大事にはできない。
諦めて淡々と別れだけ告げようか。
そんなことを考えていると、みるみるうちに薄井は口角を上げていく。
「敷田はさ、別れたい?」
「ま、別れたいわ。こんな映像見せつけられたら流石に好きって感情皆無になる」
「お前には寝盗られ適性は無いみたいだな」
そんなことを言いながらスマホをポチポチと触る。
「じゃ、俺帰るわ。予定決まったらまた連絡する。だからしばらくは何もすんなよー」
と、言いつつ片手を上げ、薄井は帰宅した。
何が何だか分からないまま、俺は薄井の指示に従ったのだった。
◇
桜は完全に散って、春ももう終わりなんだなとヒシヒシと感じさせる今日この頃。
薄井がとある一日を指定して、「予定空けとけ」と語気強く指示してきた。
断る理由もないので素直に頷き、現在に至る。
今俺は家で一人。
しばらく寝室のベッドでゴロゴロしているとインターホンが鳴る。
重い腰をあげて、玄関を開けると薄井が白い歯を見せて笑う。
「よ」
「ん、なんだよ」
「ま、すぐに分かるさ」
薄井はそれだけ口にすると、無理矢理俺の家へとあがり、リビングに侵入する。
そして、ドカンとクッションに座った。
「パソコン付けといて」
「はぁ……」
言われるがままに、パソコンを起動させるとまたインターホンが鳴る。
何かネットで注文したかなと頭を巡らせると、俺よりも先に薄井が玄関へと向かった。
そして、扉を開ける音と、何か会話する音がリビングへ聞こえてくる。
しばらくすると、とかとかと薄井ともう一人別人の足音がそれそれ廊下から聞こえてきて、そのままリビングへと入ってくる。
「けーちゃん! おっはよー!」
そこに立っていたのは佳奈だった。
あの映像を見てからは一切会っていなかった。
あっちから会いたいと連絡してくるわけでもなければ、こちらから会いたいと連絡する訳でもない。
ただ、業務連絡的にメッセージを送りあっていただけ。
何か返事をしなきゃと思ったのだが、その瞬間、脳裏に蘇るあの映像。
見知らぬ男と交尾し、体液という体液をあらゆる所から流している地獄のような映像。
吐き気を催したが、眉間を指でつまみ気を保つ。
「おはよう。ってか、どうしたんだ?」
「今日はともちゃんに誘われたの」
「薄井が?」
「あぁ、俺が誘った!」
ポンっと胸を叩く。
何余計なことしてくれているんだ。
そんな思いを胸に秘めつつ、笑みを作る。
笑えているだろうか、表に怒りが出ていないだろうか。
一人で不安になっているとまたインターホンが鳴った。
「はいはーい」
まるで俺の家のように薄井は玄関へと向かう。
もしかして、まだ人を誘っているのだろうか。
俺の家は集会所じゃない。
今日は仕方ないので追い出したりはしないが、解散したら薄井にしっかりと言っておこう。
そう心に決めた。
リビングにやってきたのは潤一と呼ばれていた佳奈の浮気相手と、謎の女性。
かなり美しく、可憐というべきだろうか。
孤高の花という言葉が似合うようなクールさを持っており、芸術品のような美しさで近付けない雰囲気が漂っていた。
「長谷川先輩!?」
佳奈は驚いたような表情を浮かべる。
そりゃそうだ。
なんか浮気相手と鉢合わせてしまったのだ。
あっちはあっちで目を丸くしている。
「あれ、長谷川先輩と佳奈ちゃんってもしかして知り合いですか?」
薄井は悪戯っぽく笑う。
ここでやっと繋がった。
今日ここで問い詰めるつもりなのだろう。
と考えるのであれば、隣に居るのは長谷川の彼女と捉えるのが自然か。
「初めまして。川瀬真衣です。よろしくお願いします」
丁寧に深々と頭を下げる。
お淑やかというべきか。
こんな彼女を持ちながら浮気ってどんだけ贅沢な脳みそなんだよとウンザリしてしまう。
所詮は性猿ってところか。
「えー、皆様。本日は敷田邸へお越しいただきありがとうございました」
薄井は目をキラキラさせながら、まるでなにかのイベントのように仕切り始める。
「司会を務めるのは私、薄井友樹です。どうぞ、よろしくお願いします」
さっき川瀬が頭を深々と下げたからだろうか。
薄井は負けないくらい丁寧に頭を下げている。
「はい、ここ拍手するところですよ」
この場に居る四人へ視線を配りながら拍手を催促した。
人の修羅場を楽しみやがってと思いつつも、俺一人じゃどうしようも出来ないので、薄井に感謝の意を込め拍手をする。
周りも困惑しつつ拍手しているが、きっと俺とは違う思いで拍手しているはずだ。
「ありがとうございます」
満足そうに拍手を打ち切らせた。
「今回はですね、私のとある知り合いが面白い映像を撮影しました。そこでぜひ皆様からのコメントを頂きたいと思い、このような時間を設けさせて頂きました」
あの映像を面白い映像と言えるのはきっと薄井だけだと思うよ。
俺にとっては見たくもないグロテスクな映像である。
佳奈と長谷川に関しては自分たちが本能のままに腰を振っている映像であり、恥じらいやその他諸々の感情が渦巻いて目を逸らしたくなるだろう。
川瀬はきっと俺と同じような思考なはず。
もしかしたら寝盗られ属性があるかもしれないが、そんなものは知らない。
「では、ご覧下さい」
いつの間にかテレビにパソコンを接続しており、映像がテレビの大きな画面から流れている。
このリビングが映し出され、しばらくすると佳奈と長谷川の声がテレビから聞こえてくる。
リビングに二人とも姿を現すと、愛し合うようにすっぽんぽんになり、そのまま愛の行為を行った。
何度見ても気持ち悪いことに変わりはない。
少し前までこんなのに欲情し、好意を抱いていたのかと思うと、虚しくなる。
俺は視線を逸らし、長谷川や佳奈を見る。
二人とも揃いも揃って顔を青くする。
お似合いです。
「……と、こんなところですね。さて、お二人何かありますか?」
薄井は佳奈と長谷川に確認する。
二人とも薄井を無視する。
正確には反応出来ないのかもしれない。
「これについて説明を求めたいわけですよ」
追い打ちをかけるように二人に近寄る。
言い逃れのできない証拠だ。
顔も写り、声もある。
そして場所はここ。
大人のビデオを編集したとかそういう言い訳すら通用しない。
「……盗撮じゃねぇーか! なんなんだよ、これ」
長谷川は青かった表情を一気に赤くし、薄井を攻め立てる。
そしてそれと同時に響き渡るパチンという勢いの良い音。
長谷川の頬は手形で真っ赤になっている。
「潤一……。否定してくれないのね」
呆れたように長谷川を見つめる川瀬。
あちゃー、大変だなぁとその様子を見つめる。
まるで他人事だ。
もう、吹っ切れたのか長谷川は薄井に言い寄る。
「おい、薄井! お前これプライバシーの侵害だぞ! 出るとこでたら俺が勝つからな、分かってんのか!」
脅迫紛いのことをする。
しかし、薄井は余裕たっぷりだ。
まるで長谷川のことを先輩……というか人として認識していないような視線を送る余裕すらある。
「盗撮……ですか。この映像はたまたま撮れたものなんですよ」
「は? 何を言って――」
「たまたまカメラの録画機能を付けたまま敷田邸に敷田本人が放置してしまった。結果として映り込んでしまったのがこの映像。全て偶然の産物なんですよ。当然、盗撮の要件には満たしませんよ」
自信満々に語る薄井。
そして、川瀬は長谷川の首根っこを掴む。
「君にも嫌な思いさせてしまったわね。薄井くんから後で連絡先貰うから、後々浮気された者同士色々お話ししましょう。この子達の処遇に関して」
思わぶ身震いしてしまう笑を零した川瀬は、長谷川を文字の如く引き摺って去っていく。
「ってことで、やることはやったから。後は二人で話し合いなさいな」
ケラケラと笑う薄井は小走りに立ち去った。
こうしてリビングに残された俺と佳奈。
テレビには裸の映像が停止されている。
ひとまずテレビの電源を落とし、腰を落とす。
「何かある?」
何も喋らない佳奈に対して俺から問う。
それでも黙る。
ひたすら黙り続ける。
「何か言ってくれること期待してたんだけどね、残念」
「違うの、けーちゃん」
「何が?」
やっと喋り始めた佳奈。
しかし困っているのか上手く言葉が出てこない。
動揺しているのだろうか。
そりゃそうだ。
浮気がバレていた挙句、こうやって映像もしっかりと残されているのだ。
しない方がおかしい。
だから俺は佳奈の言葉を待つ。優しいからね。
「誘われてつい……。ほんの遊び心だったの」
「ふーん、で?」
「私はけーちゃんが好き。この気持ちは今も変わらないの」
だから別れないで。
そう言いたいのだろう。
だが、こっちはゴメンだ。
勝手にあの男とこれからも気持ち良くなってて欲しいと切に願う。
「勘弁してくれ。裏切られたこっちの気持ちも考えずにさ」
「けーちゃんは私の事好きじゃないの?」
「あぁ、そうだな。この数日で好きじゃなくなったよ」
「……」
「分からなかったか? 好きじゃなくなったよ。もうあの男と付き合えば良いだろ? 俺よりもそっちが良いって思ったから股開いたんだろ?」
「ち、ちが……。話聞い――」
「あー、もう! お前めんどくせぇーな」
さっさと退散してくれると思ったが、結構しぶとい。
だるくなってきた俺は近くにあった空のペットボトルを思いっきり床へ叩きつける。
べコンという大きな音を立て、ペットボトルは凹み、見たことの無い挙動ではねた。
「お前の気持ちなんて知ったこっちゃないんだよ。俺はお前のことが嫌いになった。顔も見たくない。だから近寄るな。以上」
「ねぇ……」
佳奈は涙を流す。
泣くくらいならそもそも浮気なんてするなって話だ。
バカバカしい。
どうせこれも演技なんだろう。
そう思うと余計に腹立ってくる。
「これ以上ここに居座るのなら、警察に突き出す。今ここで電話しても良い」
「……」
「立ち去れ」
ふぅと大きく息を吐く。
「もう一度忠告する。今すぐここから立ち去れ」
俺はスマホを取り出す。
そこで観念したのか佳奈は何も言わずに立ち去ったのだった。
少し前まで好きだった人のこんな後ろ姿を見るのは辛い。
どこで俺は間違えてしまったのだろうか。
一人になってからそういう後悔だけが残ったのだった。




