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浮気現場を目撃するドン底から始まった異端なラブコメ  作者: 漆田
一章 〘浮気はきつし怒る乙女〙
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18話『小さな謝罪』

 俺はメッセージアプリのトーク画面を開いている。

 左上の方には「川瀬真衣」という四文字が並んでいる。


 『ありがとう』


 色々メッセージが重なっており、この文章が川瀬から来たのを最後に俺たちはメッセージ上でやり取りをしていない。

 無視をしている形である。


 そして俺は今、新たに文章を打ち込もうとしている。

 スマホの画面にキーボードを出し、スマホで滑らかに文字を一つずつ打ち込んでいく。

 一塊の文章が完成するのだが、どうも納得がいかず、俺は首を傾げながら一文字も残さずに消した。

 また、書いては消して、書いては消してを繰り返す。


 果たしてこれを送って良いのか、気持ち悪がられないかとか。

 この間まで何も考えずに送れていたのに、妙な緊張感が走ってしまう。


 十分ほど、スマホと睨めっこした後、川瀬へ送る文章が無事に完成した。


 『お久しぶりです。無視して、避けててごめんなさい』


 という回りくどくない直球なら謝罪文だった。

 俺は安堵した。


◇◇◇川瀬視点◇◇◇


 なんだか私への視線が痛い。

 いつも浴びるものとは違う視線。

 羨望の眼差しはどこにもなく、汚物を見るような視線。

 隠れられるのなら今すぐ隠れたい。


 人生でこんな視線を浴びるのは初めてだった。

 せめて理由が分かるのならまだしも、理由も不明瞭。


 先が見えないという恐ろしさに怯え、手を震わせる。

 これからどうなってしまうのだろうか。

 時々大きなアクシデントこそあったが、基本的には順風満帆な人生を送ってきた私にとってこの恐怖はとてつもなく大きなものであった。


 もしも慧斗だったらどうだろうか……と、考えてしまう。

 笑いながらスマホを見つめて気にしていないかもしれないし、面倒くさそうにその視線を無視するかもしれない。


 『慧斗。今日学校で妙な視線を浴びたんだけれど、私思い当たる節が無いのよ。なんでだと思う?』


 という弱気な内容のメッセージ。

 送信ボタンを押す直前になって、後輩にこんなメッセージを送るのは間違っていると止まることが出来た。

 送信していたらきっと慧斗に心配をかけてしまっただろう。


 ホッとしながら私は全文削除した。

 私はいつの間にかに後輩へ依存していたのか。


 これは依存ではなく、信用である。

 そうやって自分に言い聞かせた。

 ひたすらに言い聞かせた。



 とある授業の終わり間際。

 教授がまとめとして、簡潔に説明している最中のことである。

 隣に座る帆夏がトントンと私の肩を優しく叩いた。


 寝ちゃったからノートを見せてくれとかそういうことかと思った。

 いつもの帆夏ならそうだからだ。

 私は帆夏の方へ視線を向けた。


 「どうしたの?」


 帆夏だけに聞こえるような声で訊ねる。

 聞きつつも、ノートを貸し出す準備をしておく。

 開いていたノートを閉じて、左手に持つ。

 後は差し出すだけ。


 「これ見てほしいんだけど」


 帆夏から返ってきた言葉は私が想像していたような言葉じゃなかった。

 ちゃんと授業を聞いていたんだ。

 そこにも少しは驚いた。

 瞬間的に偉いなと思ったが、これが当然だ。

 どうやら、帆夏へのハードルがかなり下がっているらしい。

 甘やかしすぎているのかもしれない。

 気を引き締めようと思う。


 机に置いてあるスマホを指さす。

 そのスマホの画面には見覚えのピンク色の軽自動車の運転席から、見覚えのある男の子がとても幸せそうな顔で笑いながら出てきており、助手席に座っている見覚えのある女性は楽しそうにその男の子のことを見て笑っている。


 私の軽自動車と慧斗と私だった。


 「え、なんで!?」


 思わず声を出してしまう。

 大きな教室ながら、声が反響する構造をしており、起きている学生の視線を一度に集めてしまった。

 眠っていた学生すら目を覚まし、教授もポカンとした表情でこちらを見つめている。


 「すみません。何でもないです」


 私は焦りながらペコペコと頭を下げる。

 教授はまるで何も無かったかのように授業を再開した。


 恥ずかしさで頬が熱くなる。

 触れられるのも嫌だが、完全にスルーされるのもそれはそれで恥ずかしさがある。

 声を発した時点で私の負けなのだろう。


 「何よこれ?」

 「回ってきた写真だよ。今日の朝回ってきたんだ」

 「この写真が?」


 帆夏はコクリと頷く。

 色んな面で驚きが隠せない。

 まるでどこかの週刊誌のスキャンダルのような写真の撮り方をする人間が間近に居ること、そしてプライバシーを無視して拡散する人が居ること、私がこんなにも幸せそうな表情を浮かべていること。

 全てだ。


 「もしかして真衣ったら、敷田くんと付き合ってるの? 何かある度に名前出てくるし……そういうことなら早く言ってくれれば良いのに」


 帆夏は変な勘違いをしている。

 慧斗はあくまでも私の後輩であり、同じ傷を負った仲間同士。

 それ以上でもそれ以下でもない。


 「付き合ってないわよ」

 「じゃあこの写真は?」


 お互いに傷を舐めあった後……とは言えない。


 「遊びに行った後よ」


 あくまでも間違いではない言葉を選ぶ。


 「ふーん。そっか。じゃあ、拡散した人の勘違いってことなんだね」

 「そういうことになるわね」


 なるほど。

 全て理解した。

 あの視線はそういうことだったのかと。


 私と慧斗を恋人だと勘違いした人達が、見つめていたのだろう。

 変わり身の早い、尻軽女だと思っていたのかもしれない。

 場合によっては、私と慧斗が浮気していたと勘違いしている人もいるだろう。


 本当は私と慧斗は被害者なのだが。

 内情を知らないって可哀想だ。

 落ちている微かな情報だけで、全くもって見当が外れていることを思い、口にしてしまう。


 「教えてありがとう」

 「……? 褒められるようなことしたかな。それよりもこの写真欲しい?」

 「くれるのなら欲しいわ」

 「じゃあ送っておいてあげる」


 こうして私のスマホに写真が送られてきた。



 慧斗から連絡が一切返ってこない。

 癖でつい、返信しにくい文章を送ってしまう私のせいだろう。

 興味のない男に対する返信を定期的に間違えてしてしまうのだ。


 興味のない男からは返信が来るのに、返信を待ち望む慧斗からは来ない。

 仕方ないと割り切るしかないだろうか。


 『ありがとう』


 この一文じゃ、返信のしようがないだろう。

 少なくとも私だったら返信に困ってしまい、無視してしまう。

 悲しいがこればかりは仕方ない。

 悪いのは慧斗ではなく私なのだから。




 大学生活を送りつつ、慧斗がいないかなと周りに意識を配っている。

 相変わらず返信は来ないし、いつも一人でお昼を食べているところにも居ない。


 この前一緒に受けた授業になら出席しているだろうと思い、顔を出してみたが見つけられなかった。

 人混みに紛れていたのか、そもそもサボっているのか。

 イマイチ分からない。


 避けられてないと良いな。

 それとも慧斗も写真のことを知っていて、わざと距離を取ってくれているのかな。


 周りを気遣う人間はいつも苦労に立たされる。

 浮気されたのに苦しみ、写真を拡散され事実を黙りながら苦しむ。

 少しはワガママになっても良いのかな。


 弱気になっているとスマホが鳴った。

 メッセージが来たらしい。

 不機嫌な私にメッセージを送ってくるなんて度胸のある男だこと。

 どんだけ淡白なメッセージを返してやろうかと思案しつつ、メッセージを確認する。


 差出人は見知った人物だった。

 名前の表示欄には「敷田慧斗」と表記されている。

 思わず変な声を出してしまう。


 『お久しぶりです。無視して、避けててごめんなさい』


という内容のメッセージが私の元へ届いていた。

 人という生き物は不思議なもので、一瞬にして元気になる。

 それを肌で体感したのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・川瀬に謝罪した主人公 [一言] つらい状況から脱出しそうで、ほっとしました。 周囲から誤解されてるのは、老若男女、しんどいので…。
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