17話『女とは怖い生き物』
今日は高橋と会う日。
『ちょっとお話したいことがあるんですけど、ご飯に行きませんか』
という、まるでデートへ誘うような文言。
送信してからやってしまったと後悔したが、送ってしまったものはもうしょうがない。
妙に緊張してしまい、一分ごとにスマホを確認してしまう。
もう、他のことに手が付かない。
ソワソワしていると、スマホのバイブが振動する。
俺は慌ててスマホのスリープモードを解除し、メッセージの確認を行う。
『オッケー。奢りね』
という承諾のメッセージが書かれている。
断られなくて良かった……と、安心したのと同時になぜか奢らされるのも確定してしまった。
一応俺後輩で歳下なんだけど。
普通は先輩かつ歳上のそっちが奢ってくれるんじゃないの。
きっとこうやって文句をぶつけられるのであれば、この噂だって全く気にしなかっただろうし、そもそも佳奈に浮気されなかったと思う。
所詮俺は小心者ってわけだ。
『よろしくお願いします』
と礼儀正しくメッセージを送り、予定を確認するメッセージも送信する。
こうして俺と高橋は上手いこと予定を擦り合わせたのだった。
迎えた当日。
ゴールデンウィークもとっくに終わり、梅雨がそろそろこんにちはしてくる時期だ。
そのせいか、雨の日が多くなってきた気がする。
だが、今日は無事に晴れ。
雨が降っても降らなくても目的地は屋内なのでどっちでも良いのはどっちでも良いのだが、やっぱり気持ちの面を考えると雨が降らないに越したことはない。
駅前の謎めいたモニュメントの前で待っていると、茶髪がトレードマークの彼女はやってくる。
水色のジャケットに白いシャツ、膝が見えるくらいの長さで歩きにくそうな素材のスカート。
黒いシューズは手入れされているのか、新品なのか、驚く程に綺麗だ。
女子大学生だなと思わせるファッションである。
「ごめんね、待たせちゃった」
俺と目が合うと高橋は大きく手を振る。
行動も行動だったので、周りからの視線が凄い。
「いや、今来たところなんで」
「マジで? ウケるんだけど」
何がウケるんだろうか。
勝手に笑ってて欲しい。
「特に無ければご飯食べに行きましょうか」
「どこに連れてってくれるの?」
「幾つか選択肢あるんですけど。ピザとかワインが楽しめる居酒屋か、とてつもなく美味いハンバーグ屋か、シャレオツで少し入りにくいイタリアンかの三択ですね」
「イタリアかドイツかイタリアってことかー。悩んじゃうな」
「どうせ僕の奢りなんで、食べたい物で良いですよ」
「奢ってくれるんだ。ウケる」
なんかまた笑われた。
定期的にウケてないとこの人死んじゃうのかな。
もう、そうだとしか思えなくなってきたんだけど。
「高橋さんが言ってきたから奢るんですよ」
「マジで奢ってくれるの?」
「いや……そのつもりだったんですけど。奢らなくて良いなら奢らないですよ」
「じゃあ奢って」
パシンと手を合わせて、あざとくこちらを見つめてくる。
「分かりました……。で、結局何食べるんですか?」
「ハンバーグが良いかな。結構ちゃんとお腹すいてるんだよね」
と言うと、高橋は腹部に手を当てる。
「何も食べてないんですか」
「後でご飯食べよう、後でご飯食べようって思ったらこの時間になっちゃっからね。マジウケるよね」
「死にますよ」
「餓死とかヤバすぎ」
この人将来大丈夫なのかな。
そんなことを思いながら俺はめちゃくちゃ美味いハンバーグ屋へと連れて行ったのだった。
アメリカンな店構え。
入口近くにあるメニュー表の右上にはカウボーイハットがかかっている。
これは落し物ではなく、店の備品だ。
木製の扉を開けて、入店する。
縦に長いお店。
奥にある厨房から茶色いエプロンをしたお兄さんが顔を出す。
何人で来たかなど、普通の接客をし、右側に見えるテーブル席へと通される。
俺たち以外にも客は入っており、ハンバーグが鉄板で焼かれる音や会話などでかなり騒がしくなっている。
お冷とメニュー表を机上にお兄さんは置くと、颯爽と立ち去る。
「雰囲気かなり良さげなお店じゃん。元カノとこういうお店回ってた感じ?」
「ここは完全に僕の趣味ですね」
「見た目に反してこういうオシャレなお店来たりするんだ。意外」
冴えない男が来るような店じゃないってか?
悪かったな。
写真について聞くタイミングを伺う。
常に今じゃないな、今じゃないな……と逃げてしまう。
一歩を踏み出すってのがとても難しい。
相手が相手なので尚更だ。
怒らせないように……と意識すると慎重というかチキってしまう。
多分だが俺は何かと理由をつけて逃げてしまう。
高橋の纏っているオーラがいけない。
どうも恐怖を抱いてしまうのだ。
ギャルっぽい女に口を出すってのは緊張するものである。
つまり、タイミングなど何なのって言っているのは逃げるための口実に過ぎないって訳だ。
タイミングが合わないって本当に魔法の言葉だと思う。
それじゃあしょうがないねって自分で納得出来てしまうのだから。
果たしてそれで良いのだろうか。
いいや、それじゃあ良くない。
自我の弱い人間だってのは自覚していたが、ここまで状況を自らセッティングして、後は話を切り出すだけという所で逃げるのは恥である。
ならば、もう切り出してしまえ。
俺はそうやって、決心したのだった。
「高橋さん」
かしこまって高橋を見つめる。
その強い眼差しに気付いたからか、高橋はコホンとわざとらしく咳払いをし、落ち着かない様子でお冷を呷る。
「写真を拡散したのって、高橋さんですよね」
その言葉に高橋は手を止めた。
そしてジロリと俺の事を見つめてくる。
「写真って真衣と一緒に写ってるやつのこと?」
「そうです」
俺はコクリと頷く。
妙な笑みを浮かべる。
その笑みに一体どんな思いが隠されているのか。
読み解くのすら怖くなってしまう。
今からなら逃げられる。
あー、やっぱりそうだったんですねー。あははー。
と、適当に笑って誤魔化せるだろう。
いつもなら逃げていた。
嫌なものは嫌。
人とはそういう生き物である。
人とはわがままで自分勝手な生き物なのだ。
だが、それじゃあ成長しない。
成長とは自分の目の前に現れた壁や試練を突破することで、手に入れられる。
逃げてばかりじゃ、何も成長出来ない。
ただ、傷つかないでぬくぬくと生きていくだけ。
少しは男らしく腹を括るべきだろう。
「その写真なんで撮ったんですか? なんで拡散したんですか?」
「うーん……」
高橋は口元に手を当てる。
何か悩んでいる様子だ。
次にどんな言葉が繰り出されるのか。
固唾をのんでその時を待つ。
「私が写真撮ってないって言っても信用されないでしょ」
確証はない。
証拠を出せって言われたら狼狽えてしまう。
そんなものはどこにも無いから当然だ。
「ま、事実だからね」
あっさりと認めた。
俺のお冷の氷 がカランと音を立てる。
思い出したかのように喉が渇き始め、俺はお冷を喉に流す。
「何でそんなことするんですか? 僕、高橋さんに恨まれるようなことした覚え無いんですけど」
と言いつつ、再度記憶を辿るがやはり高橋の恨みを買うような行動は存在しない。
俺が大したことないと思っているだけなのか、それとも俺が高橋と認識していないタイミングで何かやらかしているのか。
後者であれば完全にお手上げだ。
「本当は君に意地悪するつもりだったんじゃなかったけどね。結局君にも迷惑が被った。そこはしっかりと謝罪しようかな」
さっきまで「ウケる」とか口にしていた人間とは思えない言葉。
こっち側が高橋の本質のようにも見えてしまう。
俺の驚きなど知らないというような感じで、彼女は淡々と語り始める。
「先に私の好きな人でも当ててもらおうかな」
あまりに唐突なクイズ。
俺は訝しむように見つめるが、彼女は一切表情を変えない。
「知りません」
負けたような気持ちになりながらも、答える。
「そう。ま、良いや。私が好きなのは長谷川潤一。真衣の元カレ」
「知ってます」
アイツ外面は良いやつだもんな。
当然ながらモテるのか。
羨ましい限りである。
「……潤一と真衣は別れた」
「そうですね」
「でも、私が潤一を好きになったのは一番の理由は私を更にキラキラさせてくれるから」
「……?」
意味が分からなかった。
キラキラさせてくれる。
一体どういうことなのだろうか。
長谷川を装飾品とでも言いたいのか。
少なくとも人と人の関係ではない。
まるでモノ扱い。
俺はそう受け取ってしまう。
俺の心が汚れているから、変な邪推をしてしまっただけなのだろうか。
「潤一の彼女っていうステータスが手に入れば、私の価値は更に上がる。そうすればもっとキラキラ出来る。だから私は潤一と付き合いたい。好きなんだって」
俺の受け取り方が正しかったらしい。
この世の中にはここまで綺麗な屑も存在するのかと言葉が出てこない。
「私にとって潤一と真衣が別れたのは不運でもあるの」
「はぁ……」
また理解出来なかった。
好きな人が別れた、であれば付き合えるチャンスが出来たと思うのが自然だろう。
だが、高橋はそのことを喜べないらしい。
本当に理解出来ない。
「潤一と真衣が別れたら悪者になるのは潤一。基本的に悪者にされるのは男の方だから」
ここだけは納得出来る。
裏の事情を知っている俺は納得も何も無いんだけどさ。
紛うことなき事実ってだけだから。
「潤一が悪者扱いされると私的には都合が悪いんだ」
長谷川潤一というある種の名高い高級ブランドを所持したいだけであり、長谷川潤一という中身や外側が欲しいわけじゃない。
だから、評価が下がり安くなった長谷川潤一は不要だということだろう。
やっと色々と理解出来た。
簡単な話、高橋は根っからの屑ってことなのだろう。
自分の評価を上げるためであれば手段を問わない最低な人間。
こういう人が現実に居るって考えるとゾワッとしてしまう。
自己中心とか、そういう次元を余裕で超えてしまっている。
「だから、私はあの写真を撮って拡散した。君と真衣が付き合い始めたってことが知れ渡れば悪かったのは真衣の方だって錯覚させられると思ったから」
「……」
「君と真衣が仲良くなるように飲み会の時に隔離もした。完璧なはずだった。でも、結果としてヘイトは真衣よりも君に多く向いてしまった」
「失敗ってことですか」
「そうだね、失敗だよ。真衣が悪者にならないこの状況じゃ何も意味が無いから」
俺と川瀬が浮気してたってことにしたかったのだろう。
なんだろうな。
ここまでの屑っぷりだと清々してしまう。
「君に迷惑かけるつもりは無いから、『あの二人は付き合ってないよ』って情報もう一度拡散してあげる」
「それは……ありがたいんですけど、そんなすぐ回るものでもないでしょう?」
「君に一つだけ教えてあげる。女の子の情報網は広いし、早いよ」
不敵な笑みを浮かべた高橋。
今日見てきた高橋の表情の中で一番恐ろしかった。
「えー、何このハンバーグ超美味しそうなんだけど! ウケる。写真撮っちゃお」
スイッチ一つで切り替わったかのように、高橋の雰囲気はガラッと変わった。
というか、元に戻った。




