16話『友達の彼女に』
薄井から写真を送ってもらった。
確かにこれを知らない人が見れば付き合っていると思うだろう。
そのくらい俺も川瀬も幸せそうな笑みを浮かべている。
唯一、浮気という傷を舐めあえる仲だからこそ見せ合える笑みなのだが、知らない人から見れば、ただ密接な関係なんだなと思わざるを得ない。
というわけで、薄井の彼女とファミレスへ来ている。
この間川瀬と来た例のファミレスだ。
薄井も着いてくれば良いのにと誘ったのだが、面倒だから行かないと断られてしまった。
俺が彼女を寝取ることすら考えていないらしい。
信用されているのは有難いなと思う。
「初めまして……。では、ないですね!」
ニコッと微笑む。
どこからその元気は湧いてくるのだろうと、不思議になるようなテンション。
「ま、実質初めましてですよ。僕の名前は敷田慧斗です」
「うん、真衣とともちんから色々お話は聞いてるよ」
薄井のやつ、ともちんって呼ばれてるのか。
弱みを握ったような気になってしまう。
ともちん……ともちんっておもろいな。
川瀬も薄井も俺の事何か話しているのか。
「そうなんですね」
反応に困りつつ、作り笑いを浮べる。
こういう時は適当に笑っておけば良いと教えてもらった。
「私は牧原帆夏。牧原は歌手じゃない方の牧原で、帆夏は帆船の帆の字に、春夏秋冬の夏で帆夏」
と、自己紹介を終わらせると緑色のメロンソーダをグイッと呷る。
シュワシュワと炭酸の音が耳へ響く。
「覚えておきます」
「うん、覚えておいてね」
「僕の漢字は知りたいですか?」
「大丈夫。ともちんに教えて貰ってるから! ほら」
と見せてきたのは電話帳だった。
薄井のやつ俺の電話番号教えやがったのか。
用意周到だなと感心できる範囲を余裕で越している。
普通に怖い。
「あとで友達登録するので、電話番号は消しておいてください」
「えー」
不満気な牧原。
いや、素性を知らない相手に電話番号が知れ渡っているって普通に怖いだろ。
あとで薄井を問い詰めておこう。
「それよりも……。聞きたいことあるんですけど」
「写真についてでしょ?」
「あ、えーっと。はい……そうです」
「なんでそんなにオドオドしてるの?」
不思議そうに首を傾げる。
「あまりにもスムーズに話が進むのでビックリしただけですよ」
「あー、なんだ」
納得したように笑窪を作る。
「ともちんに大雑把に話は聞いたからね。じゃなきゃここ来てないし」
ご最もな回答。
「最初に聞くけど」
「はい?」
「敷田くんは真衣と付き合ってないの? 本当に?」
訝しむように訊ねてくる。
メロンソーダに箸を突っ込み、クルクルと掻き回す。
氷がカランカランと音を立てているが、牧原は全く気にしていない。
「付き合ってないですよ」
「ふーん」
まるで信じていないかのような視線。
「こんなに幸せそうな顔してるのに付き合ってないんだね」
スマホに視線を落とし、例の写真をみつめている。
親指と人差し指で拡大し、俺と川瀬の表情をそれぞれ凝視する。
「交際関係があるから幸せって訳でもないですし、それは逆も然りですよ」
これに関しては痛いほど肌で感じている。
付き合っておきながら、他の男に雌の顔をする女だって存在するし、とてつもない美人を捕まえておきながら、性猿の如く一生懸命に他の女に腰を振る男だって存在する。
「付き合ってるから幸せってわけじゃないんですよ。本当に……」
俺は小さなため息混じりに同じようなことを口にした。
「えーっと、あ。そうなんだ……」
あまりにも辛気臭い顔をしていたからだろうか、牧原は反応に困ったように苦笑する。
視線を右へ左へと泳がせる。
「牧原さんは薄井と一緒にいるの幸せですか?」
「うん、一緒にいて幸せだし楽しいよ」
「そうですか。その言葉をぜひ、薄井に聞かせてあげてください。喜ぶと思いますよ」
達観したようにそう伝える。
困惑したように俺の事を見つめる牧原だが、三秒ほど固まった後に、頷いた。
「じゃなかった……。この写真誰から貰ったんです?」
「本人には言うなって言われてて……」
汗を額から垂らす。
メロンソーダを見つめ、そのまま呷った。
「大丈夫ですよ。牧原さんが教えたってことは伏せるので」
「でも……」
「薄井と俺が仲良いのは知ってましたよね? それなのに薄井へ教えた時点で本人に伝えてるようなものじゃないですか。少なくとも薄井が黙ってるわけないですよね」
「……」
牧原は葛藤している。
そう見て取れる。
腕を組み、「うーん」と唸っている。
後一押しすれば教えてくれるんじゃないか。
でも、これ以上執拗いと逃げられちゃうんじゃないか。
この二つの思考がせめぎあい、俺もこれ以上口を開けなかった。
しばらくすると諦めたように牧原は口を開く。
「分かった……。ちーちゃんに教えてもらったよ」
「……? 誰?」
俺の脳内フィルターで引っかかる人物じゃなかった。
ま、俺の人脈は狭いので仕方ない。
「あの飲み会の時にいた女性だよ。髪の毛すごく茶色の子」
「あー、高橋さんだっけ」
「そうその子」
「連絡先もらえませんか?」
「断ってもともちん経由で貰うつもりでしょ?」
「ま、そうですね」
「分かった。教えてあげる……」
こうして俺は高橋の連絡先を貰いつつ、牧原のスマホから俺の電話番号を削除した。
着実に出処まで近付いている。
そういう感覚があり、やる気が僅かに上がった。
ここまで来たら最後までやってやる。
一人でそう誓った。
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