13話『気持ちの良い風にあたって』
小さな軽自動車が唸りを上げながらも、高速道路上を頑張って走る。
追い越し車線で車を追い越す度に、この車はこれが限界なんだなと肌で感じる。
ちなみに法定速度を厳守しているはずだ。
残念ながら助手席からだと、スピードメーターは見てないので真偽は川瀬のみぞ知るという感じ。
途中、走行車線を走っていた覆面に捕まらなかったってことは大丈夫ってことなのだろう。
新湘南バイパスの茅ヶ崎海岸インターチェンジで百三十四号線と接続する。
信号待ちで、グググと気持ちよさそうに体を伸ばす。
かなりスムーズに動いたとはいえ、二時間ほどこの小さな車で運転していた。
当然ながら疲労は溜まる。
「運転代わりましょうか?」
「目的の道路まで来て運転代わるって……。慧斗、考えて見てほしいわ」
口を尖らせる。
「考えて欲しい……ですか」
オウム返しをしつつ、首を傾げる。
運転中の川瀬は当然ながら、こちらを見ていない。
助手席で一人、首を傾げた成人男性。
悲しくなるね。
「そう。いろは坂まで運転したとするわ」
と、仮定の話をし始めた。
俺は川瀬へ伝わるように、「うん、うん」とわざとらしく声を出す。
「いろは坂を下る直前に運転代わるよって言われたらどう思う?」
「なんだコイツってなりますね」
「今私が代わったら慧斗に同じ感情抱くわよ」
ということだった。
つまり、最後くらい運転させろってことなのだろう。
「気を付けてくださいね」
「隣に後輩乗せて事故起こしたりしないわよ」
謎の自信。
その言葉が逆に恐怖を駆り立てたが、川瀬は特に危ないことも無く百三十四号線をひたすら突き進む。
そして、見えてきた江ノ島。
小さなシーキャンドルと百三十四号線前にある江ノ島水族館が江ノ島に来たんだということを実感させる。
左折し、二十四時間対応しているコインパーキングに自動車を停車させた。
川瀬はエンジンを切る。
「外出るんですか?」
「休憩よ、休憩」
「帰りは僕運転しますよ」
「うん、帰りは任せるつもりよ。でもね、助手席に座ってるだけなのもかなり疲れるものよ」
「そうですかね」
「同じ姿勢でずっと居たら普通は疲れるわよ」
ま、腰周りが少し痛む気もする。
「じゃあ休憩しますか」
俺たちは弁天橋の方へ向かい、歩く。
時刻は夜の九時。
流石に人はほとんど居ない。
地元の人がチラッと見えるくらいである。
少なくとも観光客は居なさそうだ。
この時間帯の百三十四号線は交通量が少なめ。
一分に四台くらい横切るかなって感じ。
ビュンビュン飛ばす車も居れば、真面目なのか、取り締まりを警戒してか、ゆったりとしているなという車もいる。
多種多様だ。
江ノ島水族館の裏側にある海水浴場へ足を踏み入れる。
浜辺だ。
砂浜に、波の音。
海特有の風。
あぁ、今俺は海に来たんだと開放的な気分になる。
どこまでも泳げてしまうような気持ちだ。
「夜の海も良いですね」
コンクリートの段差にベタっと座る川瀬に声をかけた。
臀部にはタオルを敷いている。
用意周到である。
ここまでちゃんと準備しているところを見るに、マジで来たかったんだなってのが伝わる。
「海も寝るものなんだって思わされるわ」
「生き物みたいですね」
「海も生き物なのかもしれないわね」
そんなオカルトチックな話をして、雰囲気に抗いつつ笑う。
「川瀬さんは例の元彼となんで来なかったんですか?」
これだけ準備しているのなら、行きたくなったのは今に始まったことではないだろう。
それなら、長谷川を連れ出せば良かったのにと思ってしまう。
話題を出して欲しくなかったのか、最初は顔を顰めたが、小さくため息を吐き、立ち上がる。
「実はそこまで好きじゃなかったのかも」
「でも、この前は好きだったとか言ってましたよね」
「あの時はそう思ってたのよ」
ぐーっと、背伸びをする。
「付き合ってた当時は好きだと思い込むようにしていた所もあったのよ。付き合う成り行きが成り行きだったから」
「なんか良く分からないですけど、色々特殊な感じなんですかね」
「ふーん、聞かないのね」
「自発的に話すまでは良いかなって。聞いても聞かなくても僕は生きていけますし」
あまり機嫌損ねさせたくないってのもある。
良い印象を抱いたまま今日は終わりにしたいのだ。
この、海、風、空、そして川瀬。
ロマンにロマンを重ね合わせたような光景を嫌な記憶で上書きしたくない。
だから、余計なことはしない。
非常に単純明快なお話。
「そっか。じゃあ話さない。長くなっちゃうもの」
「良いですよ、それで」
俺たちは黙って、海を見つめる。
何か浮かんでいる訳でもない。
ただ、波が押し寄せてきて、引いていく。
また押し寄せて、引いていく。
しばらく波の音だけが耳を優しく包む。
「花火でも持ってくれば良かったわね」
「まだ季節じゃないので、売ってないですよ」
「でも、夜、浜辺って言ったら花火って相場が決まってるのよ」
川瀬は謎の持論を展開する。
ぶっちゃけ、気持ちは分かる。
今ここで線香花火とかめちゃくちゃやりたい。
波の音を聞きながら、ぱちぱちと優しく照らす光をジーッと見つめて、突然落ちていく。
あったら絶対に雰囲気とマッチしていた。
「そろそろ車に戻ろっか。まだ四月だと寒いわね」
「夜ですし、海も近いですし」
車の中に上着を一枚置いてきたのは失敗だったろう。
邪魔になるなと思って置いてきた十数分前の俺をシバキ倒したい。
「次は夏かな。花火とか持って来れると良いわね」
「川瀬さんが彼氏作らなきゃ来れるかもしれないですよ」
「私はしばらく彼氏作る気無いわよ」
色々あったし、一旦フリーに遊びたいのだろう。
気持ちは分かる。
果たして俺にまた恋人が出来る保証はどこにもないんだけどな。
「夏、来ましょうね」
俺は川瀬へ微笑む。
彼女は街灯の光に照らされて、まるで天使のような笑みを浮かべて頷いたのだった。




