11話『変わった大学生活』
薄井は俺の隣でどこか気恥しそうな表情を浮かべつつ、座っている。
机上に筆記用具がボンッと置かれているが、それを触る様子はない。
まるで、授業を受けに来たわけじゃないと言っているようだった。
「敷田。話がある」
真剣な眼差しで俺の事を見つめてくる。
この雰囲気だけで薄井が言いたいことは何となく予想出来た。
今日くらいはちゃんと話を聞いてやろうと思い、薄井の目をしっかりと見つめる。
恥ずかしくなったのか、視線を逸らす。
左右に視線が泳いだ後、意を決したように俺をまた見つめた。
「彼女できたわ」
俺の予想していた言葉がそのまま薄井から出てきた。
ワンナイトじゃなくそのまま交際関係へ持っていくことが出来たようで何よりである。
根は良いやつだからね。
浮気とかもするような奴じゃないし。
「そっか、おめでと」
「サンキュ」
照れながら鼻を擦っている。
「ま、浮気とかして彼女悲しませるなよ」
「お前の彼女じゃあるまいし。浮気なんかしねぇーよ」
全くもってその通りなんだけどさ。
ま、せっかく良い教材を見てきたのだ。
俺が骨を粉にして、作り上げた教材をぜひ有活用して欲しいものである。
「浮気って結局誰も幸せにならないからな」
という言葉。
どうやら薄井はしっかりと学んでいたらしい。
した方も幸せにならないし、された方も幸せにならない。
浮気相手も幸せにならない。
ただ、三人。
場合によっては四人。
周りの人が不幸になっていくだけ。
それが浮気という行為だ。
「良くわかってんじゃん」
心の中でフツフツと湧いてくる、佳奈への怒りを抑え、ニコッと笑いながらそんなことを口にする。
果たして薄井に俺の感情が見透かされていたのか、否か。
俺には分からない。
◇
大学の昼休み。
この時間は結構長い。
いつもであれば、薄井とラウンジで飯を食いつつ、ワーワー騒いでいるのだが、今日はそうもいかない。
理由は単純明快で、薄井は彼女と飯を食うのだという。
羨ましいなと正直思ってしまう。
俺にも彼女はいた。
浮気したゴミクズ女だが、それでも当時は好きだった。(野郎は男を想起させる)
俺は彼女を束縛したくないという思いから、昼休みは薄井と過ごしていた。
というか、あっちから寄ってこない限り、大学では薄井と共に過ごしていた。
理想の学内イチャイチャを捨てた結果がこれなんだけどさ。
ま、要するに俺はボッチってわけだ。
彼女には浮気され、友達は彼女が出来て離れていく。
そして、取り残される俺。
悲しさが底なし沼のように俺を引き摺り込む。
学内にあるコンビニで菓子パンを二つ購入し、人目につかないベンチで座って食べる。
ラウンジなんかで堂々と一人で食べる勇気はない。
一人寂しく食べていると、こちらをジーッと見つめてくる人影があった。
ボッチの状態で見つめられるのはかなり不愉快だ。
その人影を思いっきり睨む。
校舎の影で顔が暗く、誰なのか全く分からない。
知り合いなのか、そうじゃないのか。
その判断すらままならない。
立ち去る様子はない。
もう気にしていても仕方ないか。
そういう結論に至り、菓子パンにかぶりつく。
無視したことが気に食わなかったのだろうか。
その人影はだんだんと俺の方へと近付いてくる。
もしかしたらここは誰かの縄張りのようなものだったのかもしれない。
余所者が勝手に座って腹を立てている。
そういう理不尽なことも有り得るだろう。
「慧斗じゃない」
その声に思わず顔を上げてしまった。
「川瀬さん……」
その人影の正体は川瀬だったのだ。
大学に居ること自体は何も不自然じゃない。
だって、ここの大学に通っているのだから。
ただ、単純に川瀬のような人が一人で歩き回ったりすることがあるのだろうかという疑問である。
周りの人間が放っておかないだろう。
高橋やもう一人の女性は男と一緒に居るから、いないのは分かる。
だとしてもだ。
周りの男がチャンスだ! と、積極的に行動しそうなものである。
「なんで一人なんですか?」
「それ私のセリフなのだけれど」
「こっちはですね……」
素直に言うべきか、誤魔化すか。
少し悩んだが、別に悪いことが起こったわけじゃない。
だから、素直に話しておこう。
「薄井には彼女が出来たので。で、僕には不思議なことに彼女がいないので。こうして一人虚しく菓子パンを頬張っているってわけです」
なんで彼女いないんだろうね。
不思議だわ。
「あー、なるほどね」
川瀬は納得したのかコクリと頷く。
「で、川瀬さんはどうしたんですか? 誘われたりしますよね」
「誘われてても行きたくなきゃ行かないものよ。当然でしょう?」
お酒が弱いのに、飲み屋へ来てしまった人のセリフとは思えない。
「つまり断ってきたと」
「私の事誘ってくる人って、皆なんだか下心透けてるのよね」
「そりゃそうじゃないですか。こんな美人さんと仲良く出来るチャンスなんてそうそうないですもん」
「ふーん。じゃあ、慧斗もそういう下心持っていると……」
「ないと言えば嘘になりますよ。そもそもそんなこと考えてる余裕も無かったですけどね」
出会いが出会いだった。
美人と仲良く出来る……と自分を奮い立たせることはあったとしても、結局頭の片隅には佳奈がいた。
ま、正確には佳奈と長谷川の卑猥な姿があったのだが。
どっちも対して変わらないし、どっちでも良いだろう。
「で、川瀬さんはなぜ僕の隣に座ったんですか」
「一人ぼっちじゃ可哀想じゃない」
「散々断ってきた人のセリフとは思えないですね」
「慧斗は私の事情を知っている数少ない人の一人なのよ」
「それはこっちも同じですけど」
「なら、分かるでしょう? 気が楽なのは」
相手も同じ境遇ってのはかなり楽だ。
しかも事情もしっかりと知っている。
何かあったのと心配されないのはかなり大きい。
心配されても言えないから、困ってるんだよ。
「それよりも慧斗は今日この後何個授業あるのかしら?」
「後二限ですよ。三限、四限って連続で入ってます」
「奇遇ね、私は四限の一コマのみだけれど」
「次空きコマなんですか。変な時間割ですね」
「次の時間だけどうも面白そうな授業が無かったのよ」
あるある過ぎて共感してしまう。
マジで、わざとだろってくらい受けたい授業がないコマってある。
どうにかして欲しい。
「面白そうだし、次のコマ着いていくわね」
「潜るんですか」
「ええ、そうよ。何が悪い?」
「悪いのは悪いでしょうね」
「バレなきゃ良いのよ。どうせ、出席とかとらないでしょう?」
「カードリーダーだけですけど」
「ふふ、なら好都合じゃない」
と言って嬉々とする。
この人本気で言っているのかな。
そんなことを思いながら、近くのゴミ箱にパンの袋を捨てたのだった。




