1話『現実逃避』
桜が散り始めるこの季節。
地面に散乱する薄ピンク色の花弁はどこか寂しさがある。
大学の履修登録期間もとうに過ぎ、新しく履修した科目にも少しずつ慣れてきた頃合。
どの授業がサボれて、どの授業がサボれないのか。
この辺りが明確に分かってくる時期だ。
大学二年生は大学四年の中で最も暇なタイミングと言っても過言じゃない。
ゼミもなければ、就職活動も始まらない。
授業には一年生の頃に比べれば理解し、大学の雰囲気にもだいぶ慣れてくる。
何においてもちょうど中間と呼べる時期である。
そして、普通に生きていれば「彼女」という大きな存在も手に入れられるようなタイミングであり、正に人生の夏休みなのだ。
後にも先にもここまで順風満帆な日々は無いだろう。
東北の方から東京の大学に合格した俺は東京で一人暮らしを始めた。
大学近くの安くてボロっちいアパート。
ちょっとだけ間取りが広い。
俺は彼女に合鍵を渡しており、知らないうちに家へ入っているなんてこともある。
特に咎めるつもりもない。
咎めるつもりがあるならそもそも合鍵なんて渡さない。
「サボるか」
次コマの授業へ出席しようとしていた俺だが突如サボりたいという気持ちに襲われる。
「強すぎる」
俺の隣を歩く薄井は楽しそうに手を叩く。
チンパンジーじゃないんだからやめて欲しい。
「ま、敷田がサボるなら俺もサボるけどな」
「お前、乗り良いな」
「あったりめぇーだろ!」
パシンと俺の肩を叩く。
じわっと肩の辺りに広がる痛み。
この痛みを堪えつつ、俺たちは当然のように次コマの授業をサボったのだった。
――四回までなら欠席出来るのに、全部出席するなんて勿体ない。
俺の知り合いの先輩はそう言っていた。
まさにその通りだろう。
人生とは有限だ。
有効に活用すべきである。
◇
「あれ敷田の彼女じゃね」
俺たちは家で遊ぼうと、俺の家へと向かっていた。
目と鼻の先にアパートが見える。
俺の家の前に……というか、今俺の家の扉から俺の彼女がでてきた。
合鍵を渡しているので、俺の家に入っていることはなんら不思議じゃない。
むしろ、良くあることだ。
知らないうちに家へやってきて、料理を作り置きしたり、掃除をしたりして、帰っていく。
なんてことの無い普通の交際関係。
のはずなのだが、俺は思わず電柱の影に息を潜める。
薄井の首根っこをつかみ、一緒に隠れる。
彼女元い佳奈の隣にいるのは見知らぬ男。
距離があるので顔まではっきりと分からない。
分かるのは女性側が佳奈であることだけ。
奴も俺の家から出てきた。
佳奈とその男は周りを二度ほどキョロキョロと見渡す。
表情を確認できないのが悔しい。
そして、あろうことか腕を組み、駅の方面へ向かって歩き出したのだった。
ポカンと口を開けてしまう。
言葉が出ないとはまさにこの事なのだろう。
絶句だ。
思考回路は大渋滞を起こしており、ただその光景を見つめることしか出来ない。
薄井はなぜかワクワクしながらスマートフォンにインストールされている無音カメラアプリで腕を組む二人を写真でパシャリ。
って、音はしてないんだけど。
二人の姿が見えなくなったところで、緊張の糸が切れたのだろうか。
立てなくなり、電柱に寄りかかるようにして座り込んでしまった。
ここで犬が小便していたかもしれないとか、そんなこと思ったところで体を動かせないんだから仕方ない。
「おい、大丈夫か?」
「悪い夢でも見たのかもな」
「敷田には申し訳ないが、はっきりと言ってやる。現実だ」
認めたくない二文字を薄井は突き付けてきた。
「そっか。そうだよな……。ハハハ」
俺はただ乾いた笑いをすることしか出来なかったのだった。




