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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

祖父の願い 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふー、くたびれたー!

 久しぶりにテーマパーク来たけどさ、どうも疲れやすくって。アトラクションに乗っている間はさほどでもないんだけどなあ。降りてから、よっこいしょと腰を下ろすと、ふくらはぎの裏あたりから疲れがどっと、ね。

 でもパスポートがある以上は、常に何かに乗っていたい気持ちもあって……うーん、悩むなあ。


 ――ん? 観覧車なんかいいんじゃないかって?


 あー、パス。パスさせてほしい。

 別に高いところとかは平気なんだけど、観覧車そのものに、ちょっと妙な思い出があってさ。


 ――え〜、その話を聞かせてほしい?


 やれやれ、パーク自慢のアトラクション群も、つぶらやくんを止めるには足らないか。

 あくまで妙なってだけだ。結果はいつ出るか分からないし、僕しか分からないかもだけど。



 僕が小さいころ、遊園地に行きたがっていた。けれど両親が忙しくて、一緒に行ったことは数えるほどしかない。

 代わりに、僕を連れて行ってくれたのは祖父だった。祖母が亡くなってから、散歩に出る以外だとほぼ書斎に閉じこもっていたあの人が、僕をその部屋の中へ招いてくれたんだ。

 そこで祖父は、机の上に大きなアルバムを一冊置いて、開く。そして「今から見せるアルバムの写真をしっかり覚えてくれたなら、遊園地へ連れて行ってやる」という、条件をつけてきたんだ。

 

 当時の僕だって「変な条件だな」と思ったさ。でも、そのときはみんなも行っている遊園地に、自分も行きたい気持ちでいっぱいでね。おじいちゃんの指示通り、アルバムのページをめくっていった。

 白黒が多いその写真に映っているのは、様々な格好に身を包み、揃ってこちらを向く、二人の男女。いずれも、若かりし頃の祖父と祖母だという。

 この姿をしっかりと目に焼き付けてほしい。それが祖父の頼みだった。


 覚えた旨を告げると、ようやく遊園地へ連れて行ってもらえるのだけど、ここでまたおかしなことがある。

 祖父は例のアルバムを荷物の中へ入れていたんだ。そのうえ、入ると真っ先に観覧車へ僕を連れていく。

 ぶー垂れたりすると、その場で中止。まだ何にも乗らないうちから祖父は踵を返し、「自分だけで帰って来い」と、僕を置き去りにしていくんだ。

 

 最初はポーズだと思ったさ。だが祖父は出かける前に、帰れるだけのお金を僕に渡してくれている。本当に、帰るのがやっとという額だけだ。

 そして一度、知らんぷりしたときには、本当に祖父だけ入園のゲートを逆にくぐり直し、何時間経っても戻ってこなかったのさ。家族のほか、まともに寄るべを持たない幼子に、トラウマを植え付けるには十分なできごとだった。

 

 ――おじいちゃんの言うことは本当なんだ。遊園地に連れてきてくれるのも、文句をつけたら置いて行かれるのも、全部全部。

 

 僕は祖父の機嫌を損ねないよう努めた。一番手に乗ろうとする観覧車へ、素直についていく。でも、ただつきあえばいいというわけじゃない。

 観覧車に乗り、僕と並んで座席に座る祖父は、目をつむるように僕に言う。そして合図をするまで動いても、目を開けてもいけないとつけ足された。

 置き去りのトラウマで、僕はすっかり縮こまっている。もし言うことに従わなかったら、この上がりかけた観覧車のドアから、外へ叩き出されるんじゃないか……そんな想像までしてしまうんだ。


 ぎゅっと目をつむる。その暗い視界の外で、隣の祖父が「ちっ」と舌打ちのような音を出す。そして僕の頭へ、軽く手のひらを乗せてきた。

 頭をなでられること。それは安心感を覚える行為だろうけど、この時は違った。

 祖父の手のひらから、妙に生ぬるい感触がした。お風呂に浸かった指で触ってきたら、こんな感じがするだろうか。


「目をつむったままな。頭の中で面白いことを思い浮かべろ。テレビでもマンガでもいい。お前の頭に残っている、面白い場面をな。

 で、その中の人物をな、写真の中のじいちゃんばあちゃんに置き換えるんだ。できたら言え」


 またも変な注文だったが、僕は言われた通りにする。

 最近見た、アニメの場面を思い出す。いつもは悪役と戦いを繰り広げっぱなしの主人公たちだけど、この回は貴重な日常シーン。みんなで鍋を囲んでの、談笑に終始した回だった。

 そのうちの二人を、あの写真の祖父母に換える……できた、と思った。

 祖父に告げると、ようやく目を開けるのを許可される。そこはちょうど観覧車のてっぺんを過ぎたあたり。前方から新しい籠が持ち上がり、視界に入ってくるところだったけど、その中でにわかに信じがたいものが見えた。

 

 僕が頭に浮かべた、アニメのワンシーン。そのままの映像が、前の籠の中に広がっている。

 もちろん、ディスプレイが置いてあるとか、間抜けな落ちじゃない。確かに籠の中の彼らはちゃぶ台を前に、鍋を囲んでいた。ただ二人、ぼやけた輪郭のキャラをのぞいて。それはちょうど、僕が祖父母に置き換えたキャラだったんだ。

 はっと思ったとき、籠の中のキャラたちはふっと消えてしまう。そこにはがらんどうの、誰も乗っていない籠が残るばかり。


「失敗か」


 今度こそ祖父は大きな舌打ちとともに、はっきりつぶやき、僕はつい祖父の顔を見る。あの僕が想像したに過ぎない映像、祖父にも見えていたのだろうか。


 観覧車から降りると、その日はもう好きに過ごしていいと、祖父のお達しがあった。僕は一通りのアトラクションを楽しみ、祖父も園内ではそれ以上の妙な注文をしてくることはなかったんだ。

 ただ頭のぬるりとした感覚。トイレに行った時、そっとハンカチを当てると赤茶けた液体がいくらか生地につく。見間違いでなければ、血のように思えた。

 それから意識してみると、祖父の右手の親指に、ここまで来るときにはなかった新しい絆創膏が貼られている。しかも、血がいまだににじんでいるものが、ね。



 遊園地から帰ったとき、まだ両親の姿は家になかった。僕は書斎へ引き上げようとする祖父に、あの奇妙な頼みごとの真意をただしたんだ。

 祖父は少し言いよどんでいたが、やがて静かに口にした。「おじいちゃんは、もうじき死んでしまうんだ」とね。

 それが病院でされた余命の宣告のためか、はたまた別の兆候があったのか。それは今となっては分からない。でも、そのときの祖父は顔も唇も青ざめていたよ。

 祖父は死んだ先で、祖母と会えないのではないかと、極端に怖がっていた。理由は教えてくれなかったけど、ただ祖母と同じ場所へ行けるという自信はなかったらしいんだ。

 迫る人生のリミットの中、いろいろな調べ物をして、ようやく寄り添える手段を見つけた。それが僕に協力してもらった、キャラと自分たちの置き換えだった。


「死んだ先に何があるか、それは誰にも分からん。だが縛ることはできるらしい。

 じいちゃんが調べたものと、その手段を使えば、誰かが想像した世界。その中に入り込み、来世を生きられるのだとな。

 じいちゃんはどうしても、ばあちゃんと一緒にいたい。だからよ、もう一度アルバムを見て、はっきり焼き付けてくれないか? 若いじいちゃんとばあちゃんの姿を、お前の理想の世界の中にな」


 祖父の死の予告を含め、僕はとっさに理解が追い付かなかった。でも、はじめて祖父は目に涙を浮かべて、僕に頼み込んできたんだ。それを無下にすることは、どうしてもできない。



 それから休みの日が来るたび、祖父は僕を遊園地へ連れて行った。真っ先に観覧車に乗り、件の手順を踏む。

 あのときの最初の舌打ちは、祖父が小刀で自分の指を傷つける際に、漏れた声だった。ぷっくり膨らんだ血のあぶくを潰し、それを指に塗りたくって僕の頭に乗せる。それがあの赤茶けた液体の正体だった。

 僕もまた、ビデオに撮っていたアニメの回。そして祖父母の写真のすり合わせを、徹底的に行ったよ。そしてターゲットにしたあの二人は、このバトルアニメの中でも、唯一に近いハッピーエンドを迎えることが確定している。

 そここそが、祖父にとっての天国なんだ。僕はいつしかそう言い聞かせていた。



 うまくいったのは、それから二か月ほど経ってからだ。

 やはり祖父にも、僕が見ていた映像が見えていたらしい。上がってくる前方の籠の中にはっきりと、他のキャラたちに囲まれる、すり替わった祖父母の姿が浮かび上がった。

 二人してそれを確かめ、また遊園地をたっぷり楽しんだ翌日。祖父は静かに息を引き取ったよ。

 二人が本当にあの世界に行けたのか。そもそも出会うことができたかは、今でも分からない。それは僕も死んで、向こうに行くときに初めてわかることだろう。

 でも、あの日からたびたび、意識していないときでも例の映像が、目の前をよぎることがある。その中のすっかりすり替わった二人が笑っている顔を見ていると、願いがかなったんだと信じてやまないんだ。


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