自立が出来た
母が亡くなり、父が亡くなり、
やっと気がついた。
母の代わりの人を探していたこと。
だから、周りが私を拒否をする。
母の代わりには、誰もなれない。
祖母がいたから、生きてこれた。
大叔母がいたから、社会に出られた。
母の役割を祖母がやり、
父の役割を大叔母がやった。
それだけのこと。
父が逝去前、弟の事をずっと悔やんでいた。
父は、本当に結婚したい人がいた。
だが、それは叶わず、代わりに、田舎なもので、
区長さんとか町長と縁がある母の実家からの
拝み倒しで、母と結婚した父。
母は、どこにも結婚相手が見つからず(断られ)、なかば強制的に婚姻。
祖父母には負い目がある。
育児放棄したなら、代わりに育てる。
なんだか、母も可哀相な人だったのだな。
父の逝去後、弟は見つからなかったので、弟抜きでの葬儀。
私は弟の人生まで、背負えない。無理です。
そこにいきつくまで、葛藤があった。
弟も犠牲者である。
本来ならば、支援者が必要である。
姉として、なんとかしないとダメなのかな?
悶々と悩み、ぐるぐる記憶が甦る。
母の死後、借金大魔王となった弟。
弟の所に、弟の物を換金するようにいう厭らしい友人。
そのうち、借金取りが来るようになり、弟は夜逃げをした。
残された私に、借金取りの1人のおじさんが
「あまりいいたくないけど、お姉さんはここにいたら危ないよ」と忠告されて、
私も逃げた。逃げたというか、再婚が決まっていたので、新居が出来るまでの仮住まいをした。
母はよく「浩一の為に、お金を貯める」と言っていた。
母の願いは叶った。
母の死後だけど、母が残した遺産を全部使ったのだから。
・・・私、面倒みなくていいじゃん。
母の思いも、父の心残りも、それはそれだ。
弟は、弟の人生の決算してくれ。
そう思えるようになったら、医者から
『それが自立』と言われた。
やっと解放された。
母は母なりに、父は父なりに生きた。
私から、憑き物が落ちていくようだ。
長く長く苦しみましたが、私は私の人生を生きていく。
今の夫は、私の不足している部分を補ってくれる。
育った環境を聞き、「よく看取ったね。普通育ててくれなかったら看取らない」と褒めているのかどうかわからない言葉ですが、私を肯定してくれる。
だから、今私は幸せである。
そしてそれを維持していく。
その努力をする。
死ぬ瞬間、後悔しないように。




