96・三途の川
「おい、サオリ。まだ顔色が悪いぞ」
部屋を出てリビングに行くと、エリオットに言われました。
お店番は何故か、ニナがやってくれているそうです。
「大丈夫よ」
私は一人で神様の洞窟に行き、色々と聞いて帰ってきたばかりでした。
リビングのソファに座って、まだまとまらない頭の中の考えを整理します。
まず、この世界にロケットは存在しました。
誰が作ったかまでは聞いていませんが、恐らくそれは神様でしょう。
魔族領のさらに先にある、神様にしか入れない土地に、ロケット発射基地があると言うのです。
さらに、そのロケットはシャトルを搭載し、有人で飛ばせると言っていました。
この世界でロケットに搭乗するのは、神様だけです。
神様はロケットを使って何処に行っていたのか。
それは、宇宙空間のある特定の場所でこの星を含む地域の、近隣の各惑星を担当する神々と会合する為という事でした。
その場所は転移して行く事は出来ず、物理的に移動するしかないとも言っていました。
「あの神様の言う事だから全部が全部、本当だとは限らないし、信用する事は出来ないわね」
神様は、今回の魔王討伐が達成された暁には、ご褒美に私を特別にそのロケットに乗せてやると、地球の女神に合わせてやると言っていました。
そこで上手く交渉出来れば、私は地球に帰れるかも知れないと言うのです。
「なんで今更? そんな方法があるなんてこれまで一度も、匂わせる事さえ無かったのに」
今度の魔王が倒されれば、次の魔王誕生は通常通りの間隔に戻ると神様は考えているようです。
つまり、私の役目はこれで最後と言う事です。
討伐が終われば私は神様にとって要らない人間となり、天使たちも取り上げられるでしょう。
私は既にあの神様の事は信用していないので、過度な期待は禁物だと自戒しました。
コンビニの事や天使の事、スマホ等に至る様々な神様による恩恵はありがたいとは思いますが、それでも信用しきれない何か、信じてはいけないと思わせる何かが、あの白髭の老人にはあるのです。
私のやる事はエリーシアを救う事、アランを蘇らせる事、そして、新たな魔王誕生を阻止する事。
地球に戻れるかどうかは、それらが片付いてからです。
「じゃあ俺は店に戻るから、ニナと交代してくる」
「ありがとう、エリオット。私もすぐに出かけるから」
「おう、無理するなよ。ランドルフには会っていかないのか?」
今回の一週間の引きこもりは、ランドルフには知らせていません。
エリオットにも黙っているように頼んでいました。
「恥ずかしいから、会わないでおくわ」
「そうか」
会いたいのはやまやまですが、私がこんな状態ではランドルフに心配を掛けるだけだと思います。
またか、と言われるかも知れませんし、怒られるかも知れません。けれども最終的には必ず私の事を肯定してくれて、心配してくれるのがランドルフなのです。
「さて、戻りましょうか」
ニナがお店から戻った所で、ラフィーとデビを集めてノートを開きました。
「行くわよ」
「食べる?」
ラフィーが食べかけのパンを差し出してきました。
「ふふ、ありがとう。でも食欲が無いの。それはラフィーが食べちゃって」
「あい」
ラフィーがパンを齧った所で、転移の魔法を発動させました。
◇ ◇ ◇
魔族の森の出口、岩場の場所へ戻って来ました。
「じゃあ、攻略しましょうか」
私は寝込んでいた時に考えた作戦を、実行に移しました。
「ラフィー、ニナ。土魔法でこの岩場を全部埋め立てて平にして」
「あい、おねーちゃん」
「なの」
天使たちが繰り出す魔法は、普通の魔法使いのそれとは違うのです。
使える魔法はすべて極大魔法という、最大の効果を生む大魔法を行使するのです。
だからこのような、どこまでも続く岩場の荒れ地でも、ほら、こんなに簡単に――
「でけた」
「なのー」
あっという間に、遥か先の見えない所まで、固い土で埋め立ててしまいました。
「よく出来ました」
「ほえ~」
デビも感心しています。
「アタシが使う魔法とは大違いだ。流石は光の天使、やる事なす事全部が悪魔じみてる」
所々背の高い岩などが平らな土から頭を出していますが、二人の天使が風の魔法を飛ばすと、豆腐を切るかのようにスパッと綺麗に切り落とされて行きます。
「馬車を持ってきてもいいけど、後々邪魔になるわね」
フォウのように何でも入るポケットは持っていないので、馬車のように大きなものはちょっと遠慮したい所です。
それにあの馬車は、サーラのお婆様の形見のようなものなのです。
何かあったらいけません。
「よし、最初の作戦に戻りましょう」
最初の作戦。――ロデムを繰り返し乗り継いで、走り切るというやつです。
私たちはそれを実行し、約一時間を掛けて岩場ゾーンを走破しました。
走っては休んでを、一分置きに三十回も繰り返したのです。
百キロくらいは移動したのではないかという所で、大きな川に突き当りました。
そして、幅が百メートルはありそうなその川の向こうに、小さく見えたもの――
「あれね」
「うん、あれが――」
――魔王城。
まだ距離はあるので小さな城の影として映りますが、その禍々しさはいくら離れていても、どうしようもないくらいに、伝わって来ました。
決して近づいてはいけない場所。
決して見てはいけないもの。
決して会ってはならない人物。
緊張で胸の鼓動が高鳴り、手に汗が滲み、足が震え、不安と恐怖ですぐにでも逃げ出したくなります。
「もう、嫌だ。……嫌だけど、……行くしかないのね」
私たちの目の前にある川が、三途の川に思えて来ました。