83・黄金の騎士
どうする!? どうすれば!? どうしたら!? どうしましょう!
プチパニックな私は、一瞬だけ転移して逃げようかと思ってしまいましたが、それはちょっと人としてやってはいけない事のような気がします。
では、どうすればいいのか……そうだ! 正直にお話ししてから、お店に転移してお金を取ってくればいいのではないでしょうか。
考えてみたら簡単な事でした。
では、さっそく交渉してみましょう。
私たち三人は、宿屋の主人と思しき男性の元へ行き、カウンター越しに交渉を始めました。
「このお店の方……ですよね?」
「ああ、俺がマスターだ」
「あの、実は私たち、ちょっとお金の持ち合わせが無くて……これから取りに行くので少しだけ待っていただけませんか?」
私は両手を胸の前に組んで、お願いをするポーズで真摯に訴えました。
宿屋のマスターは『やっぱりな』と言いたそうな、納得した顔をしていました。
やはり先程までの私の挙動不審な態度が、そう思わせていたみたいです。
「金を取りに戻るのは構わないが、代りにこの二人の子供は置いて行きな」
「え!?」
「今日中に戻らなきゃ、この二人は然るべき所に売り飛ばす。ちなみにさっきの食事代は銀貨五枚だ」
「え!?」
「ほら、さっさと行け。そうだその鞄も置いていけ、どうせたいした物も入ってないだろうけどな」
「え!?」
マスターはショルダーバッグをひったくるようにして私から取り上げると、私の両肩を掴んで後ろを向かせ、背中をドンと叩きました。
私は前のめりになりながら、転ばないように何とか踏ん張りました。
「今日中だぞ。きっちり銀貨五枚、持ってこい」
そう言うとマスターは二人の天使を抱えて、カウンター裏にあった扉の奥へと消えて行きました。
天使たちは大人しくぶら下がっていました。
私が何も命令しないので、様子を見てくれているのでしょう。
暴れられても困るので、それは助かるのですが――
「ええええ!?」
ちょっと、これは……あっという間の出来事で、またしても私の頭はパニックになってしまいました。
「あっ、鞄がないと転移できない……ちょっとすいませーん! 鞄は返してくださーい!」
鞄の中にノートと羽根ペンが入っているのです。
それが無ければ転移も他の魔法も、何も使えません。
扉を叩いても中からの反応は無く、開けようとしても鍵を掛けられたのか、開きませんでした。
すると厨房の方から一人の女性が現れて――
「あっちで聞かせてもらったよ、お金を持ってなかったんだって? ここのマスターは本気であの子供を売っちまうと思うから、早くお金を取ってきた方がいいよ」
「そんな……」
「あたしはここの厨房で働いてるけど、あいつはお金に関してはうるさいってよく知ってるんだ。食事だけで銀貨五枚分も食べる客なんて珍しいから、最初から疑われてたんだと思うよ。諦めてお金を用意してきな」
「は……はい」
そのまま追い出されるようにして外に出てしまってから、私は途方に暮れました。
「ちょっと、何でこうなるのよ」
見知らぬ街でたった一人。魔力も無い私にどうしろと言うのでしょうか。
転移が出来なければ、お金を取りに戻る事も出来ないですし、たった今、この身を守る術も何もないのです。
今思えば、馬鹿正直に宿屋のマスターに相談したりせずに、テーブルに居た時にこっそりと転移して、お金を取ってくれば良かったと後悔しました。
茫然と立ち尽くして、両手をワンピースのポケットに突っ込んだ瞬間、右手に何かが触れました。
「あっ、スマホ」
何も無かったはずの私に、たった一つの希望が残されていました。
このスマホのアプリで、何か解決策が見つかるかも知れません。
とにかく何か、使えるアプリを探さなくては――
画面に表示されたアイコンたちを、順に見て行きます。
「『魔』は意味ないし、『獣』も使い所じゃないし、『健作くん』で何を検索したらいいのか分からないし……」
『神』は使えるかも知れないと、押してみました。
神様と連絡が取れるツールなのです。
「『ツー・ツー・ツー』……って何で繋がらないのよ! 本当使えないわねあの神様」
あと、使えそうなアプリは……。
「『鎧』? こんなアイコンありましたっけ? 鎧とか出てくれたら、それ売ってお金に出来るかも!」
『鎧』アイコンを押してみました。
――ポチっと。
その瞬間、スマホの画面から、黄金の輝きが光の束となって迸り――
ガシャン! ガシャン! と、次々と黄金のプレートが、私の体に装着されて行きました。
足のつま先から頭のてっぺんまで、あっという間に私は、黄金の全身鎧の姿に変身してしまいました。
しかし――
「なんで光から生成されたくせに、私の体に合っていないのよ! 胸の部分がスカスカじゃないの! ほんと何なの? 神様の嫌がらせ?」
女性用のプレートアーマーらしく、やたらと胸の部分が強調されているのですが、どうにも私のサイズにフィットしていないのが癪に障ります。
「ちょっとこれ、どうやって脱ぐのよ……このままじゃ売れないじゃないの」
鎧姿でジタバタしていると、後ろから誰かに声を掛けられました。
「騎士様! こんな所で何を!? 早く合流して下さい!」
「へ?」
腰の部分に小物入れがあったので、そこにスマホを仕舞ってから、声のする方に向くと、あご髭を生やした男性が手を振っています。
私が反応しないのを見て、その男性が走って来て私の鎧に包まれた手を取りました。
「早くしてください! みなさん集まっています。馬はどうされたのですか?」
「う、馬? えっと今は休ませているの」
「そうでしたか!」
確かに騎士と言えば騎乗する馬もセットなのかも知れませんが、私にはサーラから預かった馬車馬しか居ません。
そういえば、馬車も宿屋の裏手に停めたままでした。
あれはサーラのお婆様の形見とも言えるものなので、食事のお代として取り上げられなくて良かった――いえ、天使も相当割に合いませんけど!
私の手をグイグイと引っ張り、小走りでどこかへ連れて行こうとしています。
どうしたものかと考えているうちに、目的地に着いたようです。
やって来た場所はこの街の玄関口となる門の所で、そこには二十人程の武装した集団が待ち構えていました。
「何事?」
「おーい、騎士様が迷っておられたから、連れてきたぞ!」
私を集団でボコボコするような感じでも無かったので、とりあえず訊いてみました。
「これは何の集まりなの?」
「おや? 騎士様もギルドの募集で来たんじゃなかったので?」
「募集?」
「はい、たった今この街にオークの集団が向かっているのですよ。緊急クエストです。それを迎撃するための集まりです」
オークが街を襲いに来るって事ですか!? 私が鎧姿なので迎撃部隊の一員と思われたのでしょうか。
「あの、ちなみにそれって……報酬は出るの?」
「もちろんですよ、騎士様。活躍すればそれだけ報酬も増えますよ」
これはもう、やるしかないでしょう。
幸いこちらから出向かなくても、向こうからやって来てくれるのですから、願ったり叶ったりです。
鎧の性能は分かりませんが、神様の特別製だと考えれば、そこら辺の鎧よりも高性能に違いありません。
「私も参加します。ここに居ればいいのですね?」
「はい、ありがとうございます。騎士様。もうじきオークのやつらが現れると思います」
そうと決まれば、後は武器ですね。
鎧があるのですから当然武器もあるだろうと、スマホを取り出して探してみると――
「武器らしきアイコンが見当たらないんですけど……」
『武』というアイコンがあっても良さそうなものですが、それも無ければ似たようなものもありません。
何か武器が無ければ、戦いようが無いではないですか。
「どうしよう」
そうこうしているうちに、「来たぞ! 大軍だ!」という声が聞こえてきました。
「もう来たの!? 武器がまだ無いんだけど、どうすればいいのよ」
ちらりと門の方に視線を向けると、オークらしき魔物が数十体、門に向かって押し寄せて来ていました。
体長二メートル程の肥満した体型で、なかなかの巨体です。
豚のような顔をしているのに二足歩行をしていて、獣の皮で作ったような服まで身に付けています。
その手には巨大な棍棒を持ち、武器まで扱える人型の魔物でした。
「いったい何匹居るの!? ちょっと怖いんですけど!」
一匹のオークが棍棒を一振りしただけで、こちら側の人間が二、三人纏めて吹っ飛んでいました。
見る間に二十人も居た武装した人間が、ことごとく薙ぎ倒されて行きました。
やばい、と思った私はすぐにスマホの画面から、『獣』のアイコンを押しました。
黒い塊りが飛び出すと、すぐにそれはスリムな犬の姿になって、私の足元でお座りしています。
「ロデム! えっと、何か大きくて強そうなものに変身してあいつらを退治して!」
とても抽象的な命令でしたがロデムは中々優秀らしく、その姿を体長五メートル程の、真っ黒な石の巨人に変えました。
「ゴーレムってやつかしら? それでいいわ! やっつけて!」
ロデム・ゴーレムはその巨体をオークに向けて、砂塵を巻き上げながら飛び出して行きました。
巨体ながらも俊敏な動作です。
オークの集団に突撃すると、二メートルはあるオークを数匹、弾き飛ばしました。
「行ける! 強いじゃないのロデム、これなら行けるわ!」
ちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返し、猪突猛進のオークを事もなげにあしらっているロデムはとても頼りになりました。
けれども、オークも残り五匹、という所で――
ロデムはパッと、忽然と姿を消してしまったのです。
「ああっ! なんで一分しか持たないのよ! 馬鹿神様の役立たず!」
二十人も居た武装集団はすべて地に倒れ、涎を垂らした興奮状態のオークたちに囲まれて睨まれ、たった一人で立ち尽くす私は――
「あっ……」
――恐怖のあまりちょっとだけ、本当にちょっとだけ、……漏らしてしまいました。




