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異世界コンビニ☆ワンオペレーション  作者: 山下香織
第二部 第二章 追跡者
76/110

76・困った時の・・・

 私たちは大人しく、自警団本部に連行されました。

 そこはこの街の、冒険者ギルド支部の建物の中にありました。


 自警団の団長は、私たちを一室にまとめて閉じ込めて、朝になったら尋問を始めると言っていました。


「さて、どうしましょう?」

「馬鹿ですか、サオリは。逃げればいいではないですか。わざわざこんな事に付き合う必要もないでしょう」


 確かに転移してしまえば、どこにでも逃げる事は可能ですが。……それでいいのでしょうか?

 私たちが指名手配にでもなったら、この先の旅がさらに面倒な事になるかも知れません。


「ちょっとランドルフに相談してくるから、待ってて」


 困った時のシルバニア家です。

 私はラフィーだけをお供に、王宮へと転移しました。


 そして、私が戻って朝を迎えた時には――


「よし、お前ら一人ずつ順番に取り調べるから、呼ばれたやつは出て来るんだ」


 扉を開けて入ってきた自警団の団長は、部屋の中の面々を眺めた後……その中の一人を見て口をあんぐりと開けて固まりました。


「な、な、なんでシルバニア国のデニス国王が!?」


 そう言えば、すっかり忘れていましたけれど、シルバニア国の国王の名前は、デニスと言うのでした。

 そのデニス国王が、何故か私たちと並んでちょこんと座っていたのでした。この部屋の中で一人だけ、明らかにその風貌は異質でした。

 だって、王様の恰好をしているのですから。頭の上には、もれなく王冠もセットされています。


「国王なのだ。眠いのだ」

「ははーーっ!」


 すぐさまひれ伏した団長のそれは、条件反射だったのでしょう。

 ここに国王が居るはずが無いという思考にさえ、及ばなかったようです。


 私はランドルフに相談をするつもりで王宮に転移したのですが、そのランドルフが国王を連れていけと言うので遠慮なく拉致して来たのです。

 もちろんランドルフも同行しています。


「この方が話が早いだろう? サオリ」

「そうね……笑っちゃうくらい」

「この街がまだ、シルバニア国の領地だから良かったけどね」


 こんな無茶苦茶が国王に対して通用したのも、私は魔王アランの討伐に成功した功労者でもあり、次の魔王を討伐するために旅をする、勇者でもあったからです。

 以前、国王のお願いを聞いて、ローランドの蘇生をしたという縁もあります。


「サオリには世話になっておるのだ。勇者なのだ。解放するのだ」

「ははーーっ! 仰せの通りに!」


 たったこれだけで、事は済みました。


「では国王様を王宮に戻すわ。ランドルフはどうする? ……少しお話でもする?」

「俺も送ってくれ、まだ仕事が残っているんだ」


 ランドルフの態度はいつも、私に対して好意的ではありますが、仕事に対しても真面目なので仕方がないですね。


「つれないなぁ……そうだ、ランドルフは私の婚約者って事にしておいていい? ペンダントを持つ理由が欲しいだけなのだけど」

「好きにしてくれて構わない。俺は最初、そのつもりでペンダントを渡したのだけどね。君にそのつもりが無くても持っていてくれてるだけで嬉しいよ」

「ランドルフ……」

「帰るのだ」


 いつでも会えるからと、ランドルフは国王と一緒に王宮に送りました。

 

 でも……でも。


「婚約者のままでいいですって?」


 嘘から出た真という事でもないですが、これは……いいえ、私はまだ元の世界に戻るという事を諦めてはいません。

 またしてもランドルフを裏切るような事になってしまうかもしれませんが、それだけは譲れない事なのです。

 

「勇者様! 大変失礼いたしました! どうぞお引き取りください!」


 態度が百八十度変わった団長はそう言いますけれど、一応私としても、このまま釈放というのも気持ちが悪いので、あの場の状況を説明してあげました。

 床に残った血痕も、とある泥棒のものでその怪我も治っているし、泥棒の件も片付いたので心配はいらないと言っておきました。


「なるほど! 魔族が絡んでいるというのですな! 流石は勇者様です、戦いは既に始まっているのですな!」

「それはいいのですけど、エメドーラさんは多分、もう居ないと思います。どこかにご家族とかは居なかったのでしょうか」

「あそこの女主人は昔から一人者でした! あらためて調べてはみますが、身内は居ないと思います! 勇者様!」

「そう、ですか……」


 エメドーラは多分、人間だったと思います。

 ジークによって操り人形にされるまでは、普通に生活を送り、あの宿屋を経営していただけだったのだと思います。

 あの魔族一人のせいで、エメドーラのような犠牲者がいったい何人居る事でしょう。


「ここはギルドよね? 他の街のギルドにも御触れを出しておいて欲しいのだけど」


 他の高級宿屋にも、罠が仕掛けられていないとは言い切れない故の処置ですが、それを見破る手段も分からないので期待は出来ませんが、何もしないよりは良いでしょう。


「なるほど! 魔族の手による侵略がないか調べておくよう、通達しておきます! ありがとうございます、勇者様!」

「あの、その勇者様っていうの、大きな声で言わないで欲しいのですけど……」

「はっ! なるほど! 失礼いたしました、勇者様! 隠密行動の最中だったのですな!」


 いや、ただ恥ずかしいだけなのですが……。


 とにもかくにも、私たちは釈放されました。

 ランドルフとデニス国王には感謝です。


 ギルドの建物を出る時に、自警団やらギルド職員やらが大勢集まり、盛大に送り出されました。


「「いってらっしゃいませ! 勇者様!」」

「……」


 ここでカーマイルが、ぽつりと一言――


「あの馬鹿のせいで要らぬ注目を集めてしまっているではないですか。殺しておきますか?」

「あなたも黙ってて……カーマイル」


 とは言え、本当に周りの視線を集めてしまったので、私たちはそそくさとその場を後にしました。

 早朝のギルドは、冒険者が多く集まってくるみたいです。


 しかしカーマイルがこんなにも、人間に対して簡単に命を奪う事を厭わない性格だったとは、旅をして初めて知りました。

 もしかしたら、他の天使たちも、それぞれ同じような性質は持っているのかも知れませんね。

 むしろカーマイルは素直な方で、その性格故の言動なのかと思います。


 ラフィーやニナにしたって無垢な天使に見えますが、無邪気さ故の残酷さも併せ持っています。

 私の生死にかかわるお店(コンビニ)の結界を消してしまったのも、ラフィーの「邪魔だったから」という、理由によるものでした。


「では、私も戻りますね。ご迷惑をお掛けしました、サオリ様」


 カルミナが私に向かって、一礼しました。

 迷惑を掛けたのは、私たちの方だと思います。

 カルミナには色々と、嫌な思いをさせてしまいました。

 ……トラウマにならなければ良いのですが。


「カルミナさんも元気でね。また旅をするのでしょう?」

「はい。この街はなんだかんだと長く居ました。そろそろ次の街へと旅立とうと思います」

「カルミナさんの歌も聞きたかったけど、それは次に会った時のお楽しみにさせてもらいますね」


 カルミナは自分の足で、仮住まいの小屋のある酒場へと帰って行きました。

 カルミナが持っていたペンダントは、私が預かりました。

 いずれエリーシアに返すために。


 私たちはこの街を出るつもりだったので、街のはずれの門がある場所まで、歩いて行きます。

 フォウに馬車を出してもらうのは、街を出てからです。


 しばらく歩いてから、ようやく門の場所まで着いた時、私の視界にあるものが映りました。


「あれは、何?」


 街の外壁……と言うには少しお粗末な壁の際に、ポツンと小さなテーブルが設置されていて、その上に何か小さなものが乗っていました。

 近くに寄って確かめてみると――


「これって……もしかしたら……」


 見てみると、芋が半分に切られたようなものの断面に、文字と図形が彫り込まれていました。

 テーブルの下に質の悪そうな紙も数枚、置いてあります。

 

「お芋のハンコだ……もしかして、これ……」


 頭の中で、あるものが閃きました。

 もう、アレにしか見えません。


「スタンプラリーじゃないの!? これ!」


 この世界の誰が、こんなものを考えついたというのでしょう。

 何だか信じられない気持ちもありましたが、好奇心も手伝って、私は嬉々として置いてあった紙を手に取ると、ハンコを押そうとしました。

 ――が。


「朱肉が無いわ」

「何をしているのですか、サオリは」

「ハンコとは、なんでしょう?」


 カーマイルもフォウも、これが何なのか分からないようです。


「この断面に色を付けて紙に押すと、ここに掘られた模様が紙に転写されるのよ」

「それを何に使うのです?」

「えっと、……記念?」


 でも朱肉が無いので出来ませんね。どうしましょう。

 別に朱色で無くてもいいのですが、何かないでしょうか。


「自分の手でも切れば、血が出るではないですか」

「絶対嫌だ!」

 

 以前、絶体絶命のピンチにインクを求めて、それをやって痛い思いをした記憶がフラッシュバックしましたが、頭を振ってそれを振りほどきます。


 私の持っているインク壺では小さすぎて、このハンコには合いそうもありません。

 近くに居る門番らしき人に、聞いてみる事にしました。


「あの、すみません。あれを使うにはどうすればいいのですか?」


 ハンコが置かれたテーブルを指差して訊ねてみると、門番の人は「ああ、」と言って門に併設された詰所のような小屋から、小さな箱を持ち出して来ました。


「そんなもの使う人なんて久しぶりだよ。この箱の中の液体を使うんだけど、本当に久しぶりなんで液体が固まってるかもしれないね」


 それを開けてみると、真っ黒な固まりが箱の半分ほどを埋めていました。

 インクだったもの……なのかどうかは分かりませんし、原材料も不明です。

 指で突くと完全には固まってはいなくて、ゼリー状になっています。

 朱肉として使うのであれば、むしろ液体よりも使いやすいのではないでしょうか。


「ありがとう、使わせてもらうわ」

「そうかい。では銀貨一枚だ」

「高っ!」


 いや、銀貨一枚くらいは私にとっては安いものですけれど、このハンコを一回押すだけで銀貨一枚――つまり千円もするというのです。

 

「記念だから、ま、いっか」


 フォウの袖口から、銀貨を一枚取り出してもらって、払いました。


 あらためてハンコが置いてある台に向かい、下に置いてあった紙を取り出して、門番から受け取った箱の中の黒い固まりに、芋のハンコを押しつけました。

 紙もなんだか安物で、パリパリな感じですぐに破れる……というより、割れてしまいそうです。


 紙にはマス目状に線が引かれ、六個のマスがあります。

 そのマスの一つにゆっくりと、パリパリな紙が割れないように気を付けながら、ハンコを押して行きます。

 すると、紙には綺麗に丸い模様が転写されました。


 大きな丸い円の中に、縦に線が二本入っているとても簡単な模様です。

 その下に、『ラナウダリス』という文字がありました。

 この街の名前でしょう。――始めて知りました。


 ハンコを押した紙の、空いたマス目は残り五個。

 それを見て、私は確信します。


「絶対スタンプラリーだよね、これ」


 門番の人にインクの箱を返しながら、聞いてみました。


「よく知っているね。誰が考えたのかは知らないけど、参加している街は他にもあるよ。誰もやらないから儲からないんだけどね」


 凄いと思いました。

 こんな異世界で、こんな娯楽を考えるだなんて、その人は天才なのではないでしょうか。

 娯楽とも言えないようなお遊びですが、この殺伐とした世界にあって、これを考えた人は心に余裕があったのだろうと思います。


「他のどの街に行けば、スタンプが置いてあるのかしら?」

「ああ、そういえば案内もあったな」


 門番の人はまた小屋に戻り、一枚の紙を出して来てくれました。


『門印を集めて豪華特典!・門印が置いてある街は全部で六ヶ所!・全部集めれば招待状が届くよ!』


「何この怪しい謳い文句は……どこの街に行けばいいのよ。というか、どこから招待状が届くのよ」

「門印はその街の特産とか、シンボルとかだって聞いたよ。ちなみにこの街は『豚』だ」

「これ、豚のマークだったのですね」


 確かに豚の鼻に見えなくもないです。

 まぁ、お遊びですから、豪華特典とやらは期待しませんが、どこかの街に寄ったらハンコの有無くらいは確認してみようという気にはなりました。


「そろそろ、行きますよ。サオリ」

「そうね。面白いものを発見してしまったわ」


 門を抜けて少ししてから。フォウに馬車を出してもらいました。

 御者台にはフォウが座ります。


「じゃあ、次の街へ行きましょう。スタンプ全部ゲットするわよ!」

「なんでノリノリなんですか。馬鹿ですか」


 フォウが操る私たちの馬車は、軽快に走りだしました。


「さよなら、エメドーラ、カルミナ……泥棒さん」  


 エリーシアの事は諦めたわけではありません。

 いずれジークを追い詰めて、真相を確かめてやります。


 ――絶対に。


「あっ! この街で美味しいもの食べてなかった!」

 

 高性能の馬車は砂煙を撒き上げて、もの凄いスピードで走り――

 街はすぐに小さくなって、見えなくなりました。   


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