55・終焉の行方
「ありゃ、サーラってば次元魔法使ったの? それって別次元に飛ばされるだけで生きてるんじゃね?」
アランがサーラの使った魔法を見て、一言申しています。
私は以前、フォレスと合体した時にアランの過去を覗いて、前のアランの最後の記憶を見ています。
フォレスもアランと合体していた事があった為に、その記憶も共有していたからです。
今のアランの意識が覚醒する前のアランです。
アランと敵対し、魔王になりかけたサーラが放った次元魔法は、竜の子ルルをこの世界の理から解き放ち、違う姿へと変貌させてしまったのです。
それは偶然なのか、サーラの持つ大魔導師の杖と融合するという結果になったのですけれど、その一部始終をを見た私はその魔法の特徴から、サーラの使った魔法が次元魔法だと分かっていました。
「アラン様、あのスライムはおそらく……もう生き物としての姿は保って無いものと思われます。……それが宇宙の塵なのか、この世界の粒子なのかは分かりませんが……自我というものさえ残されていないかと……それをはたして生きていると言えるのでしょうか」
とにかく難しい事は分かりませんが、次元魔法恐るべし……なのです。
「まあいいや、あのスライムがどうなろうと知ったこっちゃない」
確かにアランからしたら、あのローランドが死のうが消えようが、どうでもいい事なのかもしれませんが……。
ローランドを間接的にとはいえ、死に追いやった私の心中は穏やかではありませんでした。
「やっぱり……私のせいで……ローランドは……」
今にも泣きだしそうな私に、アランは「面倒くせえな……」と小声で呟きつつ体はサーラに向けたままで、首だけを四十五度傾けてこちらを睨みます。
「おい、サオリ。ここにはちょうどメンバーも揃ってるし聖剣もある。……そこでだ」
「……はい?」
アランが私に向き直り、何かを提案しようとしていました。
嫌な予感しかしません。
「そこでだ。例の魔王一年問題とやらを、ついでにここで解決させちまおうぜ」
魔王一年問題。――魔王が誕生して一年以内に倒さないと世界が滅ぶという例のアレです。
「ここで? 今から何をするっていうの?」
アランは口角を上げ、ニヤリと笑うと平然と言ってのけました。
「そんなの簡単じゃん。俺を殺せばいいんだろ」
それが簡単な事でしたら、みんな悩んだりなんてしません。
何よりも魔王のスキルである『絶対防御』によってどんな攻撃も跳ね返してしまう人にいったい誰が敵うというのでしょうか。
それに何故アランがその気になったのでしょう。
「絶対防御を破れる聖剣がここにある。そして俺がやられてやるって言ってるんだから簡単だろ?」
「それって自分で……って事?」
まさかこの魔王が自決を計ろうというのでしょうか。
「うんにゃ、自分じゃ出来ない。魔王は勇者の資格を持てないからな。俺はあくまでも魔王だ。だからサオリ、アンタがやるんだよ。その剣で俺を突き刺せ」
「!?」
この人はいったい何を言っているのでしょう。
虫だって殺せない私に、人殺しをしろと?
無理に決まっています。ただでさえ元日本人という繋がりもあって、ましてや十歳の少年の容姿をしている目の前の子供を刺し殺せるはずがないじゃありませんか。
「嫌です。私が人殺しになれるわけがないでしょう? 無理です。どうせならそこに居る天使にでもやってもらったらどう?」
カーマイルがそれを受けて答えます。
「天使は聖剣を持てたとしても、魔王が魔王であるように天使は天使なのです。勇者にはなれないのです。つまり天使が聖剣を使っても魔王の絶対防御を破れません。だからいつも勇者が魔王討伐に向かう時は、サポート役でしかないのです」
「だったらここに居る騎士団の方々は……」
周りで様子を窺う騎士団の面々を見ましたが、聖剣を持てそうな魔力の持ち主は――
「そんな剣を持てる者が居たら、騎士団なんてやってないですよ」
誰だっけ? この人……確かランドルフの同僚の――
「ダルカス、黙ってろ」
「すいません、ランドルフ騎士団長」
そうそう! 確かダルカス……って、え? ランドルフって騎士団長だったの!?
えっと……今はそんな事どうでもいいわね。
「つまり、アンタしか居ねえんだよ。勇者サオリさんよ。覚悟を決めて世界を救えや」
「アランだって死んでもいいの? それでいいの? 本気で世界を救おうとしてるの!?」
アランが何を言ってるんだこいつって顔をしています。
「アホかよ。何で俺がタダで死ななきゃならねえんだよ」
「じゃあ何でよ!?」
アランが私のショルダーバッグを指差します。
「そこ。そのカバンに入ってるノートとペン。アンタにしか使えない魔法があるじゃねえか」
「私にしか?」
まさか……それって。
「ここに居る天使にもサーラでさえも使えない魔法が、アンタだけは使えるんだ。俺が死んだらそれをやってくれ」
「――蘇生魔法!?」
確かに死んですぐなら、アンデッドにならないで済むとは思います。
だけど……だけど。
「それでも私に人は殺せません!」
「何言っちゃってるんだよサオリ。いいか? 俺を殺らなきゃこの世界も終わる。つまりアンタだって死んじまうんだぞ? 俺だってあと何か月猶予があるのか知らねえけど、結局狙われる事になるだろ」
「誰に狙われるのよ?」
またしてもアランは、何言ってんだこいつって顔をしています。
「アホかよ。勇者候補に決まってんだろうが。そしてそいつは聖剣を奪いにアンタの前にも現れる。俺はアンタが素直に聖剣を譲るような玉には見えねえ。そしたらやっぱりそこでも戦争がおっぱじまる」
「そりゃ聖剣は今となってはローランドの形見みたいなものだし、ランドルフにも悪いから素直に譲るって事はないと思うけど……」
アランは左手を腰に当て、右手の人差し指を私に突きつけます。
「で、その結果どこの誰かも分からんやつに魔王討伐させるくらいなら私がやるって決意するアンタの未来が見えるんだよ。アンタはそういう面倒くさい女なんだよ。そうに決まってんだよ。だったら俺がその気になってる今、やっちまえってんだよ」
何だか癪に障る言い方ですけれど、そんな事を言われたって……無理なものは無理なのです。
絶対に人殺しなんてしたくありません。
「アンタがやらなきゃここに居る天使も騎士団の連中もアンタ自身も死ぬんだ。だったらやるしかないだろ? いつやるの? 今でしょ!? それがアンタの生き残る唯一の道なんだよ」
「私の……生きる道……」
(サオリ様、ここは私にお任せください)
「フォレス!? このタイミングで目覚めたの!?」
私の中で眠っていたフォレスが、いつの間にか目を覚ましていました。
一度死に掛けたフォレスは、療養の為に眠りについていたのです。
「駄目よフォレス、出てこないで!」
(今の魔王を倒す事こそ、私の生きる道でもあるのです。失礼します)
気力も体力も精神力も復活したフォレスに、抗う事は出来ませんでした。
「さて、殺しますよ。魔王」
私の意識は完全にフォレスの後ろに追いやられ、体の自由はすべてフォレスのものとなってしまいました。
(やめて! 私の体で人を殺さないで!)
「ごめんなさい、サオリ様。諦めてください」
アランは怪訝な顔をしていました。
「おや? もしかしてまだ妖精が中に居たのか? そいつは都合がいいね。さっさと殺れよ」
アランが両手を大きく広げます。
「では、遠慮なく。……魔王! 覚悟! 死んで私のアラン様を返しなさい!」
迷う事もなく、聖剣がアランの心臓を目がけて突きだされました。
宣言通りすべてを受け入れる姿勢のアラン。
躊躇いのないフォレスの一撃。
聖剣が魔王の絶対防御を潜り抜け――
何の抵抗もなく、ズブリと刺さってゆく感触が私にも伝わってきました。
人の体はこんなにも簡単に、異物を通してしまうものなのでしょうか。
それは聖剣だからなのでしょうか。
一気に剣の鍔元まで潜り込ませて、フォレスはご丁寧にも捻りまで加えていました。
(嫌だあぁぁぁぁ!)
前に一度学院で、私がアランに聖剣を思わず振るった時は、跳ね返されなくても絶対防御は破れなかったのに!
アランに防御する意志が無いから、聖剣の効力がそのまますんなりと通ってしまったのでしょうか。
「あっ、何か俺の中の魔王の欠片が破壊されたっぽい……こりゃ確実に死ねそうだな」
決して細くはない剣身を胸いっぱいに突き刺したまま、悠長に語るアランは確実に死を覚悟しているように見えます。
その顔はみるみるうちに青ざめて行き、大量に吐血すると……やがて瞳の光が奪われました。
魔王の欠片とやらが破壊されたのがきっかけだったのでしょうか、何かのスイッチが入ったような気がしました。
聖剣から伝わる波動が、何かを私に伝えてきます。
それは、これまでと違う何かに変わるもの。
それは、これから変わるための、特別な儀式。
それは、――世界改変のスイッチでした。
本来、世界が終わりを迎えるはずだった道から、世界を残すという道にラインが切り替わったのが何故か私には分かりました。
魔王誕生から一年以内に、その魔王を討伐しなければ世界が滅ぶというこの世界のルールに、私がこの手で直接関与したのです。
気が付けば真っ白な空間に漂っていました。
これは一瞬の出来事なのか、それとも永劫の時の中なのか、そもそも時は流れているのか……。
天井も床もない只々白いだけの世界で、私は仲間の姿を求めて視線を彷徨わせます。
私の中のフォレスの意識も感じ取れません。
「みんなどこなの? アランは? 早く蘇生魔法を……」
言葉途中で倦怠感が突然襲ってきて、眩暈までします。
目を開けていられなくなり世界がぐるぐると回る感覚に、前にも一度体験したとぼんやりと思い出しながら――
私の意識は遠のいて行きました。
◇ ◇ ◇
目が覚めた時の視界は全面が青で、それが空だという事を漂う雲が教えてくれました。
私は空高く――空中に浮かんでいました。
周りには誰も居ません。
私がただ一人、落下もせずに空に浮かんでいるのです。
下を覗けば、見慣れた風景が広がっていました。
私の知っている高層マンションが最初に目につき、私が通った小学校や商店街も見えます。
私の住んでいた家の屋根も見えました。
そう、見慣れた風景です。
「え!?」
今、私が居る場所――ここは。
ここは、……東京上空でした。




