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異世界コンビニ☆ワンオペレーション  作者: 山下香織
第一部 第一章 混沌の世界
5/110

5・ポイントカードはお持ちですか?(あったら怖い)

 コンビニで扱う商品を発注するための、DOTという端末があります。

 タブレット型でタッチパネル方式になっています。


 バックルームで何気なくそれをいじっていたら、見慣れない商品がありました。



『レッサー・ヒール・ポーション 0/99』

『ノーマル・ヒール・ポーション 0/99』 

『ハイ・ヒール・ポーション   0/99』


『レッサー・キュア・ポーション 0/99』

『ノーマル・キュア・ポーション 0/99』

『ハイ・キュア・ポーション   0/99』



「これは!?」


 先日の三人パーティーの方が言っていたやつではないでしょうか。回復薬ですよね、きっと。

 発注出来ちゃうのでしょうか。これによると、最大発注数は99までとなっています。


 でもヒールとかキュアとかって何でしょう。

 DOTには商品詳細というボタンがあります。押してみます。


 レッサー・ヒール・ポーション

 体力回復・弱


 レッサー・キュア・ポーション

 毒治療・弱


 なるほど、ポーションの種類が違う事が分かりました。

 発注数を入力してみました。すべて最大数の99にしてみます。


 入力を終えたら、DOTの画面をメインメニューまで戻します。

    

 その状態でストコン(ストアコンピューター)に繋がる充電スタンドに差し込みます。

 これでDOTからストコンに情報が送り込まれます。


 ストコンのモニターはいつもの画面ではなくなっていました。

 いろいろと文字化けをおこしていて、読める所がほとんどありません。

 

 しばらくモニターを眺めていると、やがて発注送信のボタンだけが読めるようになり、有効になりました。

 押します。発注、送信、確認。

 ――送信中。


 このコンピューターはいったいどこへ情報を送信しているのでしょうか。


 やがて送信も終わり、発注は完了しました。


「まさか、ね」


 まさかとは思います。

 これが元の私の世界に送信されたとは思えませんでした。それに商品が私の世界の物ではありません。


 私の世界の今までの商品も、DOTには表示されていましたが、それはグレーの色で色分けされ、発注数を入力できない状態になっていました。


「これでポーションが届いたら、笑っちゃう」


 どうせなら日用品が発注できたらよかったのに、と思いました。

 店内にあった私にこれから必要そうな物は、既に回収してあります。


 生理用品とか、トイレットペーパーとか、下着類とか、身の回りのものすべて。

 消耗品はやがて無くなります。その後どうするかも考えなくてはなりません。


「お風呂、入りたいな」


 キッチンでお湯は出ます。でもお湯を溜めるスペースなんてありません。

 売り物だったハンドタオルをお湯にひたし、体を拭く事くらいしか出来ません。


 そんな事をバックルームでひとり、下着姿になってやっていると、むなしくなります。

 防犯カメラはバックルームにも設置されていて、専用のモニターに私の姿が映し出されています。

 

 録画もされています。

 この映像を見る者が私だけだからいいようなものですが、カメラが向けられているのは気持ちのいいものではありません。

 後で三脚を使って、カメラの向きを変えておきましょう。


 防犯カメラのモニターは、すべてのカメラの映像を分割して、同時に再生しています。

 そのひとつの、お店の扉付近を映すカメラに、ランドルフが現れました。


「もうそんな時間なのね」


 すぐに入店を知らせるチャイムが鳴ります。私はカウンターに出てランドルフを迎えました。


「いらっしゃいませ。ランドルフ、こんばんは」

「やあ、サオリ。今日は何もなかったかい?」


 私はポーションの事をランドルフに伝えました。


「それでポーションは入荷するのかい?」

「わからないわ。まさかとは思うんだけど、ポーションが表示されたという事実が、私を半分信じさせてるって感じ」


「もし入荷したら、うちに優先して売ってくれないか? 王都では今、ポーション不足なんだ」

「そうなんだ? それはもちろん構わないわ。入荷したらだけどね」


 一見、仲良さげに会話をしていますが、私とランドルフはカウンター越しです。

 そして私はお店の制服を着ています。

 

 ここは店内、私の職場なのです。そういう意識が、私のプライベート感覚を許しませんでした。

 お店でイチャイチャなど言語道断なのです。


「ちゃんと食事はとれているのかい? サオリ」

「うん、一応。何だか脂っこいのばっかりだけどね。そうだランドルフ、うちのから揚げ食べてみる?」


 私は冷凍庫から、から揚げの入った袋を取り出し、フライヤーに五個並べました。

 モードB、二番のボタン。五分。


 専用の紙の容器を組み立てます。折りたたまれているそれは、から揚げを入れるための折り紙容器なのです。

 底を広げ、表裏四か所に折り目をつけ立体的にし、楊枝を刺す部分を開け、蓋となる部分に折り目を入れる。

 ベテランの私のこの作業は、滑らに、流れるように、速いのです。


 このフライヤーもいつまで使えるだろう。油が切れたら終わりです。


「はい。おまたせしました。その楊枝を刺して食べるのよ」


 ランドルフはそれを受け取り、楊枝をから揚げに刺し、一口に口に入れました。


「熱っ」

「揚げたてだもの。気を付けて」


「でも美味いな、これ。味付けがいい」

「揚げたては何でも美味しいのよ」


 するとランドルフは懐から硬貨を出してきました。


「これで足りるかい?」

「……」


 私はサービスのつもりで出しました。

 でもランドルフのその姿を見て、固まってしまいました。


 別にお金なんていらない、でもそのやり取り、その行為が、私にはとても重要な気がしました。

 私の体に染みついたもの、それを行う事でどれだけ心が落ち着くでしょう。どれだけ心が安らぐでしょう。


 私はレジのタッチパネルで、から揚げ五個を呼び出し、タッチします。


「二百十六円になります。お客様」

「じゃあこれで」


 お金を受け取り、レジに放り込みながら――


「ポイントカードはお持ちですか?」


 ――ランドルフに訊きましたけど、首をかしげています。そりゃそうですよね。


 レジから吐き出されるレシートを両手に持ち、お客様に捧げるように持って差し出します。

 お釣りが出なかった所をみると、等価の判断をこのレジはしたらしいです。


「二百十六円丁度のお預かりですね。レシートのお返しです。ありがとうございます」

「ああ、ありがとう」


「またお越しくださいませ」


 両手を前に揃え、静かに軽くお辞儀をします。


 私はこの一連の動作を、心をこめてやり遂げました。

 私の日常だったそれは、今はもう違う世界のものです。


 この世界にだって色々なお店もあるだろうし、その売買のやり取りも当然ある事でしょう。


 でもこのお店で、この制服を着て、このマニュアル通りにする挨拶は、ここだけのものなのです。


 私もこの先また、違うお客様に違う商品をお渡ししているかもしれません。

 でもそれは、この世界での行為なのだと思います。


 ポイントカードなんて尋ねる事もないでしょう。

 レシートなんて渡す事もないでしょう。


 だから今、このランドルフにした行為が、私の本当の意味での最後の接客だったのかも知れないのです。



「本当に、ありがとうございます。お客様……ランドルフ」


 私は涙を浮かべ、心をこめて……心の底から感謝するのでした。



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