43・これが私の生きる道
フォレスの記憶を覗いた私は、この森で起きたアランパーティーと魔族との死闘を振り返ります。
それは一人の魔族と、アランパーティー五人の戦いでした。
天使二人と、竜に変身した少女に加え、魔法探偵の少女も居たにも関わらず、たった一人の魔族に手も足も出なかったのです。
アランを守ろうとして、フォレスの片腕が失われました。
そのフォレスを助けるべく、合体を試みるアラン。
その結果――
ドレイン能力を手にしたアランは、その力をもって魔族を打ち破ります。
フォレスの記憶にあるアランは十歳の少年ではありませんでした。
立派な青年です。
そしてこのアランは、とても――
とても心の優しい男性でした。
あの学院で見たアランとは別人のようです。
アランと一度合体しているフォレスの記憶から、私にもアランの過去が見えます。
この世界で魔力無しという、忌み子として疎外されながら生きてきたアランは、天使と出会った事で人生が変わりました。
前世の記憶を持たない、転生に失敗した者。
転生者特有の特別な能力も何も無く、本来あるべきはずの魔力は反転してマイナス値となり、いっさいの魔法が使えない『転生失格者』。
魔法ありきの世界で、魔力の無い者がどのようにして生きてきたのか、どれだけ虐げられてきたのか、そんなアランの人生が垣間見えました。
フォレスは妖精の森に来るまでのアランしか知りません。
その後、どのようにして魔王になったのかは分かりませんが、アランは少年の姿になり、本来の魔力を取り戻し、そして前世の記憶も甦らせたのです。
それが私の見た、アラキシンゴという十歳の少年です。
『サオリ様の住んでいた世界って、私にはまるっきり未知の世界なのですね。……それよりも、これが今のアラン様……』
フォレスが私の記憶を見て、感想を漏らします。
『とても、あのアラン様には思えません。いったい何があったのでしょう』
『やっぱり別人なの?』
同名の別人だとしたら、フォレスの知るアランは何処に行ったというのでしょう。
この森から魔王の居城へと向かったはずなので、そこから行方知れずというのでしたら、もうこの世には……。
『サオリ様の記憶だけでは分かりませんが、実際に会ってみればその魔力を見て判断がつきます。私はアラン様の魔力をまだ表に出ていないマイナスの力だったとはいえ、この身を持って知り尽くしていますから』
そうなるとやはり、一度会わせなければフォレスも納得出来ないでしょうね。
『なら、やっぱり確かめに行かないとね。フォレス。まだ一ヶ月も経っていないけど、どうする? すぐに会いに行ってみる?』
『はい、すぐに確かめたいです。サオリ様。どんな姿になっていたとしても、アラン様が生きていると、確信したいのです』
私はこの後、すぐに後悔する事になりました。
◇ ◇ ◇
『アラン様を返してください!』
私と合体したまま、私の姿でフォレスがアランに詰め寄ります。
私たちは学院へと転移すると、すぐにアランパーティーと会えました。
ですが出会ってすぐに、フォレスの知るアランの魔力だと確認出来たものの、その容姿だけでなく人格さえも別人となっていた事に、フォレスは戸惑い、落胆し、怒りを露わにしました。
「ちょっと待てよ。あんたサオリじゃねえの? 声がダブってるけど、誰かに憑依されてんのか? 返してくれと言われても俺は俺だし、元のアランは綺麗さっぱり消えちまったみたいだぜ」
『そんな! お願いだからアラン様を! アラン様を返してください!』
私はどうしていいか分からずに、この身をフォレスに任せています。
「それよりも、こないだの子はどうなった? まさか……死んじまったか?」
『ラフィ―はあの後すぐに回復したから何も心配はありません。こちらこそ突然攻撃してしまって、ごめんなさい』
私が割って入って、答えました。
「あの状態からすぐに回復しただって? そいつはすげえな……てかマジで二重人格的な? 大丈夫か? あんた」
『混乱するかもしれませんが、憑依でも二重人格でもありません。ちょっと……合体しているだけです』
『お願いですから、アラン様を!』
フォレスは大好きなアランの魔力を近くに感じて、自分を抑えきれなくなっているようです。
今にもアランに飛びかかりそうな自分の体を抑えつつ、私の言葉でアランに訊ねました。
『あなた、フォレスという妖精の事は覚えていない? 妖精の森で生まれた、あなたの子供よ』
「マジかよ。元のアランってのは子持だったんかよ。つーか悪ぃな、子供作った覚えなんてねぇわ。俺、童貞だし」
『ひどい! その魔力はアラン様のものです。……お願いですから……返して……』
「そのフォレスってのと今、サオリが合体してるのは分かったけど、俺にはフォレスの事なんて分かんねえし、責任取れとか言われても困るぜ。……てか、そっちの子……また違う天使連れてんのかよ? あんた」
アランの視線がカーマイルに向いていますが、カーマイルは面倒くさそうに、そっぽを向いています。
「第五天使ですね。あなたからも言って下さい。このアランに攻撃をすると先日の第三天使と同じ結果になるという事を」
青い髪の、アラン側の天使が忠告をしてきます。
フォレスの次の行動を察したのでしょう。
合体をしている私には分かりました。
フォレスは『エナジードレイン』を使ってアランの魔力を奪おうと考えていたのです。
魔力を奪った所でアランが帰ってくるわけでもないと思うのですが、フォレスはそうする事でしか自分の知るアランと繋がれないと感じているようです。
『お願いだから落ち着いて、フォレス。このアランには、こちらの能力は何も効かないみたいなの』
『だって、サオリ様……そこに……そこにアラン様が……アラン様の魔力があるのです。私……私……どうしたら』
カーマイルがようやくこちらを向いて、口を開きました。
「魔王の『絶対防御』ですね。それは勇者の剣、エクスカリバーでしか破れないものですから、何もしない方が賢明ですよ、サオリ……の中のフォレス」
聖剣エクスカリバーは、勇者にしか持てない剣です。
そこでふと思いました。
今、フォレスと合体している私なら、もしかしたら持てるのではないでしょうか。
天使から魔力をドレインしている状態ですから、聖剣を持つのに必要な魔力値はクリアしているのかもしれません。
『聖剣が……あるのですね、サオリ様』
『え? ちょっとフォレス』
私の考えを読んだフォレスの思考が、危ないものに変わりました。
『この魔王を倒せば、もしかしたら元のアラン様に戻るのではないでしょうか、サオリ様』
『ちょっと待って、フォレス――』
「おいおい、目の前で俺を討伐する相談とかウケるんですけど。その聖剣とやらを持ってきてもたぶん、俺はやられないよ」
自信満々のアランですが、私もそう思います。
けれど、元のアランを取り戻したいフォレスは違いました。
『そんな事、やってみなければ分かりません!』
「いいぜ。やれるもんなら、やってみな」
ちょっと待って下さい。
そんな事になって、戦いになった時に、使われるのは私の体ではないでしょうか。
『フォレス、お願いだから無茶はやめて、私の体で戦っても無理よ』
『サオリ様、ごめんなさい。私……どうしてもアラン様を取り戻したいのです』
私、怖いのも痛いのも嫌です。無理です。
それなのにフォレスときたら、完全に火が点いてしまったようです。
フォレスの思考が、私の頭の中に流れてきます。
どうしても……アラン様を……取り戻したい。
愛しい人の魔力が……違う人のものになっているのが……許せない。
だから……だから……サオリ様には悪いですけど……私……私。
この道を行くしか……無いのです。
私には……これ以外にはもう……生きる意味も……理由も無くなりました。
『これが私の、生きる道なのです』




