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異世界コンビニ☆ワンオペレーション  作者: 山下香織
第一部 第四章 これが私の生きる道
42/110

42・はじめての……合体

 アラキシンゴと名乗った。――魔王アラン。


 私にはあの少年が、同じ日本人には見えませんでした。


 顔立ちもそうですが、あの態度。

 目の前で真っ黒になったラフィーを見ても、動揺する事もなく平然としているなんて、とても現代の日本の少年とは思えません。


「やな感じよね……あいつ」

「こーな」


 リビングのソファでラフィ―を抱っこして座り、暖炉の中で燃える炎を見ていました。

 ゆらゆらと揺れるそれは、焼け焦げたラフィ―の姿を一瞬だけ想起させ、私は眉をひそめます。


「あの魔王……なんで魔法学院になんて通っているんだろう」


 ラフィ―の極大魔法さえも、跳ね返せるだけの能力を既に持っているのに、学院で学ぶ必要があるのでしょうか。

 何か狙いがあるのかもしれません。


 そういえば、あの教室には勇者の妹が居ました。


「もしかして、勇者を狙っているとか?」

「こーな?」


 魔王は勇者に討伐されるのが宿命なのです。

 転生したアラキ少年は、その運命に逆らおうとしているのではないでしょうか。


 日本人としての記憶を持っている彼が、魔王だからといって殺される事を受け入れられるとも思えません。

 彼なりに抗おうとしているのではないでしょうか。


「あの勇者の妹さん……魔王に目を付けられているのかな」

「ぐぅ」


 私に抱っこされたまま、寝てしまったラフィ―をそっとソファに寝かせ、お店に向かいました。


「カーマイル、今日は酔ってない?」

「なんですか? 今忙しいのですが」


 カウンターの内側で踏み台の木箱の上に立ち、ポーションのバーコードをピッピとスキャンをするカーマイルが居ました。

 よく見ると少し離れた所で棚の商品を物色している、鎧姿の男性のお客様がいらっしゃいます。


「はい、全部で三百個。大人しく金貨三枚を置いていくがいいわ」 

「うわ! カーマイル! そんな接客ないでしょ!」


 棚からカウンターに戻ったお客様は文句も言わずに、懐から金貨を取り出しています。

 

 迂闊でした。私はカーマイルに接客のなんたるかを教えていませんでした。


 何てことでしょう。

 あんな接客で常連様が付くはずがありません。


「お客様! 大変失礼いたしました。今後しっかりとこのクルーの教育を――」

「いやいや、私は何回か来てますけど、この子はいつもこんな感じですよ。気にするような事でもありませんよ」


「え?」

「そうですよサオリ。私の接客の何処がおかしいと言うのでしょう。遺憾です」


「可愛い店員さんが、王都では品薄のポーションを百個単位で売ってくれますからね。こんなに便利で良い店はありませんよ」


 鎧姿のお客様は――騎士団の方でしょうか――爽やかな笑顔を私に向けた後、ポーションの入った木箱を肩に担ぎ、お店を出ます。

 外に停めてある幌付きの馬車に木箱を乗せて、御者台に乗り込み、王都に向けて去って行きました。

 

「むむ。……何も言えないわ。この世界では接客サービスは二の次で、欲しい物が手に入るかどうかで、店員の質はどうでもいいのかもしれないわね」

「聞き捨てならないですね、サオリ。まるで私の質が悪いかのようではないですか」


 もし私のいた世界で、店員があんな態度だったとしたら、すぐにクレームが入ってもおかしくありません。


 その場合は大抵、そのお客様はその場では何も言わず、帰った後でコンビニの本部へ電話をするのです。

 そしてクレームの内容如何に関わらず、担当のSV(スーパーバイザー)に連絡が行き、お店を訪問して事実確認の後、警告及び指導をする事になるのです。


 実際、横柄な態度をとる店員はいます。


 店長やリーダーといった肩書きの人でなくても、長く務めて経験を積んだ人や年配の店員にありがちな事で、周りが高校生といった若い者が多いので、自分が上の立場で偉いのだと勘違いする人が居るのです。


 そういう人はお客様の前でも自然と横柄な態度になり、お客様にもしっかりと伝わるのです。

 お客様は意外と観察しているもので、店員の知らない所でクレームの電話が本部に行ったりします。


 まぁ、それはさておき。


「そうだカーマイル。これからフォレスの居る妖精の森に付き合って」

「ラフィ―が居るでしょう? 私は店番が――」


「ラフィ―は寝ちゃったのよ。すぐに戻るから、ほら行くわよ」


 カーマイルに体ごと接触してノートを開き、転移のページに書き込まれた簡易文字列の最後の三文字と行き先を書き込んですぐに転移します。


「もう! サオリはいつも私の仕事の邪魔ばかりしますね!」


 思えばカーマイルと会った最初の頃も、何度も呼び出して天使の仕事を邪魔していた気がします。

 終いにはトマトジュースを与えて酔っぱらわせ、帰らない天使にしてしまったのは私です。


「そういえばカーマイルは、いつからコンビニの店番が本職になったの?」

「ばっ……馬鹿な事を言わないで下さい! 私は天使なのですよ、神ジダルジータ様の元でやる事は沢山あるのです。今はサオリの監視役を仰せつかっていますから、サオリの傍に居るだけなのです」


 監視と言っても、ほとんど私と離れてお店番をしているような気がするのですが――




 冬を迎えようとしている森の景観は、葉をすべて落とした木々がとても寒そうです。

 私は発注して取り寄せた、ファー付きのコートを着ていますが、これって――


「この首元のファーって、魔物だったりするのかしら……」


 何の毛皮かも分からないのは、ちょっと怖いですね。


 転移してきた森の中をしばらく歩くと、私の目の前でつむじ風が巻き起こり、その中から妖精フォレスが現れます。


「よかった、すぐに会えたわ。フォレス」

「こんにちは、サオリ様。私はこの森の妖精。誰が森に入ったかすぐに分かりますわ」


 フォレスを見て少し躊躇いましたが、見たままを話すしかないでしょう。


「あのね、フォレス。私、アランに会ってきたの……」

「アラン様……」


 途端に目を輝かすフォレス。……やっぱり言いづらいです。

 

 魔王アランの印象は、私にとっては良いものではないのです。

 焼け焦げたラフィ―を見て、表情も変えないようなヤツなのです。


 私の迷っている様子に、フォレスは遠慮がちに提案します。


「あの……サオリ様さえよければ、私と合体……してもらえませんか?」


 合体?


「今?」

「はい。私と一つになる事で、お互いの記憶を共有できます。そうすればサオリ様が見て来た事も私に分かりますし、私の知っているアラン様をサオリ様が知る事も出来ます」


 なるほど。その方が手っ取り早いかも知れませんね。


「私に魔力はないけど、ここに居るカーマイルから魔力を貰えばいいのかな」

「はい。先日とは違う天使様のようですけど、同じくらいの魔力を感じます。少しだけ分けていただければ合体を維持出来ます」


 カーマイルを見ると、「何ですか?」と言う顔で私を睨んでいます。


「ねえカーマイル。今からこの妖精さんと合体するから、その時に少し魔力を分けてもらえる?」

「いったい何を言っているのですか、サオリは。何で私が魔力を提供しなければ――」


「じゃあやりまりょう、フォレス。どうすればいいの?」

「ちょっと、人の話を聞いていま――」


「じっとしていて下さい。サオリ様。すぐに終わります」


 フォレスが私に近づいてきて、両手を広げます。

 そのまま包み込むように私を抱きしめると――


「溶けた!?」


 フォレスの体が溶けるように私の体に……私の中に重なって行きました。 


 すぐに奇妙な一体感を全身に感じると、少しずつフォレスの意識が私の意識と重なって行き、そして――


『気持ち……いい!』


 とてつもない快感が全身を駆け巡りました。


『駄目よフォレス……気持ち良すぎて……どうにか……なっちゃう』

『すぐに慣れると……思います。サオリ様……でも、私も……気持ち……いいです』


 私たちの声はどちらが話しても、二人分の声を重ねてエコーを掛けたように、同じ声として発せられます。

 

 快感に身を震わせている中ふとカーマイルを見れば、こっそりと逃げようとしていました。


『フォレス、魔力はどう? やっぱり必要?』

『はい。このままではすぐに合体は解除……どころか私の命が尽きてしまいます』


 なら仕方ないですね。


 フォレスと一つになった私は、この体の使い方が自然と理解出来ました。


 背を向けて、そっと忍び足でこの場から離れようとしているカーマイルの前方に、風となって回り込みます。

 一瞬だけ本当に体が消えて、風となったのです。


 突然目の前に現れた私を見て、カーマイルは少しだけ驚いた顔をします。


「合体しても姿はサオリのままなのですね。というか何をするのですか、私に触れる事は――」

『少しだけよ、カーマイル。ちょっとじっとしていてね』


 フォレスの能力は私の能力。

 前から知っていたかのように、使いこなせます。


『エナジードレイン』


 カーマイルの細い首筋に私の両手が触れると、すぐに魔力の吸引が始まります。


「ふええ」


 対象の魔力を吸収してしまう能力。

 これは……魔法なのでしょうか。

 

 私はこの世界に来て初めて、異世界独特の特殊な能力を自分で発動しています。

 神様から貰った羽根ペンによる魔法では、文字を書くだけなので実感はあまり無かったのです。


 フォレスの能力を自分のものとして使っている感覚が、もの凄くリアルで、魔力の流れを直に自分の体に感じています。


 魔力がどういったものかは分かりませんが、私の中に勢いよく入ってくるものがあります。

 それはとても力強く、活力に溢れ、なんだかすごく……美味しいもの。


 ああ、吸血鬼ってこんな感じなのかしら。

 他の人の生命力を奪い取り、自らの力にする。――まさに吸血鬼の食事のようです。


『もう充分ですね、サオリ様』


 私の中のフォレスが告げると、カーマイルから手を離します。

 

「うにゅ~」


 魔力を吸い取られたカーマイルは、少し呆けています。


『大丈夫? カーマイル』

「だいじょうぶじゃないでふ……何してくれてんでふか、この――」


『天使様って凄いですね、こんなに魔力を貰ったのに、まだまだ余裕みたいです。でもアラン様に比べたら……ふふ。ごめんなさい』


 フォレスは一度、アランと合体してその強大な魔力に飲み込まれ、森に溶けてしまったのです。


 今の私には分かります。

 フォレスがアランを想う気持ちも、この森で何があったのかも。


 私は少しだけフォレスに意識を集中すると、見えてきました。


 アランパーティーと魔族との死闘が。

 


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