33・回る運命
私とランドルフは、お店のカウンターの前で、ある荷物を見つめていました。
「よし、開けるぞ」
昼間に届いたコレを、私は開ける気になれず、夜にランドルフが来るまで放置していました。
――棺桶です。
ランドルフは棺桶の蓋に手を掛けました。
ギギッ……ギギッと、釘打ちされた蓋が少しだけ開いた所へ、ランドルフが自分の剣を差し込みます。
「せーの!」
てこの原理で一気に蓋が外れ、お店の床に重々しい音と共に転がります。中には――
「ううう……」
棺桶の中で、ゆっくりと上体を起こす、一人の男性。
「……ここは?」
「ローランド!」
勇者ローランドは、この国の王宮会議にかけられた結果、私の蘇生魔法で生き返らせるという事に決定されたのです。
昨日、ランドルフが用があると言うので、付いていったら王宮で、国王と会う羽目になったのです。
その国王から直々に、勇者の蘇生をお願いされた私は、お店に戻ってすぐに羽根ペンによる蘇生魔法の記述に、ローランドの名前を加えました。
そして今日、勇者ローランドが棺桶に入って納品されてきたのです。
「ローランド、分かるか? 俺だ。ランドルフだ」
「ああ、……ランドルフか。僕は……寝ていたのか? 何だかとても嫌な夢を見ていたよ(笑)」
生き返っても、言葉尻に薄ら笑いを浮かべるのは相変わらずみたいです。
「ローランド、たぶんそれは夢ではないよ。君は一度殺されたんだ」
「なんだって?」
ランドルフはローランドの手首を掴みました。
「ちょっと失礼するよ」
脈を調べたランドルフは、私の方を向いて黙って首を横に振りました。
――アンデッド。
「いいか、ローランド。君は蘇生魔法で生き返ったのだが、一つ問題があるんだ」
「今、脈をとったのか? どういう事だい? ランドルフ(笑)」
「自分でも脈があるか調べてみるといい。残念ながらローランド。君の胸にはもう心臓は無いんだ」
ローランドは自分の胸に手を当て、暫くじっとしていましたが、次第にその目が驚愕に開かれていきました。
「どういう事だい?(笑)」
「いや、笑ってる場合じゃないんだが、ローランド。君はアンデッドとして生まれ変わったんだよ」
「アン……デッド……」
その言葉を噛み締めて、茫然とするローランドの目は虚ろになります。
「ランドルフ、彼の首元を見て」
私に頷いたランドルフは、ローランドの首を調べました。
「やはり期限は一年だ」
「おい、ランドルフ。いったい何を言ってるんだ?(笑)」
おそらくローランドは、今の自分の置かれた状況を理解出来ていないのでしょう。
起きたらゾンビでした、……なんて誰だって信じられないし、信じたくもないと思います。
「とりあえず、サオリ。あれを」
「はい」
私はバックルームから、台車に乗せた木箱を持ちだしました。
台車に乗せていても重いので、ラフィーに頼んでカウンターの前まで持って来てもらいます。
王都の配送センターに届けられたこの木箱は、重すぎて誰も運ぶ事が出来ず、配達人のフーゴさんが私に知らせに来て、ラフィ―と私が引き取りに行ったのです。
その時、ラフィーは軽々と持っていました。
「どうぞ」
ランドルフが、その木箱の蓋を開けます。
「さあ、ローランド。これを持ってみてくれ」
「それは……エクスカリバーじゃないか(笑)」
私が発注した、聖剣エクスカリバーです。
蘇生したローランドが、まだ勇者の資格を持っているのなら、その剣を持つ事が出来るはずなのです。
「よいしょっと(笑)」
ゆっくりと棺桶から出てきたローランドは、聖剣エクスカリバーの柄を掴みました。
「あれ? 持ち上がらないぞ?(笑)」
「なんだって?」
「やっぱり……」
やはり私の思った通り、蘇生してアンデッドになったローランドは、勇者の資格を失っていました。
「どういう事だい? ランドルフ(笑)」
「うーん」
「魔力量が落ちたせいでしょうね」
横から酔っぱらっていない、カーマイルが口を挟みます。
「アンデッド化して魔力がおそらく半分くらいになっているのでしょう。魔力数値までは分かりませんけど、私には勇者の……いや、元勇者さんですか、の魔力がそんなに高いものに見えません」
魔力値によって、勇者の資格が決まるのでしょうか。
「私、思ってたんですよね。その剣、特殊なスキル技を魔力注入で繰り出せるのですよね? だとしたら魔力が相当高くないと持つ事も出来ないのでは、と」
カーマイルが、エクスカリバーに触れました。
「ほら、持てた」
先ほど、ローランドが持てなかった剣を、軽々と持ち上げてしまいました。
「嘘だ! 僕の剣だぞそれは! 勇者しか……勇者にしか持てない剣のはずだ!」
さすがに笑いの消えたローランドは、カーマイルを信じられないものを見る目で見つめ、必死に訴えています。
「いいですか、元勇者さん。この剣はですね、勇者にしか持てない剣ではなく、魔力量がとてつもなく多い者にしか持てない剣……なのですよ。その証拠にほら、私が持てているでしょう?」
なるほど、そういう事だったのですね。
魔力が多い人が持って初めて、その者を勇者と認定するのですね。
魔力がすごく高くなければ、持つ事も出来ない、イコール勇者ではない。……という事です。
「そんな、……そんな。僕はなんのために……なんのために生き返った?」
「ローランド……」
「勇者が居ない事になってしまったら、いったい誰が魔王を倒すのですか?」
私のその一言で、ローランドの表情が落胆から驚愕に変わります。
「なんだって? 魔王? やっぱり魔王が誕生したのか?」
「ローランドは魔王にやられたのではないのか?」
「僕が……僕が殺されたのは、魔王にではない。……魔王になりかけたサーラという女にやられたんだ」
その時の状況を思い出したのか、ローランドは自分の両肩を抱いて、震え出しました。
「怖かった……あんなに恐ろしい目に遭った事は初めてだ。……完全に魔王になっていないはずなのに、聖剣がまるで役に立たなかった……一緒に居た大魔法使いの婆さんもおそらく、駄目だったのだろうな」
「その魔王になりかけていたやつは、男じゃなかったのか? おかしいぞ、国王に脅しをかけてきたやつは少年の姿だった」
どういう事でしょう。
私にはまるで理解が追い付きません。
それはランドルフも同じようです。
「少年の姿だと? 脅した? この国に来たのか? 一度爺さん……国王と話をさせてくれ」
「そうだな。サオリも来るかい?」
私は少しだけ迷いましたが、断る事にしました。
「私の役目は勇者さんを蘇生する事だけです。これ以上は深入りしたくありません」
「そうだね、わかった。国王にはちゃんと言っておくから――」
「おまえか!」
突然、ローランドが私に向かって、指を突き付けました。
「おまえが勝手に僕を蘇生して、こんな体にしたのか!」
「ローランド、やめろ! この事は王宮会議で決まり、国王が最終的に許可したんだ」
「どうしてくれるんだよ!? 魔力も足りなくて剣も持てないじゃないか! なんで勇者のまま死なせてくれなかったんだよ!」
「ご……ごめんなさい」
「ごめんなさいで済むかぁぁぁ!」
「いいかげんにしろ! サオリは国王に頼まれて仕方なくやった事だ!」
「う……ううう」
泣き崩れたローランドは、頭を抱えてうずくまってしまいました。
「どうしよう、ランドルフ」
「君が気に病む事ではない。すべてこちらに任せてくれ」
「でも……」
いくら頼まれたからとは言え、一度エリオットでその結果を見ているのです。
聖剣を持てないかもしれないという事も、予想できました。
だって人間ではなくなってしまっているのですから、色々と変わっているはずなのです。
この国にとっては、勇者ではないローランドは、必要ではなくなってしまいました。
唯一の救いは、ローランドが王族の血筋だから、無下に扱われはしないだろう、という事だけでしょうか。
「ローランドをこの店から出られるようにしてくれるかい? サオリ」
「……はい」
エリオットがこのお店を出て行ってからの事ですが、神様の洞窟を訪れた時に、第一天使ミシェールから説明を受けました。
なんでも、このお店のオーナーとして認定されている私には、オーナー権限として、盗難防止機能を無効にする力も持っていたのです。
以前あった、お店の結界に私が許可をすれば、他の人間が入ってこれたのと同様の事だそうです。
エリオットの時は少しタイミングが悪く、たまたま私が発言した『禁則事項です』というエリオットに向けた言葉のせいで、お店の外に行けなくなっていた事が判明しました。
なので今、私がローランドの外出を認めるだけで、彼は外に行く事が出来るのです。
丸一年もお店番をさせてしまったエリオットには、悪い事をしたと思っています。
今頃どうしているでしょう。そろそろ体が腐り始めているはずです。
他の人の回復魔法でも、腐った体を再生させる事が出来るのでしょうか。
神様の力の宿った羽根ペンだからこそ、出来たのではないかと、そんな気がします。
「許可したわ、ランドルフ。外に出れると思います」
「ありがとう、サオリ。……じゃあ行こうか、ローランド」
「貴様ぁ! 覚えていろよぉ! 僕は絶対に許さないからなぁ!」
ランドルフに抑えられながら、私を指差すローランドの顔がとても怖いです。
「本当にごめんなさい、勇者さん……」
「謝っても許すかぁ! この――」
「もう止めろ! いいから、ここから出るんだ!」
ランドルフに無理やりお店の外に連れられて、出て行きました。
私は怖くなって、いつの間にかラフィーを抱きしめていました。
「どうしよう……」
「おねえちゃん、どうしたの?」
ラフィーの可愛さに、一瞬、すべてを忘れてしまいました。
「ラフィー、お姉ちゃん勇者さんに恨まれちゃったよ。憎まれても仕方のない事をしちゃったの」
「んー?」
「サオリのせいでもないと思いますけど。頼まれてやった事ですし、気にしなくてもいいのでは?」
カーマイルが珍しく、私を庇ってくれています。
「あんな使えない勇者よりも、魔王をどうするかが問題なのではないでしょうか」
確かに勇者でなければ、魔王は倒せないと聞きました。
他に勇者候補は居ないのでしょうか。
「この際、私かラフィーがこの剣を持って、魔王の討伐に行きますか?」
「え?」
「私が聖剣を持てる事はさっき分かりましたし、私よりも魔力の高いラフィーも持てると思いますよ」
「ラフィーも? ……そうなんだ」
天使が勇者になって、魔王を討伐?
これまでは勇者の手助けをしてきた天使が、直接魔王を倒しに?
「出来るのかな? そんな事」
「私たち天使だけでは無理でしょうね。天使は勇者になる事は出来ませんから。魔王討伐には勇者の存在が必要なのです」
「じゃあどうすればいいの?」
酔っぱらっていないカーマイルは、真面目な顔で私を見つめました。
さっき、深入りしたくないと言ったばかりの私に向かって、この天使は言い放ちます。
「サオリが勇者になって、私たちがそれをサポートすればいいのですよ」