29・魔王復活
あれから一年が経過しました。
チラシの宣伝効果なのか、シルバニア家の影響があったのかは分かりませんが、お店は結構繁盛しています。
王都で品薄状態のポーションが、毎日売り切れになる程に売れているので、原価ゼロで利益率100%のそれはもう、恐ろしいくらいの儲けを生んでいます。
ラフィーも健在。カーマイルもいまだに居座り続けています。
カーマイルは、本当に天使をクビになったのではないでしょうか。
本人は何も言いませんし、私も何も訊いてはいませんが……。
ちなみに洞窟の神様は、まだデートから帰ってきません。
私も何度かラフィーと洞窟へ赴きましたが、第一天使ミシェールに訊いても、いつ帰るのかも分かりませんでした。
いったい何処で誰とデートしているのでしょう。
そして当店の商品でもある、エリオットは――
誰かに買われる事もなく、賞味期限の半年前から少しずつ体が腐り始め、一年が経って完全に期限の切れた時には、体が溶けてスライム状になってしまいました。
腐ったとは言っても、匂いがあるわけでもなく、頭だけは残っていて会話も出来ました。
ちなみに腐り初めてから数回、回復魔法を試しましたが、効きませんでした。
賞味期限が切れた当日、廃棄処分登録をしました。
そのせいでしょうか、今まで効かなかった回復魔法も効果を発揮して、元の体を取り戻したのです。
元と言っても、アンデッドの体なのですけれど。
生身の肉体はもう、取り戻せないようです。
「本当に俺は自由になったんだな?」
「はい。廃棄されちゃいましたからね。どうぞご自由にして下さい」
無事、お店の外に出れるようになったエリオットを解放しました。
「早速だが、アジトの様子を見てくる。世話になったな」
「はい。一年間、お疲れ様でした」
なんだかんだと、お店番もこなしてくれていたエリオットには、とても助かりました。
エリオットは、旅立って行きました。
冒険者である彼は、ようやく活動を再開出来るのです。
喜んでいるエリオットを見ていたら、彼の首元に、新たに賞味期限が書かれていた事は言いそびれてしまいました。
一年でした。
でもこのお店の商品ではなくなったので、自由に外に出られるのです。
旅の無事を祈りましょう。
そしてランドルフとは――
正直な話、特に進展もなく、微妙な距離感を持ってお付き合いをしています。
友達以上、恋人未満。と言った所でしょうか。
恋人として付き合っていると言うには少し、何かが足りない感じです。
やはりアレでしょうか。異世界サイズのせいでしょうか……。
いや、止めましょう。なんだか私が欲求不満みたいに聞こえます。
いいじゃないですか、ストイックな関係でも。
ピュアな中学生のような恋愛が出来るなんて、素敵じゃないですか。
今日もほら、こうやって訪ねて来てくれています。
毎日会っている仲良しさんなのです。
「サオリ、どうやら魔族領の方で不穏な動きがあるようだ。調査に行く事になった。しばらくは会えないと思う」
「え? それは遠い場所なのですか?」
「ああ、ここからずっと北の方にある大地だ、行って調査して、帰ってくるのに二年以上は掛かるだろう」
「そんな……」
私、何かフラグを立てたのでしょうか。
突然こんな事を言われてしまって、とても驚いています。
「明日、出発する」
「急ですね。……ランドルフのような立場の人間でも、行かなければならないのですか?」
ランドルフは王族の関係の人間のはずです。
そのような人が魔族領などという危険そうな場所に、赴かなければならないのでしょうか。
「ああ、とても重要な案件なんでね。勇者も動いている。知っていると思うが、勇者のローランドは俺のいとこでもある。彼の事が心配でもあるんだよ」
「勇者が動くなんて、そんなに危険なお仕事なのですか?」
「実は……」
「実は?」
ランドルフは少しだけ逡巡した後、私に教えてくれました。
「魔王が復活したらしいんだ」
「魔王!?」
魔王は四年前に勇者が倒したと聞きました。
たった四年で復活するものなのでしょうか。
「知っての通り、魔王は四年前に討伐された。普通なら復活するにしても百年単位の時間が必要なはずなんだ」
「それなのに、たった四年で?」
「ああ、どう見ても自然な復活ではない。それにこの世界の掟として、魔王が復活して一年以内に倒さないと世界が滅ぶと言われている」
「世界が……」
世界規模の話になってしまっては、もう私にはどうする事もできません。
「そういうわけだから、明日からしばらく会えない。すまないな、サオリ」
「ううん。仕方ないよね。気を付けて行ってきてね」
「ああ、準備があるからもう戻るよ。サオリも元気でな」
エリオットが居なくなり、ランドルフも当分会えなくなると言い……そういえば、魔王討伐には天使が加勢すると言っていました。
この上、天使まで居なくなってしまうのでしょうか。
私はバックルームでコーラを飲んでいるラフィーを連れて、裏の自宅へ戻りました。
「カーマイル! どこ?」
「ふえ?」
リビングの高級魔物革張りソファで、寝転んでいました。
テーブルにはトマトジュース。酔っぱらっているようです。
「あなた、魔王について何か聞いてない? 復活したそうじゃないの」
「ふわぁ」
欠伸をしながらソファから身を起こし、眠そうな目を向けてきました。
「魔王よ、魔王。天使なら何か知ってるでしょう? もしかしてあなたたちも加勢に呼ばれてしまうの?」
「あ~、魔王でしゅか~。えっとぉ」
うーん、と何かを思い出そうとしています。
「えっとぉ。こないだ、どうくちゅにかへった時に聞いた話でしゅとぉ」
「うんうん」
「だいにてんしニナとぉ、だいよんてんしフォウが~向かったって~言ってた~からぁ、だいじょぶでし」
「あなたたちは……カーマイルとラフィーは行かなくていいの?」
「わたひたちはぁ……サオリの護衛ってゆー仕事があるので~、だいじょぶでし」
いつからカーマイルも私の護衛役になったのでしょう。――初耳です。
「そう。……なら、よかったわ」
でも、そのニナとフォウという二人の天使だけで大丈夫なのでしょうか。
前回の討伐では、天使を六人も投入してやっと倒したと聞いています。
しかも今回も、同じ勇者ローランドです。
「なんだか嫌な予感がするわ」
「わたひ、そろそろ出勤しまぁ~す」
「そう? じゃあお願いしますね。カーマイル」
エリオットが居なくなってからの、夜のお店番はカーマイルです。
ウォークインにトマトジュースがあるので、文句も言いません。
大抵酔っぱらって床で寝ているだけのお店番なのですが、誰も居ないよりマシです。
その日は私とラフィーも、すぐに寝室で休みました。
朝早くにお店に出ると、やはりカーマイルは床で寝ていました。
こういうのを、堕天使と呼ぶのでしょうか?
床の天使はそのままにして、私とラフィーはバックルームに行きます。
「朝ごはんはコロッケでいい?」
「うん。ころっけ」
青い髪を揺らしながら、コクコクと頷くラフィーは、いつも通り可愛いです。
起きてくるであろう、カーマイルの分も入れて、コロッケを六個作りました。
ラフィーに三つ与えて、私は一つだけ手に持ち、ストコンの前に座ります。
揚げたてのコロッケを齧りながら、考えていました。
何故四年という短い期間で、魔王は復活できたのか。
その期間で勇者ローランドは、果たして強くなっているのか。
向かった二人の天使は、前回の天使六人分の強さに匹敵するのか。
分からない事だらけですが、私が悩んでもどうにもなりません。
ストコンのモニターの一部分で、点滅した文字が浮かんでは消えてを繰り返していました。
『新着情報』
新商品などがあると、この文字が出るのですが、見たのは久しぶりです。
何気なくクリックします。
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『カリブルヌスの剣』
武器でしょうか。どこかで聞いた事がある気がします。
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『カリブルヌスの剣:別名・聖剣エクスカリバー 勇者のみが持つことを許された剣 UW WR・SSS 小売価格999億円』