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異世界コンビニ☆ワンオペレーション  作者: 山下香織
第一部 第二章 異世界の住人
23/110

23・天使の憂鬱

「そんなに怒らないで、カーマイル。生き返ったエリオットが病気かもしれないのよ」

「知りませんよ、そんな事。私は医者じゃありません! そっちでなんとかしてください。私は忙しいんです!」


 確かにカーマイルの言っている事は、もっともです。

 彼女を召喚するのは、もう少し考えてからにするべきでした。


「でもせっかく来てもらったのだから、一応見るだけ見てもらえない? ちょっとだけ、ね?」


 なんとかなだめて、エリオットの前に連れて行きます。


「よお、また会ったな」

「別にあなたに会いに来たわけじゃありません。で? この男がどうしたんですって?」


 私の説明を受けたカーマイルは、首を垂れました。


「はあ、そんな事でこの私がいちいち召喚されるとは。……まったくもって遺憾です」

「このエリオットの症状なんだけど、あなたには原因が分かるの?」


「症状もなにも……原因もなにも……」


 天使カーマイルは、エリオットに指を突き付けました。


「だって、こいつはアンデッドですから。そりゃお腹が減る事もないでしょうよ」

「「「えええ!?」」」


 私とエリオットとランドルフは揃って声を上げていました。


「お、俺がアンデッドだと!? それって魔物になったって事か!?」

「アハッ。魔物だったらまだ良かったですね。あなた、ただの食糧としてここに納品された事をお忘れですか?」

 

 カーマイルは長すぎる金髪を床に擦り付けながら、エリオットの前に立つと――


 ズブリ――左手の手刀をエリオットの胸に突き刺しました。


「あっ!」


 エリオットの左胸に、手首まで完全に埋まっています。


「ここに心臓はありません。自分で気づかなかったのですか? あなたに脈は無いのですよ?」

「うおっ!? い、痛くねえ!」


 血が流れる事もありませんでした。


 エリオットは、生き返ったわけではありませんでした。


 不死者として……アンデッドという魔物として……いや、この天使が言うには、ただの食糧として生まれ変わっただけだったのです。


「羽根ペンによる『蘇生魔法』はこの世界の(ことわり)を超越した特殊な魔法です。

 死んですぐに施せば普通に生き返った事でしょう。


 だけどこの人の場合は、死んでからちょっと時間が経ち過ぎていたようです。

 それでも『神』の力の宿った魔法はそれを不可能とせずに、このような形で補完したという事です。


 体は死んでるのかも知れませんが、ちゃんと思考する事が出来るのですから、ありがたいと思いなさい」


 エリオットが私より年下だった事よりも、更に衝撃の事実がそこにありました。


「まじかよ……俺ってば不死身の冒険者って事か!? それならどんな洞窟(ダンジョン)に潜っても余裕って事だよな!?」


 アンデッドになって落ち込むどころか、不死身になったと喜ぶこの人は、生粋の冒険者なのでしょう。


 ですが、エリオットの悦喜(えっき)も一瞬で終わりました。


「馬鹿ですか? アホですか? せっかく脳ミソだけ残っているのに、何も考えつかないのですか?」

「ど、どういう事だ?」


 カーマイルは溜息を一つつき――


「賞味期限が切れるまで、盗難防止機能のせいであなたはここから出られません。それがどういう事か分かりますか? 

 賞味期限が切れると言う事は、あなたはその時点で廃棄処分なのです。

 元気で美味しいままの食材が廃棄されるわけがないですよね? 

 はい。つまり、期限切れとなった時にはあなたの体は腐ってるって事です。これで分かりましたか? 三億円の食材さん」


 皆黙り込んでしまいました。


 エリオットはあと一年の命だと、言われたも同然なのです。

 アンデッドなのですから、体が腐ってもまだ生きているのかもしれませんが、賞味期限の切れた体がどういう状態になっているのか、想像もつきません。


「うっ……ちょっと……俺……泣いてもいいか?」

「ごめんなさい、エリオットさん。……私が蘇生魔法なんか使ったばかりに……」


 隣のランドルフが、私の肩を抱いて引き寄せます。


「サオリは悪くないさ。この男を生き返らせようと、善意で行った事だからね。君も冒険者ならあと一年生きられる事をありがたく……は思えないか。ここから出られないんだものな……冒険者が冒険も出来ないとは……心中お察しする」

「ううう……しくしく」


 エリオットはさめざめと泣いています。


 きょとんとするラフィー。

 ずっと蔑んだ眼差しのカーマイル。

 慰めの言葉も見つからない、私とランドルフ。


「あ、あの。何か食べる? エリオットさん。あ、食欲ないのよね。えっと、何か、あっ、防腐剤いる? たしかあったはず、『タンスにグォン』が」

「いらねえよぉ……俺を腐りかけみたいに言うなよぉ……」


 私はどうやら、少しパニックになっていたようです。

 防腐剤と衣類の防虫剤の区別もつきませんでした。――そもそも防腐剤って見た事もありませんでした。


「じゃ、じゃあ、俺はそろそろ戻らないとあれだから……また明日な、サオリ」

「うん。ありがとう、ランドルフ。明日はよろしくね」


 ランドルフはそそくさと帰って行きました。

 この場の雰囲気に耐えられなかったのでしょう。


「私は……えっと、何か飲もうかしら。カーマイルも帰る前に、何か飲んでいかない?」

「しゅわしゅわおいしい。かーまいる。のむ」


 そう言うラフィーはさっきからずっと、コーラをちびちびと飲んでいます。


「あなたの世界の飲み物ですか。……そうですね、後学のために私もいただく事にします」


 ウォークインにカーマイルを連れて行きました。


「好きなの選んでいいわよ。ここからここまでが炭酸飲料よ。ラフィーが飲んでいるやつと同じ種類のものよ」


 ウォークインの中は、人が一人通れるくらいの幅しかありません。

 棚以外に、床にも飲料のケースが積まれているからです。

 

 長い金髪を引きずりながら物色していたカーマイルは、炭酸飲料を選ばずに、何故かトマトジュースを手に取りました。


「これは……血ですか?」

「いえ、トマトのジュースよ。飲んでみる?」


 その場でペットボトルのキャップの開け方を教えました。

 クピと一口飲むと、カーマイルは驚いた顔をします。


「これは!? とても美味しいですね」


 続けてゴクゴク飲みだして、ペットボトル一本、空けてしまいました。

 うちのお店に置いてあるペットボトルのトマトジュースは、二百六十五グラムの小さいタイプです。


「よかったら、もう一本どうぞ」

「では、遠慮なく」


 カーマイルにトマトジュースをもう一本持たせて、カウンターに戻ると、エリオットがまだしょげていました。

 

「エリオットさん、残念だけど私には何もしてあげられません。どうか気を落とさないで」

「いや……いいんだ。……いいんだ」


 気を落とすなと言うのも無理な話でした。


「ごめんなさい。私、本当に……」

「君のせいじゃないさ。これは運命だ。俺は一度死んでいるが、またこうしてこの世界に戻る事が出来た。一年しか持たないらしいが、それでもだ。俺を生き返らせようとしてくれて、ありがとう」


「エリオットさん……」

「ところで、そこの天使にいったい何をしたんだ?」


「え?」

「そいつ、顔が真っ赤だぞ」


 エリオットが指差す方――カーマイルを見ると、本当に真っ赤な顔をしています。


「ひっく」

「えええ!? まさか」


「わたひの顔に何かついてまひゅか? ひっく。じろじろ見るなお。ひつれいじゃないでひゅか。ひっく」


 酔っぱらってる!?

 トマトジュースで!?


 天使がトマトジュースで酔っぱらうなんて知りません。


「なんか……気持ちいい……ひっく」


 コテッと倒れてその場で寝てしまいました。

 これは……そっとしておきましょう。

 

「もう私も寝ます。ラフィーおいで」


 私も明日のために、早めに睡眠をとる事にしました。

 ラフィーを連れてバックルームに戻り、毛布にくるまって横になります。


「ああっ……俺は全然眠くないぞ!」


 向こうで何やらエリオットが叫んでいますが無視します。

 アンデッドに睡眠は必要ないのかも知れませんね。


 酔っぱらい天使は寝てしまったので、話相手も居ないでしょうが、仕方ありません。


「ラフィーもねる」


 天使も普通に睡眠をとるのでしょうか。

 毛布に潜り込んできた天使を抱っこしていると、とても気持ちが良いです。


 明日はデート。


 王都をしっかりと見学して、色々な物をこの目に焼き付けてこなければなりません。

 明日からの生活をより良きものにするために。


 ラフィーとくっ付いているだけで、物凄い安心感に包まれ、私はすぐに眠りに落ちてしまいました。



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