21・衝撃の真実
「ラフィー、悪いけどその木箱の蓋、開けてくれる?」
「わかた」
カウンターの前に、フーゴさんが届けてくれた木箱があります。
私は胸騒ぎも手伝って、自分で開ける勇気が出ません。
ラフィーが木箱の蓋に手を掛けました。
ギギギという音と共に、釘でしっかり打たれている蓋が、天使の素手によって簡単に開いてしまいます。
中には――
「ぷはあ! 死ぬかと思った!」
――想像していたモノが出てきました。
「エリオットさん!」
木箱の中からはエリオットが……生きて出てきました。
私はこの棺桶のような木箱を見た時から、予感はしていたのです。
ですが、エリオットが生きている状態で居るとも思えなかったのです。
「酷い目にあったぜ。中から叫ぼうが叩こうが、まったく外に通じなかった」
私はエリオットの生還に、泣きそうになりました。
でも心は意外にも、冷静さを保っていました。
「ラフィー、警戒して」
「あい。おねえちゃん」
今のこのお店には、私を守る結界はありません。
それにエリオットは一度、私を騙して結界に侵入しようと企んだ人でもあります。
信用は――出来ません。
棺桶――今はそう見えます――から上半身を起こしたエリオットに、ラフィーは左手の掌を向けました。
「なんだ、この子は? その手はなんだ?」
ラフィーに指を差して、怪訝な顔をするエリオットに説明しました。
「正直に言います。このお店には今はもう結界はありません。そしてその子は天使です。たぶんすごく強いです」
「結界が無い? で、この子が何だって? 天使?」
「はい。それとあと重要な事は、あなたはたぶん私の蘇生魔法で生き返りました」
「はあ!?」
エリオットが配達されて来た事は謎ですけど、羽根ペンによる『蘇生魔法』で生き返ったのは間違いないと思います。
おそらく彼の死体は、お店の前の地面の下にあったはずなのですから。
「エリオットさんが盗んだ羽根ペンは、私が神様から譲り受けました」
「なんだって?」
「あっ、そうそう」
私は一度バックルームへ戻り、『教授の鞭』と『シースナイフ(鞘付)』を持ってきました。エリオットさんの使う武器です。
「はい。これをどうぞ」
「それは……俺の鞭とナイフじゃないか」
彼は新品の鞭とナイフを手にしてまじまじと見つめ、それから私に視線を戻します。
「一億円は今は持ってないぞ?」
「お代は結構です。そのかわり、羽根ペンは諦めてください」
私の言葉を聞いたエリオットは、少し考えています。
「そうか。あの羽根ペンの使用方法が分かったんだな? そしてそれは『蘇生魔法』さえもやってのけたって事か。そいつは……すげえな」
飲み込みの早いエリオットは理解したようです。
「生き返って、鞭も戻ったのです。それで満足してくれますか?」
「……」
沈黙の時間が流れましたが、それもすぐに終わりました。
「……分かった。……生き返らせてくれて、……ありがとうな」
納得してくれたのでしょうか。
彼の職業は『トレジャー・ハンター』です。
本当にレアなお宝を諦める事が出来るのか、私には分かりません。
ですがこれで納得してもらわないと、私も困ります。
「生き返って良かったです。天使の使役する魔物の追跡も、もうないでしょう。じゃあ気を付けて帰ってくださいね」
「おいおい、つれねえなあ! せっかく生き返ったんだ。なんか食わしてくれよ」
そう言われて断れるほど、私も鬼ではありません。
「……分かりました。……カウンターの中には絶対に入らないでくださいね」
「ああ、分かった」
そう言うと、エリオットはいつもの場所――お弁当の陳列棚 に、寄り掛かって座りました。
「なんか棚とかみんな新品になっていないか?」
「色々とあったのですよ」
エリオットが生き返った事は嬉しく思います。
けれども、その彼が新たな脅威となる事だけは避けなければなりません。
私は冷凍食品の『えびピラフ』を二つまとめてレンジで温めて、彼に差し出しました。
「おっ? えびピラフじゃないか。ずいぶんと気前がいいな」
一個百八円のえびピラフで、気前がいいもありませんけど、彼は前にこれを食べて気に入っていたようなので、わざわざチョイスして作ってあげたのです。
「生き返ったお祝いです。これ食べたら出て行って下さいね」
「分かったよ。魔物が追ってこないのはありがたい。いや本当に生き返ったのか俺」
エリオットはえびピラフを食べている途中で、自分の手を見つめてしみじみと呟いています。
「このえびピラフ、前に食ったやつと同じか? こんな味だったかな」
「同じですよ。きっと寝起き……生還したばかりで味覚もまだ正常に機能していないのかもしれませんね」
「そうかもな」
あの『蘇生魔法』は、どのような死に方をしても生き返らせる事ができるのでしょうか。
エリオットがクラーケンの足に捕まって、地中に潜った後、どんな最後を迎えたのかは分かりません。
ですが今このように生きて帰ってきた事実を見ていると、例えバラバラになったとしても、蘇生してしまうのではと思えてしまいます。
「本当に良かったですね。エリオットさん。食べたらすぐに出て行ってくださいね」
「分かったってば。あの時は悪かったよ。そんなに恨まないでくれ。俺だってあの瞬間、君を巻き添えにしないという配慮は働かせたつもりだ。許してくれ」
確かにあの時、――エリオットがクラーケンに攫われる直前、私の腕は彼の手に掴まれていました。
それを咄嗟に離してくれたおかげで、私は巻き添えを食らう事が無かったのは事実です。
あのまま掴まれたままだったら、私も引っ張られ、クラーケンにやられていた事でしょう。
「ところで、この子は天使と言ったな。あの洞窟の天使か? ここに居るって事はサオリと契約でもしたのか?」
契約……なのでしょうか。
特に何の取り決めもないまま、あの洞窟の天使は――正確には神様ですが――ラフィーを貸してくれたような気がします。
いえ、天使ミシェールは確か……このお店の結界が完全に戻るまで、と言っていたかもしれません。
エリオットにいちいち説明するのも面倒なので、一言で済ませました。
「禁則事項です」
なんて便利な言葉なのでしょう。
ミシェールがこの言葉を多用していた理由が、分かった気がしました。
「まあ、いい。俺には関係のない事だ。生き返っただけで充分だ」
エリオットはえびピラフを平らげ、鞭とナイフを手にして立ち上がりました。
「詮索はしないさ。生きているだけでお互いめっけもんだろ。世話になったな」
本当に羽根ペンを諦めたのでしょうか。
エリオットはお店の扉に向かって歩き出します。
「お元気で。エリオットさん」
「ああ、サオリもな。死ぬなよ」
『死ぬなよ』――いつかランドルフの口から聞いた台詞を、エリオットからも聞く事になるとは思いませんでした。
その言葉を聞いた瞬間、ランドルフの事が思い起こされ、無性に逢いたくなりました。
夜になったら、彼はお店に来てくれるでしょうか。
お店を出て行こうとするエリオットを、カウンターから見送っていた私は――
最後に一言、声を掛けようと――
エリオットの背中を見つめながら――
えっと……。
「何をしているのですか? エリオットさん」
彼は扉の前から動かず、いつまでも出て行きません。
「いや……何かおかしいぞ。サオリ、扉が……開かない」
「え?」
「ビクともしないんだ。まるで結界がここにあるようだ」
「そんなはずは……」
そんなはずはありません。このお店にはもう、結界は張っていないのです。
「ラフィー、私の傍に居て」
「あい。おねえちゃん」
エリオットがまたしても、何かを企んでいるのかも知れないので、ラフィーを護衛に付けます。
ラフィーと一緒に、扉まで行きました。
ガラス張りの扉――割れていたガラスは綺麗に元通りになっています。
私が扉を押すと、そのままなんの抵抗も無く開きました。
「ちゃんと開きますよ、エリオットさん。冗談はやめてすぐに出て行ってください」
「いや、本当に出られないんだよ。そのまま扉を開けておいてくれ、いいか? 見てろよ」
エリオットは、私が開けたままにしている扉の空間にタックルしました。
ドンッと見えない壁に撥ねかえされて、尻餅をついています。
本当に結界があるかのようです。
「本当に出られないのですか? 何故……」
「俺が訊きたいよ。サオリは出られるんだよな?」
私とラフィーは普通に外に出られました。
きょとんとしているラフィーに訊いても駄目みたいです。
「ちょっと待っていてください」
ラフィーに見張っていてもらい、私はバックルームに向かいます。
お店の結界が復活したとは思えませんでした。
配達人のフーゴさんは、普通に出入り出来ていたからです。
では、何故エリオットにこのような現象が。
バックルームのデスクの上にノートを広げ、天使の羽根ペンでミシェールの名前を書きました。
書いた文字が発光して、いつもの光の膨張が始まります。
文字が少しずつ剥がれて行き、完全に消えた時、天使は召喚されるのです。
「なんでまた呼ぶかな? さっきやっと洞窟に辿り着いたばかりだったんですけど?」
第五天使カーマイルが召喚されました。
「またあなたが来たのね」
「ミシェールは大抵あの場所から動けないから、仕方ないのですけど、なんでまた私?」
指定した天使が都合の悪い時には、ランダムで他の天使が召喚されるのだと思いましたが、またしてもカーマイルが選ばれたようです。
「今度は用事があって呼んだのよ。ちょっと助けてくれないかしら?」
「あのですね。私だってやらなければならない仕事があるんですよ。たまたま今、暇だったってだけなんです」
「そうなんだ? で、ちょっと見てほしいのだけど、こっち来てくれる?」
「人の話聞いてますか? 私、忙しいんですよ!」
またしても怒らせてしまったようですが、この問題をなんとかしてもらわないと、エリオットがお店から出る事が出来ません。
カーマイルをなんとかなだめて、お店の入り口に戻りました。
「おいおい。そいつも天使って言うんじゃないだろうな?」
「天使です」
「おいおい。裏にいったい何人、天使飼ってるんだよサオリ」
「飼ってません。問題解決のために呼んだのです」
エリオットとの問答はこれくらいにして、カーマイルに状況を説明しました。
「ふん。なるほど。そういう事ですか」
天使カーマイルはすぐに理由が分かったようです。
「で、結局どうすればいいの? エリオットはここから出られるようになるの?」
自身の身長よりも長い金髪を床に垂らしながら、カーマイルはエリオットに近づきます。
「首の後ろに賞味期限が書かれています。期限が切れたら廃棄処分出来るので、ここから出る事も可能でしょう」
「はい?」
賞味期限? エリオットの?
何を言っているのか分かりませんでした。
「簡単に説明すると、あなたはこの人を蘇生魔法で生き返らせたつもりでしょうけど、実際は新しい商品としてこのお店に納品されたにすぎないのです」
「はい?」
「は?」
「こーな?」
エリオットも訳が分からない、という顔をしています。
私にだって、この天使が何を言っているのかさっぱりです。
「賞味期限があるので、この人は食品として納品されたのですね。期限は一年あります。それまでは盗難防止機能が働いて、このお店から逃げる事は出来なくなっています」
何てことでしょう。エリオットは食品で、このお店の商品だったようです。
「あ、この人が誰かに買われたら、当然ここから出る事ができます」
エリオットの首の後ろの部分に、バーコードがありました。
カウンターに来てもらい、レジでスキャンすると――
『生鮮食品:エリオット・性別:男・年齢:22・金額:3億円』
「えええーーっ!?」
レジの画面に映るその文字を見て、私は愕然としてしまいました。
そんな……そんな……エリオットが――
エリオットが――
「おっ? 俺の値段は三億円か。ふん、良い値段が付いているな」
――私よりも三つも年下だったなんて!




