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異世界コンビニ☆ワンオペレーション  作者: 山下香織
第一部 第一章 混沌の世界
16/110

16・その可愛いいきもの

 ランドルフが帰った後も私は、バックルームで羽根ペンの検証を続けていました。


 出来立てのコロッケを齧りながら、思いついた言葉を適当に、ノートに書き連ねていきます。


『異世界、コンビニ、電気、カフェラテ、地球、神様お願いします私を十七歳にしてください、元の世界に返して下さい、お風呂作って下さい、ベッドも下さい、ラミパスラミパスルルルルル、雨よ降れ、ピピルマピピルマプリリンパ、ABCD、エリオット』


 死んでしまったら嫌なので、人名は控えました。

 そしてエリオットの名前を書いても、彼が戻って来るはずもありませんでした。


『白井沙織』


 思い切って自分の名前も書いてみました。

 何も起きません。もしかして書く事以外の使い道があるのでしょうか。


『天使』


「あっ」


 その文字を書いた時、一瞬だけ光ったような気がしました。


『天使』


 やはり一瞬だけ光ります。パスワードの一つを解いた感じがします。


「エリオットが言っていた天使の名前はなんだっけ……たしか」


『第一天使ミカエル』


 第一天使という部分だけが光りました。名前を間違えたのでしょうか。

 私の頭の中では、天使ミカエルだと思っていましたが。


「あっ読み方?」


 ミカエルの部分を、違う読みにしてみます。


『第一天使ミシェール』


 文字すべてが光りました。その光も今度は消えません。

 代りに文字が消えます。一文字、一文字剥がれるように。


 光が大きくなり、眩しくて目を開けていられなくなりました。


 やがて光が小さくなっていくのが分かり、薄目を開けた時、私の目の前には――


「魔王? どこ?」


 十歳くらいの可愛い女の子が、きょとんとした様子で、広げたノートの上に座っていました。

 肩に掛かる薄い青の髪と、薄い青の瞳、白いワンピース姿のその少女は、どこからどう見ても、美少女です。


「どっ、どこから出てきたの!?」


 私の問いかけに答える事もなく、可愛い少女はキョロキョロとしています。


「えっと……天使様かな?」


 やっと私に、その薄い青色の瞳を向けてくれました。


「私は第三天使ラフィー。ミシェールはあの場所から動けない。私来た。魔王居ない。帰る」


 なんだか片言で喋る女の子は天使らしいのですが、帰ると言い出したので、待ったをかけます。


「お願いだからすぐに帰らないで。……私はサオリよ。こんにちはラフィー。あなた神様って知ってる?」

「……」


 彼女の視線の先には、私の食べかけのコロッケがありました。


「コロッケよ。食べかけだけど食べてみる?」


 ラフィーは無言でうんうんと頷いて、私が齧ったコロッケを受け取って口にしました。


「なにっ! これっ! うまっ!」


 あっという間に食べてしまいました。……お気に召したようです。


「よかったら新しく作るわ。食べる?」


 ラフィーはうんうんと無言で首を縦に振り、それにつられて薄い青の髪がさらさらと揺れます。

 エリオットの言っていた天使とも、荷物を届けていた天使とも違うようです。

 

 あちらはミシェールという名前と、もう一人、フーゴさんの目撃した天使は金髪だと言っていました。

 いったい天使は何人居るのでしょう。


「じゃあ作るからそこで待っててね、勝手に帰っちゃ駄目よ?」


 ラフィーは三度(みたび)頷きます。なんて可愛いのだろう。私は本物の美少女というものに、初めて出会った気がしました。

 

 フライヤーにコロッケを四個置いて、Bモード三番のボタンを押します。あとは六分待つだけです。

 

 天使は少食かしら? さっきの食べっぷりなら四個くらい食べちゃうかな。


 バックルームのラフィーの所へ戻ると、彼女は椅子に大人しく座っていました。

 

「ねえラフィー、あなたは神様の元から来たの?」

「うん。ジダルジータは神。私、第三天使ラフィー」


 神様きた! 本当に居るんだ!?

 私の鼓動は高鳴ります。


「魔王居ないのに……呼んだ?」

  

 ラフィーから話しかけてきました。そういえば、さっきも魔王という単語を口にしていました。


「ここには魔王は居ないわ。魔王が居たらどうするの?」

「魔王倒す人の手伝い、する。居ないなら、帰る」


「ちょっと待ってね、今コロッケ作ってるから! もうちょっとここに居てちょうだい!」


 私は懇願しました。ここで帰られても困ります。せっかくの手掛かりなのです。


「……ころっけ」


 あ、よだれ垂らしてる……か、かわいい……可愛すぎる。

 

 コロッケはまだ出来ません。


 待っている時間を繋ぐために、私はウォークインの中の冷えたコーラを持ってきました。

 ペットボトルのキャップを開けてから、ラフィーに差し出します。


「コーラよ。飲んでみる?」

「こーな?」


 両手で受け取る手の小ささと、その仕草に胸を打たれます。この可愛い生き物はいったい何なのでしょう。

 ……天使でした。


 両手持ちでペットボトルを傾け、コクコクと飲んだラフィーは――


「おくち……しびれる。しゅわしゅわするぅ」


 ――初めての炭酸飲料に目を><(バッテン)にしています。

 私は思わずラフィーを抱きしめていました。そうせずにはいられなかったのです。


「可愛すぎるよぉぉぉ!」

「ん?」


 大人しく抱きしめられているラフィーは、きょとんとしながらも嫌がりませんでした。

 私はいったい何をやっているのでしょう。肝心の話も聞けていないのに、ただ少女を抱きしめています。


「ごめんごめん。ゆっくり飲んでね。もうすぐコロッケも出来るわ」


 小さな頭を撫でて離れます。抱きしめた時の柔らかな感触と、何とも言えない感覚に感動を覚え、私の全身は震えました。


 まるで何か、とても柔らかくて温かい塊をぶつけられたような、訳の分からない感覚でした。

 その何かは何故か――『慈愛』という単語が思い浮かびます。

 

 これが……天使。

 自然にそう思えました。


 ピーッピーッとフライヤーの終了音が鳴っています。


 私はフライヤーの所へ行き、ペーパーを敷いたトレイにコロッケ四個を移しました。

 一度ペーパーの上に乗せる事で、余計な油を抜くのです。


 中濃ソースは使うかしら? このままでも美味しいのでとりあえず持っていきましょう。


「はい、お待たせしました。揚げたてのコロッケよ」


 一個ずつ専用の小さな紙袋に入れてあげます。

 この袋は真ん中にミシン目が入っていて、そこから切れば袋の下半分が残り、上にコロッケが出るので手を汚さずに食べられるのです。


「袋ごと食べちゃだめーーーっ!」


 いつの間にか一個を食べきってしまっていて、袋ごと口にしていました。


「ぺってして、ぺって」

「ぺっぺっ」


 ああ……可愛いよぉ。どうしよう……私の母性が目覚めてしまったかもしれません。

 いや、だからこんな事をしている場合ではないのです。早く情報が欲しいのです。


「ねえラフィー。神様って、違う世界からこっちの世界に人を転移させたり出来る人?」


 まずそれが出来るか出来ないか、教えてもらわないといけません。

 ラフィーは少し考えた後――


「わかんない」


 一言呟いてから、残りのコロッケに取り掛かりました。

 わかんない……か。これでは私が直接、神様の所へ行くしかないじゃないですか。


「ラフィーは私をその神様の所へ連れて行く事は出来る?……その、転移とかでパッと」

「ラフィーできない」


「あら、ならここからどうやって帰ろうとしてたの?」

「歩き」


「……」


 もしかして神様の居る場所って近いのでしょうか。


「ここから近かったりするの? 神様の居る所」

「わかんない」


「……」


 まって、確かエリオットの話では、洞窟から何日か逃げていたって言っていました。


 その何日かが思い出せません。何十日とかだったと思います。

 しかも魔物たちと戦いながらです。もしかしたら本当にそんなに遠くでもないのかもしれません。

 

 でも例え近くても、私が歩いて辿りつけるとも思えませんでした。お店の外は、魔物が闊歩する恐怖の世界なのです。


 ラフィーはコロッケとコーラを交互に口にして、満足げです。


「こーなおいしい」


 ああ、癒される……。


 ランドルフに相談したい所なのですが、明日までこの子はここに居てくれるでしょうか。


「そういえばここには結界があるんだけど、ラフィーは弾かれないのね? 体、なんともない?」


 ランドルフがトイレの壁を壊した時は、結界に弾き飛ばされていました。

 ラフィーは私が認める(・・・)前から結界の中に居ます。


 現れたのが結界の中だからでしょうか?


「けっかい?」


 ラフィーは首をかしげます。仕草ひとつひとつがすべて可愛いです。


「あー」


 何かを思い出したようでした。


「けっかいはー」

「結界は?」


 ラフィーの可愛さに浮かれていた私は、次の瞬間、現実に引き戻されました。

 

 私は馬鹿でした。ここは異世界なのです。しかも今相手にしているのは天使なのです。

 その可愛い容姿しか私は見ていませんでした。それがどんな存在なのかも知らなかったのです。

 

 この世のものとは思えない可愛い笑顔で、ラフィーが口にした言葉は――


「邪魔だったからけした」


 ――この世のものとは思えない言葉として、私に聞こえました。



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