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異世界コンビニ☆ワンオペレーション  作者: 山下香織
第一部 第一章 混沌の世界
14/110

14・糸

「前言撤回!」


 毛布を跳ね上げ、寝ていた姿勢から上半身を起こすと、私は狭いバックルームで高らかに宣言しました。

 寝言ではありません。ちゃんと覚醒しています。


 カウンターへ行き、まだ在庫があるコーヒー豆をエスプレッソマシンに補充し、紙コップを置き、ホットSを選択。

 ガガガガと豆が挽かれる音が朝の静かな店内に響きます。挽かれた豆の、深みのある独特な芳香が心地いいです。


 出来上がったホットコーヒーにミルクを一つ、スティックシュガーを一本入れ、専用のプラチックのマドラーでかき回します。


 「ぷはぁ」


 一口くちにして、カウンター裏のタバコの棚を眺めました。


 私はタバコは嗜みませんので関係ないのですけど、この大量のタバコはどうしましょう。

 異世界の人に売れるのでしょうか。


 いえ、そんな事より……。


 ふつふつと怒りのようなものが込み上がってきます。


「前言撤回よ!」


 朝から何でこんなにも、気持ちが昂ぶっているのでしょう。

 はい。忘れたくても忘れられない、昨夜の出来事のせいです。


「なにが恋に国境はないですか、誰ですかそんな乙女な事を言う恥ずかしい人は。少女マンガですか!?」


 私は怖さとか寂しさとか悲しさとか、全部ごっちゃになって混乱していたのです。

 その気持ちを何とかしてくれるのが、目の前の人だと勘違いしたのです。


 だからと言って、その人に恋しちゃったりなんかしませんよ?

 男の人に甘えて慰めてもらおうだなんて、思ったりしてませんよ?


 バックルームに連れ込んで、固い床に毛布を重ねて敷いて、布団代りにして……なんてそんな事もしませんし、騎士の着用する鎧が、脱ぐのが結構面倒でそれを私も手伝ったりなんか絶対にしません!


 挙句の果てに、いざその時になって……大きすぎて……、断念したとかそんな冗談みたいな話、私は存じません。聞いた事もありません。


「あーもう! 異世界サイズめ!」


 私は欲求不満なのでしょうか。


 とりあえず私は昨夜の事を、全部無かった事にしたいようです。


「あれも……これも……全部、ぜんぶ……恥ずかしすぎる……」


 いい歳していったい何をしているのでしょうか。

 男の人の背中にしがみ付いて、「帰っちゃやだ」なんて言っていい歳なのでしょうか。

 世間様は許してくれるのでしょうか。逮捕されないでしょうか。


 私をこの世界に連れてきた神様だか仏様だか知りませんけど、どうせなら私を十七歳に戻してくれないでしょうか。

 神様ならそれくらいの事、出来るのではないでしょうか。


 このお店に、……異世界に来てまで電気を通すような気の利いた事が出来るのなら、何故私を十七歳にしなかったのかと問いたい。小一時間、問い詰めたい。




「まいどー!」


 配達人のフーゴさんがやってきました。


「おはようございます、フーゴさん」


 木箱を二つカウンターの前に置いてから――


「えっと、マスター?」


 ――と訊ねてきますが、マスターと呼ばれる者はコンビニには存在しません。


「私はオーナーでも店長でもありません。サオリと呼んでください」

「じゃあサオリ、この荷物を持ってきたヤツを見たぞ。初めて荷物を持ってきた時に気にしてたろ?」


「え?」

「十二歳くらいの女の子だった。透き通るような金髪のすげえ美少女だ。そいつはなんと転移魔法でうちの配送センターに来たんだ」


「転移魔法?」

「ああ。そんな魔法、Sランクだって滅多に使えるもんじゃねえ。それをまだ小さい女の子が使ってたんだ。タダもんじゃないねありゃ」


「そう……なの」

「俺の勘だけど、アレに関わらない方が身のためだぜ。嫌な予感しかしねえ」


「……」

「ありあっしたー!」


 フーゴさんは颯爽と馬車に乗って去って行きました。

 

「十二歳くらいの……女の子」


 貴重な情報だとは思いますが、私がそれを知った所で、いったい何が出来ると言うのでしょう。


 私は木箱をカウンター内へ運び、中を確かめました。


 マナ・ポーション

 ヒール・ポーション

 シースナイフ

 教授の鞭


 発注したものがすべて入っていました。


 鞭を手に取るとどう見ても新品になっています。


 エリオットが持っていたものを、回収した物ではないのでしょうか。

 ナイフを見ても一度も使った事のないような、刃の輝きをしています。


「考えても分からないわね」


 これらを持って来た者が十二歳くらいの女の子と聞いて、私は一つだけ連想したものがあります。


 エリオットが洞窟で出会ったという天使です。

 何故それに直結したのかは分かりませんが、そう想像してしまったのです。


 神の使い。エリオットを追い詰めるべく魔物さえ使役した者。洞窟から外へエリオットを転送したのもこの天使でした。その転送とは転移と言うのではないのでしょうか。


 私に繋がるものは……天使?


 ほぼそうなんじゃないかという気持ちになっています。

 そして天使の背後には、神様という存在も見え隠れします。


 その洞窟へ行けば、私は元の世界に戻れるのでしょうか。


 私はバックルームへ戻り、エリオットが残した羽根ペンを手に取ります。


 彼はこのペンの能力がまだ分からないと言っていました。

 Sランクの彼が分からない事を、私が分かるとも思えませんが、それでも調べる必要がありそうです。


 羽根ペンはインクがなければペンとして使う事が出来ません。


 ランドルフが来た時にでも、お願いしてみましょう。

 コンビニエンスストアには、残念ながらインクは置いていないのです。


 真っ白で綺麗な羽根を透かして見ながら、何かと繋がったかもしれない一本の細い糸が、このペンから伸びているような、そんな気がしました。



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