10・エクスなんとかはありません
―― 4日目 ――
サメの次は、ついにあいつが来ました。――サンドワーム。
なんとそいつは、その大きな口を開けて、お店ごと食らいつこうとしています。
不快な擦過音を響かせながら、サンドワームがお店の扉付近を口に含もうとしていました。
巨大な口内は漆黒の闇が広がっています。――なにも見えないのです。舌も……喉も……。
「あいつの胃袋はどこか別の世界に繋がっているらしいぞ。飲まれたら二度と抜け出す事の出来ない、物理法則が通じない時空に送られるという話もある」
「そんな……怖い」
ガラスが完全に落ちた扉は、ただのフレームだけです。
サンドワームの口に引っかかったお店の屋根もその扉も、ただ軋むだけで何の変化もないようです。
「これは、どういう事でしょう」
「その結界と同じ力が働いているんじゃないのか」
私は自分の居るお店について、まだよく分かっていなかったようです。
ガラスは人の手で割る事は出来ても、その枠は壊せないようになっているのでしょうか。
昨日のサメたちは扉の割れたガラスの部分を通って、店内に入ってきていました。
「つまり、このお店自体を破壊する事は出来ない、と?」
「そうなのかもしれないな」
とはいえ、店内は既に酷い惨状なのですが。
サンドワームはお店ごと食べるのを諦め、その巨体を扉の枠の間に無理やり押し込み始めました。
お店の扉は観音開きタイプです。それが店内側へ左右に開ききり、サンドワームの肉の塊が、ミシミシと変形して無理やり押し込まれてきます。
「気持ち悪い……」
「さて、どうするか」
エリオットに武器はありません。魔法は何回も使えないのでしょうか。
「あの強力な魔法は?」
「しばらくは撃てない……マナ・ポーションはないのか?」
「マナ? ここにあるのは、ヒールとキュアだけです」
「そうか。なら大魔法はしばらく使えない」
魔力を回復するポーションでしょうか。私の知らない種類のポーションがまだあったようです。
「あっちのガラスを割ってもいいか?」
エリオットは本や雑誌のコーナーの窓を指して言います。
「外に出るのですか?」
「こいつは俺を追っているんだ。外に行けばこいつも付いてくる」
「大丈夫なのですか?」
「ここに居ても逃げ場はない。今はサンドシャークの姿もない。一対一なら俺に分がある」
この人はこんな怪物を前に、自分の方が強いと言っているのでしょうか。
「私は止めません。ガラスは割ってしまっていいです。お気をつけて」
「ああ、じゃあな」
エリオットは本のコーナー側の窓へ行くと、ナイフを静かに押し付けました。
ピシッと甲高い音を響かせて、ガラス一面にヒビが入りました。
魔法を発動したのでしょうか。窓ガラスは一瞬で砕け散ります。
ぽっかりと空いた窓枠に身をくぐらせて、エリオットは外へ出ました。
サンドワームは挟まっていた扉にしばらく悪戦苦闘していましたが、そのうちお店から離れました。
すぐに戦闘が始まります。
エリオットの稲妻の閃光が幾度となく煌めき、雷鳴を轟かせていました。
サンドワームはその巨体を活かして、エリオットを飲み込まんと迫ります。
地面は接触している部分だけが砂状に変化すると言っていましたが、砂嵐のせいで辺りはすっかり砂漠状態です。そんな不安定な足場で、エリオットは固い地面を走るように俊敏に動いています。
私に出来る事はありません。
バックルームに行き、DOTを手に取りました。確かめたい事があったのです。
発注画面を開き、タッチパネルを操作してページをめくります。私の世界にあった商品はグレーの色で埋め尽くされ、発注が出来ない状態を示していますが、その中に明るい色で発注可能となっている商品が出てきます。
「あった……」
先日のポーションの先にそれはありました。
『マナ・ポーション 0/99』
強弱の種類はないのでしょうか。それは新商品として登録されていました。
先日、三人組みのパーティーの方とお話しをした時に、ポーションの話が出ました。その後でポーションが発注出来るようになっていたのです。
私はその時に、ある可能性に気付いたのです。
この世界で私が必要とした物、もしくは認識した物が発注出来るようになるのではないかと。
話を聞いただけで認識した事になるのかは疑問ですが、そういう物があると私が頭の中で考えた事は確かです。
迷わず最大発注数を入力します。
『マナ・ポーション 99/99』
DOTのページをさらに進めます。
『教授の鞭 0/1』
これは武器なのでしょうか。商品詳細を見てみます。
『プロフェッサー・ウィップ 魔力感知型変形方式。UW。WR・S』
よく分かりませんが、エリオットの使用する武器は鞭だと言っていたので、これだと思います。
とりあえず、発注は掛けておきます。あとは何もありませんでした。
カウンターまで戻って外を見ると、エリオットとサンドワームの戦闘はほぼ終盤のようです。
明らかに動きの鈍くなったサンドワームに、ナイフしか持たないエリオットは圧倒していました。
その巨体で押し潰すか、巨大な口で飲み込む事でしか有効打のないサンドワームは、速さを活かした細かい攻撃の出来るエリオットの敵ではなかったようです。
エリオットのナイフが淡く発光し、横一閃にサンドワームの横腹を切り刻み、瞬時に離脱。
死角へと回りこみ、さらに一閃。さらに回り込み……それを繰り返し続ける事でサンドワームはまるでサンドバッグのように、右に左にとその巨体を揺らし続けています。
「これで終わりだ! ライトニングウェーブ!」
魔法の杖のように使うナイフから、バチバチと放電されたエネルギーがサンドワームに向けて放たれます。
波を打つそれはサンドワームに当たるや雷鳴を轟かせ、眩い光で包み込みました。
シュウと煙を吹き、真っ黒に焦げたサンドワームは、ようやくその動きを止めました。
「やったの?」
私は店内で一人呟きます。どうやら決着はついたようです。
しばらく様子を見ていたエリオットも、完全に沈黙したサンドワームから目を離し、お店に帰ってきました。
「お疲れ様でした」
「本当に疲れた……」
いつもの席になるのでしょうか、破壊されたお弁当のオープンケースに寄り掛かると、エリオットは崩れるように座り込みました。
「はい。ポーションです。明日になればたぶん、マナ・ポーションも入荷するかもしれません」
「なんだって?」
カウンターに置かれたポーションを受け取りながら、エリオットは訝しげな顔をします。
「発注できましたから。……そのポーションもそうして届いた物です」
「よくわからんがマナ・ポーションは欲しい」
連続で戦いになると厳しい、そんな顔をしています。
「今日はもう魔物は襲って来ないのでしょうか」
「どうだろうな。昨日もその前も、夜は襲って来ていない」
このまま夜になれば魔物たちも休んでくれるのでしょうか。
私はエスプレッソマシンでコーヒーを淹れて、エリオットに渡しつつ武器の事を伝えます。
「マナ・ポーションと一緒に、武器も入るかも知れませんよ」
「なんだこの飲み物は! 苦い!」
コーヒーは初めてだったのでしょうか。ミルクと砂糖を渡しました。
「それを入れてみてください。甘くなります」
私もカフェラテを淹れて飲みます。エリオットもラテの方が良かったのでしょうか。
「『教授の鞭』というのが入荷すると思います」
「はあ!?」
私が武器の名称を言うと、エリオットは大きく目を見開き、口にしたばかりのコーヒーを涎のように垂れ流しました。
呆れた顔をしています。
「どうされました?」
「その名前をどこで知った?」
「発注画面にそう出ていました」
「!?」
エリオットは顔をハテナマークにしています。私はカフェラテを一口飲んでから、DOTの事を説明しました。
「それで何で……『教授の鞭』なんだよ」
「何でと言われましても」
「そいつは俺の使っていた鞭だ。オルグキングと戦っていた時にそいつに食われちまったんだ。ユニークウェポンだから同じ物は他にない」
「?」
今度は私がハテナマークです。ユニークウェポンとは何でしょう。エリオットが持っていたその物が、発注出来たという事なのでしょうか。
「エリオットは教授なのですか?」
「いや違うし。てかそんな事はどうでもいい。とにかくユニークアイテムなんだよその武器は。俺だけが持っていたんだよ。魔物に食われたそれが何でサオリの店に届くんだよ」
「さあ?」
「……」
私はちょっと閃きました。もしかしたら……もしかして。
持ち主のいなくなった武器で、私が聞いて知った物なら、発注出来るようになるのかも?
「エリオットさん。この世界で一番強力な武器はなんですか?」
「え?……そりゃあ勇者の剣だろうよ。カリブルヌスの剣。別名『エクスカリバー』だ」
私はDOTを開いて発注画面を調べます。
「えくす、えくす……ないですね」
「どういう事だ?」
「なんでもないです」
その剣は今は持ち主の元にあるという事でしょうか。もし、持ち主がそれを手放したらこの画面に出るのかもしれませんね。
私はカフェラテを飲み干し――
「他にその、ユニーク何とかで、知っている名前はありますか?」
――エリオットから色々な名前を聞きましたが、DOTの画面にそれらが出る事はありませんでした。




