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異世界コンビニ☆ワンオペレーション  作者: 山下香織
第一部 第一章 混沌の世界
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1・そして、異世界

 私はこのお店に勤め始めてから既に数年経ち、昼勤も夜勤もこなし、発注も任されている言わばベテランクルーです。このお店のリーダークルーというささやかな肩書もあります。


 このコンビニの系列店では働く店員の事を、従業員やスタッフとは呼びません。クルーです。船の乗組員です。


 今日は夜勤のシフトなので、縦縞ストライプの制服です。昼勤はポロシャツにエプロンですが、このコンビニの代名詞とも言える制服は、実は夜勤だけの制服なのです。


 私は出勤時間の十分前にお店に入りました。バックルームで制服に着替え、ストコン(ストアコンピューター)で出勤入力をしてから、手を洗い、アルコール消毒し、私の前の時間のシフトに入っている、女子高生二人に挨拶します。


「おはようございます」

「おはようございます」

「おはようございます。沙織さん」


 お箸、スプーン、フォーク、ストローなと補充できるものは補充して、たばこの棚も確認します。

 女子高生二人組は、夕勤の仕事をちゃんとこなしてくれていました。トイレ掃除もリーチイン内の補充も完璧でした。なかなか出来る子たちで嬉しくなります。


 少し乱れた棚の前陳をします。

 コンビニ店の商品棚は、よくお客様の手によって荒らされます。荒らされると言うと言葉は悪いですが、これは品出し時の、先入れ先出しというシステムが大きくかかわってきます。


 どういう事かというと、棚の奥に入荷したばかりの日付の新しい商品を入れ、その商品の前に日付の古い商品を戻すというものなのですが、お客様にとっては既にこれは周知の事実なので、新しい日付の商品を求めたお客様が、棚の奥から商品を無理やり取り出すのです。結果、陳列が乱れ、棚が荒らされたようになるのです。

 

 なかなか無駄な作業だなと思いながら前陳していたら、二十時になりました。


「もう帰っていいわよ。お疲れ様でした」

「はい。お先に失礼します」

「お疲れ様でした。沙織さん」


 シフトはすべての時間において、二人体制です。もう一人は遅れているようですが、じき来る事でしょう。

 私は未成年である女子高生たちを、時間通りに上がらせました。


 バックルームから二人の若い声が、キャッキャと聞こえます。

 私だって元女子高生、と言いたい所ですがそれは既に数年も前の話で、二十代も半ばになると彼女たちの若さが少し羨ましく感じてしまうような、そんな年頃になってしまったのだと、実感してしまいます。


「お疲れ様でした!」


 着替えた彼女たちは、レジ前に来てあらためて挨拶をすると、仲良く帰っていきました。


 ちょうどお客様も途切れて、店内は私一人だけになりました。

 もう一人はまだ来ません。遅れるという連絡もありません。


 夜の店内に一人というのは、ちょっと怖いです。

 こういう時はマニュアル通りに、カウンターの内側に居る事にします。


 店内とカウンターの仕切りを越えたその時でした。私は急な眩暈を覚えて床に膝をついてしまいました。


「なに?……貧血?」


 頭がクラクラして目が回ります。上も下も分からなくなり、私はそのまま床に横になってしまいました。


「そんな、……誰も居ない時に」


 しばらく目を閉じ、じっとしていました。


 お店自体が揺れている気がします。世界が回っている感覚がします。


 少し落ち着いた頃、カウンターにしがみ付くようにつかまり、なんとか立ち上がりました。


 何か、雰囲気が変わっていました。とても静かです。

 店内に流れていた音楽も聞こえてきません。心なしか空気も変わった、そんな気がしました。


 私はカウンター内をお店の入り口近くにまで移動して、外を見ました。

 

 そこには……

 そこは……

 ここは……


「どこ!?」


 見慣れない景色が広がっていました。


 さっきまで夜だったはずなのに、今は煌々と光差す昼間です。辺りは一面の草原となってしまっています。

 風に遊ばれ、揺れる草花たちは一見長閑そうですが、私の心はパニックです。しばらく動けませんでした。


 どれくらいそうしていた事でしょう。一時間か二時間か、私は固まっていました。

 ようやく動き出して、恐る恐るお店の扉まで移動します。


 扉を開けると爽やかな風が流れ込みました。

 一歩外に踏み出すと。……ちゃんと出る事が出来ました。

 

 二歩三歩と進み、完全にお店の外に出ると急に不安になりました。

 すぐに店内に戻って、カウンター内に避難します。


 なんだか、お店の外に出てはいけないような気がしたのです。

 そのまま、帰ってこれないような、そんな感覚に囚われます。


「どうしよう」


 なんとか心を落ち着かせ、店内に設置してある電話を思い出し、飛びつきました。

 ――繋がりません。

 でも店内の電気が点いてる事に気が付きました。

 冷蔵庫も冷凍庫も作動しています。そして水道さえも、ちゃんと水が流れました。


 外は一面草原です。この電気はどこから引いているのでしょう。

 水はどこから供給されるのでしょう。


 落ち着け。落ち着け私。

 考えろ。考えろ。


 さっきから、頭の隅をチラチラと掠めるものがあります。そんなはずはないと、それを押し止めます。


 でもどう考えても、こんな状況になる可能性など、想像もつきません。


 まさか、まさか。

 異――

 チラチラと、その単語が浮かびます。


 もっと考えて! 何かないの? 他に可能性は? 

 どうしてもその言葉が、表に出てきそうなのです。

 そんな事、絶対に認めたくないのに。

 

 でも、……でも。

 

 あらためて外を見ても、やはり変わらぬ草原のままでした。


 そんな……

 ここは……ここは。

 異世――

 その言葉が口から出そうになった瞬間、私の視界に飛び込んできたものがありました。

 

 お店の外、少し離れた場所に姿を現したそれは、人型をした緑の怪異でした。

 まるでファンタジー小説の定番の、アレみたいじゃないですか。


 私はそれを、小説やアニメで見て知っています。


「ゴ、ゴブリン……?」


 さっきまで否定していたものが、頭の中ではじけました。


 ここは……ここは!


「異世界!?」




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