甘えっこ
「ミハエル~、慰めて~!」
いつものように原稿をボツにされて、女流ラノベ作家<蒼井霧雨>はいつものように彼に抱きついた。
「はいはい、大変だったね」
そう言って彼女の頭を撫でてくれたのは、さらりとしたプラチナブロンドの髪を揺らめかせた、十歳くらいの碧眼の少年だった。
彼の名はミハエル。こう見えても蒼井霧雨の<夫>である。
『十歳くらいの少年が夫?』
と思うだろうけれど、それは彼が見た目通りの年齢でないことを知らなければそう感じるだけかもしれない。
なにしろ彼は、<人間>ではないのだから。
伝説の住人、偉大なるノスフェラトゥ、<吸血鬼>こそが彼の正体である。
けれど、柔らかな物腰、穏やかな表情の彼は、とても人間の生き血をすすり同じ吸血鬼に変えてしまうと言われている吸血鬼とは思えなかった。
それも当然だろう。現実の吸血鬼は、人間と敵対することをやめ、共に地球に生きる種として共存することを選択した、れっきとした知的生命体なのである。
その証拠に、
「ママはほんとに甘えっこだなあ」
「だよね~。子供みたい」
「こらこら、悠里も安和もからかっちゃダメだよ」
と、いちゃいちゃする二人の様子を呆れた様子で見ていた、悠里と安和、そして椿という三人もの子供がいた。
まだ三歳くらいにしか見えない悠里と安和はこれでもそれぞれ十三歳と十二歳である。そしてミハエルと同じくらいの年頃に見える椿は十歳。
完全に椿が姉のように見えるものの、悠里は長男。安和は長女。椿が次女であり末っ子だった。
どうしてそんなことになっているかと言うと、悠里と安和は吸血鬼である父親の形質を強く受け継いだことで<ダンピール>として生まれ、けれど椿は母親の形質を強く受け継いで<人間>として生まれたからだ。
吸血鬼は肉体的な成長は人間よりも遥かに遅く、反面、精神的には人間よりも早く成長する。自分で自分のことが守れる程度までは人間とあまり変わらないかむしろ早いくらいに成長するものの、明らかに人間よりも強く、外見的には三歳から五歳くらいに成長するとそこから先の成長はゆっくりになるのだった。
なので、ダンピールである悠里と安和の成長は三歳くらいからゆっくりになり、しかし精神的な成長は止まらず、実年齢は中学生くらいでも、精神年齢としては高校生くらいにもなっているのだろうか。
などと説明はしたものの、この家族は、そういう細かい話についてはさほどこだわっていなかった。
ただあるがままをあるがまま受け入れ、楽しく愉快に暮らすことがモットーなのだった。