#13 中村桐
世界地図上で中央大陸の下に位置する、暗黒大陸。
世界の人々が住む事を恐る、見捨てられた大陸に僕たちはいた。
「やはり長距離の瞬間移動ともなると、MPが多少は減るな」
「……気持ち悪い、誰ですかこんなデタラメ魔法考え出したの」
「私は好きだけどなー」
辺りを見渡す。
直感でここが別の大陸であると理解できた。辺りに生えた草は枯れた命を感じない色をしている。遠くの方を見ると、砂漠のような砂の色の大地が見える。
空気が乾いている、生温い風が不快感を与える。踏む地面はひび割れていて、僕の体重でパキパキと音を立てる。まるで生命に見捨てられた、或いは生命を拒むような場所。その両方かもしれない。
「ここが今日からお前たちの住む場所だ。安心しろ、野に晒すような真似はしない」
「突然こんな場所に来てそう言われましても」
「もしかして騙された!?」
「お前達の後ろにあるのが俺の家だ。まさかまた使うことになるとは思わなかったが」
後ろを振り向く。前を見ていて気付いてなかったが確かに小屋があった。
丸太を組んで作られた、少々雑な建物。要をロープで縛り付けてある。しかしこんな周りに何もないところにポツンと一軒家というのはなんとも妙な光景だ。
マグルさんが中に入るのに続いて僕たちも中に入る。
キィ、と軋んだドアの音。中を見ると藁が敷き詰められてあり、かなり埃っぽい場所だ。家の主だと言い張る本人も咳き込む。
中には家具はなく、辺りには捨てられたかのように雑に置かれた様々な種類の武器とあらゆる魔術書のような本。他には布団があるだけだ。
そこに座り、話を聞く。
「お前達、レベルは幾つだ」
「え、8。ですかね」
「8だねー」
「そうか──30だな。30レベルになるまで修行をして貰うぞ」
「なっ、30っていうと何年かかると思ってるんですか!」
「強くなれる!?」
そんな疑問に対し、問題無いという顔で堂々と答える。
「保証する、”一ヶ月”だけで十分だ。まずはその為にプロフィールを見せろ」
「……分かりました」
若干疑いつつも、持っていたカードを見せる。
カードの内容は「個人情報」と「ステータス」で構成されている。
<ナカムラ アキ>=人間=
出身??? 年齢18
Lv8
◇MAGIC
火属性 氷属性
◇SKILL
-NODATA-
◇ABILITY
-NODATA-
<ナカムラ ヒイラギ>=人間=
出身??? 年齢18
Lv8
◇MAGIC
雷属性
◇SKILL
-NODATA-
◇ABILITY
-NODATA-
それを見て、不思議そうな顔でマグルは尋ねる。
「スキル、アビリティの解放はしていないのか」
「え?」
「なにそれ?」
「レベルアップ、もしくは条件を達成した時、魔法,スキル,アビリティのいずれかが解放できるようになる。解放は4,8,12....と基本的に4レベルアップ毎にできるようになっている」
それは初耳だ。てっきり最初からある能力だと決めつけていたけど、違ったのか。
今は8レベル。属性魔法は最初から持っていたから、二つ解放できることになる。
「なるほどー」
「じゃあ、解放の仕方は?どうやるんですか」
「普通に意識するだけでいい。まあ開放という常識すら知らなかったのだから、意識することも今まで無かったのだろう」
「ははは……」
マグルさんは僕たちが異世界人だって知らないし、秘密にしたほうがいいかな。
もう巻き込まれてるような物だけど、これ以上の面倒ごとは避けたいし。
言われた通りに念じてみる。すると確かに、スキルの解放がされるのを感じる気がした、感覚的なものでどうやったのかは分からないけど、そういうものなのか。
<ナカムラ アキ>=能力解放=
*収納術(SKILL)
収納用の異空間を操ることができる
*狙撃(ABILITY)
攻撃範囲の上昇・命中率の上昇
<ナカムラ ヒイラギ>=能力解放=
*筋力強化(ABILITY)
攻撃力の上昇
*諸刃の剣(ABILITY)
防御力の大幅な減少・攻撃力の大幅な上昇
確かに、何か解放された。スキル「収納術《ストレージ》」とアビリティ「狙撃」か。
さっきと何か体に変化が起きた気はあまりしないけど、これでいいのか。
柊は、両方アビリティ?
「……聞くが、柊と言ったか。お前、騎士の筈だったな?」
「うん!そうだよー」
「どう見たって、攻撃寄りの編成なんですけど」
「防御職なのに、刀など持つからだな。職種と武器が合わないと、得られる能力に偏りが出来てしまう」
「僕のクナイなのに狙撃手なのも合ってないですよね」
「いや、馬鹿にした事もあったが実は意外と相性が良い。その組み合わせなら優秀な遠距離アタッカーになれる」
「あぁ。そうだったんですか……」
クナイで狙撃って「できるのか?」とも思ったがこの人が言うなら確かなのかもしれない。信用してるわけではないけど確かな実力があることは僕から見てもわかる。
「明日から特訓をする。覚悟するのだな」
「了解しました。出来るだけ早く帰りたいですね」
「頑張るよー!」
まあ、”強くなる”っていう事でも、目標を持ってみるという試みはいいと思う。
人生まだ長いんだ、多少こんなことがあっても、いいかもしれない。
**********
その頃、元いた世界。
中村桐は、無気力でテーブルに突っ伏していた。片手にはビール、辺りにはゴミが散らかりまるで無法地帯となっている。
「ホント、何だよ。警察に捜索願出しても何も進展無いし、あいつらどこ行っちまったんだよおぉ〜……なぁ、秋、柊」
いつものように呼んでも、誰も返事する者は居ない。自棄酒をしてあたりを散らかしても片付けてくれる者も居ない。何かで気を紛らわせないと不安で仕方がなく、最近食事も喉に通らないし、碌に風呂も入ってない気もする。
会社に事情を説明して今は休暇をもらっている。本来楽しいはずの休暇であるが、一切心は晴れる事が無くおかしくなってしまいそうだ。
外はこんなにも明るいのに、それに比例するように桐の心は絶望色に染まっていくばかり。
「オレ、何かしたかな。あいつらの事雑に扱いすぎたか?そんな筈無い。赤ん坊の頃から可愛くて仕方なかったよな、小さい時から不器用なオレでも母親だって慕ってくるんだ。絶対に守るって、そう……決めたはずだったのにな」
今までの記憶を、まるで昨日のように思い返す。懐かしくて、とても輝いていて、どれも宝石のように大切な思い出たち。
まだ居なくなたって現実が受け入れられない、あの子達がまたひょっこり帰ってくるんじゃないかって心の何処かでまだ信じている、そんな自分がいる。
でもたったそれだけで取り戻せるなんておもってない。
取り返したい、あの日常を──
「はぁ、酒なんて飲んでる場合じゃないな。手がかりがあるかもしれない、行こう」
心当たりは、あると言えばあったんだ。
地下室に向かう、きっといなくなったとしたらそこなのだろう。
階段を降り、地下室に入る。
ふと、そこにあった本棚。はみ出した一冊の本に気づいた。
「ええと『オレの日記』って、文字通りだな。うわ、懐かしいことばっか書いてある」
表紙に書かれたタイトル通り、中村桐──彼女の日記だ。そこには汚い字で沢山の出来事が綴られている。
ついつい眺めてしまったが、本来の目的を思い出すと、パラパラと急ぎ本をめくる。そしてとあるページに辿り着いた。
「あれ、ここに挟んでた紙が消えてる。確か……」
傍、地下室の地面に落ちている乳白色の古ぼけた紙に視線を落とす。そして、彼女の頭の中で──出来事が繋がった。
「あぁ!?ま、待てよおい。そりゃ見つからねー訳だ。……まさか、な。一生戻ることなんてないと思ってたのに、行くしか……ないのか。いや!行くぞ!待ってろ秋、柊!俺が連れ戻してやる!」
彼女は何かを確信し、地下室から急ぎ足でリビングの隣にあるデスクへと大急ぎで向かった。
一枚の白紙、そして一筆のボールペンを取り出す。近くにあった定規、コンパスも手に取り、紙に一心不乱で模様を描く。
精巧に、円を中心として描いていく。やがてそれは骨、肉と形をつけていき一つの大きな模様となった。
「術式は間違ってないはず、あとはしっかり発動させるだけだ」
近くのカッターで、指を切り、血を垂らした。
すると模様が蒼く、光り輝く。それはやがて桐本人を囲む程の大きなものへと発展した。
「行くぞネイラ!待ってろよ、生きていてくれよ二人共っ……!」
光が部屋を包んだ、次の瞬間。
中村桐の姿は、すでにそこには無かった。