9話 分岐点で交差点
森の入口の少し手前、不様に地面を這いつくばるハルトとアズライールは口をポカーンと開けてその異様な光景を眺めていた。
「ぷるぷるぷるぷるぅ!」
「「ごっ、ぶっ、ごぶぎょっ」」
確かに、自分達はこのスライムに負けた。だが、それは自分達が力を失っているからだと思っていたし、このスライムは多少強い程度で、最弱の魔物という価値観に変化はなかった。
ハルトとアズライールの認識では、スライムがゴブリンに勝てることなど想像の範囲外。だというのに、このスライムは拳を作り、ゴブリンをあれよあれよと殴り飛ばしていた。
スライムに蹂躙されるゴブリン。こんな光景を2人は見たこともなかった。
「つ、つよい。」
ハルトは呟いた。それもそのはず、ハルトの目にはスライムにより繰り出される拳速は残像が残る程速く、動体視力には自信があったハルトですら、その実体を捉えることができない。
「ごらぁ!」
「ぷ?」
野太い声が聞こえると、他の者より2回り程大きい体と長い手足を持つゴブリンが、スライム目掛けて躍りでる。
勢いをそのままに、頭上より棍棒を振り落とす。
アズライールを襲ったボスゴブリンだ。
「ぷぅぅっる!」
すると、スライムは腕を交差させて防ぎ、気合の入った掛け声とともに棍棒を跳ね上げた。
「ごぁっ!」
胴ががら空きになるも、ボスゴブリンはその長い脚でスライムの体を捉え、蹴り飛ばす。
「ぷるぅ~~~。」
気が抜ける鳴き声を発し、空中をくるくる回転しながら、スライムはハルトの頭の上にぽてんと着地した。
「おい、スライム! 大丈夫か?」
ハルトは自分の頭の上に降ってきたスライムに声を掛ける。
どういうつもりかは知らないが、今はこのスライムが自分達の生命線。
節々が痛み、もはやまともに動けそうにないハルトはスライムの身を案じた。
「ぷっぷっぷっ?」
そんなハルトの心配をよそに、スライムは呑気にハルトの頭をペンペンと叩き出す。
「いてて! 何しやがる! 俺は見たまんまの怪我人だぞ!」
「ぷーちゃん!前!前!」
ぷーちゃん?
なに、その名前。ださい。
ハルトは、アズライールが叫んだ突拍子もない名前に思わず気を取られ、とりあえずその名前を批評した。
「…っておい! ぷー助! 来てるぞ!」
見れば、先程のボスゴブリンが体制を整え、距離を詰めてきている。
「ぷっぷるー!」
スライムが叫び、その体を発光させた。その光はスライムを頭の上に乗っけているハルトにまで伝播する。
しかし、ハルトにその事を気にする余裕はない。頭の上で謎スライムが発光している。その驚きが何よりハルトを混乱させた。故にハルトは自分の身に起きてる事にまで気が回らなかった。
「光った~!」
「あんたもね!」
「はぁ!?」
「ぷー!」
「ぶへっ!」
ハルトは、アズライールの言葉に頭をあげたが、スライムに踏み台にされ、顔を地面に埋める。
「いってぇじゃねか、このアホスライム!」
ハルトはガバッと起き上がり、スライムに物申した。
見れば、スライムはボスゴブリンとの戦闘に戻り、それどころか他のゴブリンを此方に近づけないよう牽制までおこなっていた。
「あんた、怪我が…。」
「ん?」
ハルトは自分が立ち上がっていることに気がついた。
「…治ってやがる。」
体力までは回復していないが、先程まで感じていた体の痛みを今は感じない。
何故スライムが自分達を助けてくれるのかは分からない。スライムが人相手に治癒魔法を使うだなんて前代未聞だ。
ハルトは、疑問を含んだ目でスライムの背中を見た。
「な…んで。」
「うそでしょ?」
ハルトとアズライールはそのスライムの背中に絶句した。
見ればスライムは、親指を一本ぐっと立て、今度はビシッとその立てた親指を森へと差し向けた。
―――― 俺を残して先にゆけ。
2人にはスライムがそう語り掛けてるかのように感じた。
「…おい、魔王!」
「…えぇ、勇者!」
「「行こう!」」
そういうと、ハルトとアズライールはスライムに背を向け森へと走り出した。
「ぷる!」
その姿を見届けると、2人に向かって立てていた親指を握り込み、再びゴブリンと向き合った。
「ぷる~!」
「「ごぶら~!」」
スライムとゴブリンが再び戦闘に入る。その争いの声を背中で聞きながら、ハルトとアズライールは森へと入る。
「ぷー助、イケメンすぎるだろ…。」
「えぇ。ぷーちゃんの気持ちは決して無駄にしないわ!何としても生き残りましょう!」
ハルトはスライムの男らしい背中に顔を上気させ、アズライールにいたっては、にわかに目を潤ませている。
ここが何処か分からない以上、進むべき方向は定かではない。
しかし、スライムがくれたこのチャンスを逃すものかと、2人は並んで森を行く。
「ん?」
並んで?
ふと、疑問がハルトの心に浮かび、少し後ろを走るアズライールに視線を向ける。
「っ!! もしかして、ゴブリンが来てるの?」
アズライールはハルトが振り返ったのを、ゴブリンが近付いているのではと思い、後ろを振り返り、追っ手が来ていないことを確認する。
「いないじゃない! 紛らわしいことしてないで、ちゃんと前向いて走りなさい! ここが、私達の運命の分岐点といっても過言ではないわ!」
ふんすとアズライールは鼻息荒く、ハルトに足を動かすよう促す。
「あぁ、魔王。お前の言うとおりだ。」
「分かってるならちゃんとしなさい。ほらさっさと前向く!」
「よし! なら魔王、お前はこのまま左に進め! そして俺は右に行く!」
「左ね! 分かった…。ってなんでアンタは右に行くのよ! この状況で別れるなんて死ぬようなもんでしょ!」
ハルトの突然の合理性のない提案に、アズライールは驚いた。
「魔王、良く思い出せ。まずは一番最近の台詞からいこうか。」
「私が何を言ったってのよ!」
アズライールとしては、生き残るためには、勇者と言えど戦力が必要。ハルトの提案を受けるわけにはいかない。
「…了解よ。こっちも何時までもアンタと行動したくないし。」
ハルトは目を両手で吊り上げ、裏声で話し出す。
「急になに! あとその声、かなり不快よ! 頭に蛆でも沸いてるんじゃないの?」
「お前の台詞だよ!」
はて? とアズライールは記憶を掘り起こす。
…うん、確かに言ったわね。でも今はあの時と状況が違うわ。
「まさか、そんな小さなことに腹でも立ててた訳?」
「更に!」
アズライールの言葉を遮り、ハルトは言葉を重ねる。
「俺はその前に、はっきりとお前にこう言った。逃げるのは別々。これが俺に出来る最大限の譲歩だと。」
譲歩
アズライールはその言葉にはっとした。そしてようやく、あの時言われた言葉の真意に思い至る。
「分かったか? 納得したか? 今や俺がお前と居る理由は百害あって一利なし。ここがお前の言うとおり、運命の分岐点ってやつだ。」
アズライールはハルトの言葉に、ダラダラと冷や汗をかく。勇者は自分と別れたところで、危険になることはない。むしろ、自分といることの方が遥かに危険。あのゴブリン達は全員私を狙っていた。
ゴブリン達が狙ってくるとしたらまず間違いなく自分だ。もし、次にゴブリン達に見つかれば…。
アズライールは、ハルトが譲歩といった意味を体をもって体感した。身をぶるっと震わせ、恐怖を紛らわすかのように、杖をぎゅっと抱く。
ここは、何としても勇者から離れる訳にはいかない。アズライールはそう決意した。
「ねぇ、ハルト。あなた良く見ればとっても素敵ね。今なら私を抱きしめてくれても良いわよ? あなたと私は魔王と勇者。これまで2人の道は交わることはなかった。」
「…。」
何やら語りだしたアズライールをハルトは感情の籠っていない目で見詰めていた。
「でも、幾度も間違え、幾度も衝突した2人の道は、今この逆境を越えて交わろうとしている。ここは、分岐点。でも、今まで別々の道を歩んでいた2人が交わる交差点でもあったのよ。」
「…え?何なのこの語り?」
そこで、アズライールは一拍空けて、頬に手をやり器用に赤く染めてみせ、憂いを込めた瞳でハルトに問いかける。
「ねぇ、あなたもそう思うでしょ?」
「いや、思うわけないだろ?」
バッサリだった。
「何よ! こんな可愛い美少女が困ってるのよ! ねぇ、一緒に居ましょう? あなたが居てくれないと、いたいけな少女が性的な意味で食べられちゃうわよ? それで良いのか、勇者様!」
「弱気になるなよ、魔王様! っておい、魔王!左向け!来てるぞ!」
ハルトは体を反転させると、アズライールの左後方を見て、警戒を促した。
「そんな!」
ハルトのその言葉に、アズライールも瞬時に反応し、敵を見付けなければと、ハルトが視線を向けた先を警戒する。
「いったいどこに!?」
しかし、見れどもゴブリンの姿を見付けることは出来ない。
「勇者! 場所を教えなさい、それさえ分かれば、私が魔法…で。」
先程まで勇者がいた場所を振り替えると、既にそこはもぬけの殻。視線を奥に向けると、自分を置いて小さくなって行く勇者ハルトの背中があった。
アズライールは自分が勇者に騙された事に気付くと、全力でその背中を追いかける。
「はぁはぁ……ちょっと勇者!待ちなさい!!」
アズライールは、ハルトに呼び掛けているが、一向にハルトが応じる事はない。
「いやいやいや!むしろ何で追いかけてきてんの?!本当迷惑だから止めてくれませんか?!」
「この!!待てって………言ってんでしょうが~~!!」
そして、アズライールの執念が実を結び、ハルトを捕まえることに成功する。
「はぁ、はぁ……絶対に離さないわ―――」
魔王と勇者。コインの表と裏のように正反対の道を歩んできた2人の道は、今ここで完全に交わることになった。
【作者土下座】
作者は、皆様からの反応を楽しみに小説を書いています。なので、プライドなんてゴミ箱にポイして皆様にお願い申し上げる。
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