8話 輪舞曲
今日のは普段よりちょっと長いです。でも今日のは少し不快かも。苦手な方は読まない方が良いかもです。
アズライールは、額に汗を滲ませ魔法を振るっていた。繊細かつ、的確に魔法を使用し、決して魔力が枯渇しないよう、最新の注意を払う。他の事は考えない、それ以外に頭のリソースを割けば、たちまちアズライールの魔力は枯渇する。
しかし、その神経の磨り減る作業をアズライールは淡々とこなしていく。
それは、憎らしいことに勇者のお陰であった。
アズライールの視界に、自分に腕を伸ばし向かってくゴブリンの姿があった。しかし、アズライールはそれを意に返さない。
自分が何かしなくとも、期間限定で仲間になった勇者がどうにかすると知っているからだ。
「おら!」
「ぎゃぁっ!」
程なくして、ハルトの声とゴブリンの悲鳴が聞こえた。そこには、ハルトにより金的をくらい、踞るゴブリンの姿があった。
容赦なく背後より金的を放った勇者は、その身を翻し、身を屈め草花に隠れ移動する。
今度はアズライールの右前方より、仲間を踏み越えゴブリンが迫ってくる。しかし、自分の後方よりひゅっと音が聞こえると、僅かに視界をかすめた石の礫は、吸い込まれるようにゴブリンの目を直撃する。
次は左側より迫るゴブリンが居たが、それもアズライールまで届くことはなく、蹴躓き、顔面を強かに打ちつける。
見れば、勇者がゴブリンの腕を引き、頭を後ろから抑え、地面に叩きつけている。
そして、そのまま流れるように体を反転させ、また草花の中に消えていく。
「これが、勇者…。」
アズライールは内心、ハルトに感心していた。勇者の動きは圧倒的に早い訳ではない。だけど、その視野の広さ、敵を処理する優先順位の的確さ、流れるように動く身のこなし、そのどれもが一級品。
確かに以前の勇者のように、圧倒的な強さは感じられないわ。でも、何より巧い。
アズライールはハルトをそう評した。
「魔王! ぼさっとすんな! 右、周りこまれるぞ!」
少々ハルトの動きを目で追ってしまったアズライールに、ハルトからの叱責の声が届く。
でも、私だって魔王。勇者には負けられないわ。
そう自分を叱咤すると、アズライールはまた集中し始める。繊細に、的確に、そう心で呟きながらも、負けじとハルトに言い返す。
「うっさいわね! ちょっと休憩してただけでしょ! ほら、きびきび動きなさい!」
そういうと、右側より周り込んでいたゴブリンは突然隆起した土の塊に足を取られ転び、その後方に居たゴブリンも前触れなく倒れた仲間を避けられず、仲良く団子になる。
「次。」
アズライールは、それを見届けると次の標的を探し始める。
そんなアズライールを見るハルトも、先刻は叱責こそしたものの、極少の氷や、土だけでゴブリンの進行を遅れさせ、囲まれないよう正確無比な魔法を放つアズライールを素直に称賛していた。
やっぱり、魔力だけのヤツじゃないか。動く相手の足元にこうも正確な魔法を使えるなんて、どんだけの修練と集中力がいるってんだ。
正直、森に下がり切るまでに崩壊する可能性も考えていたが、これなら何とかなりそうだ。
「…とはいえ、油断は出来ないが。」
そう呟くと、ハルトは草花に身を隠しながら移動を始める。その顔は、所々傷があるし、ずっと中腰で周囲を走り回っていたせいか、少し足が震え始めている。
アズライールも、肩を上下し始めいるし、決して慢心して良い状況ではない。
もし、ハルトかアズライール、そのどちらかが倒れれば瓦解するギリギリの状況。その事を自覚し、ハルトもまた、より一層集中を高めていく。
お互いの成すべき事に集中し始めた勇者と魔王の連携はすさまじく、ゴブリンの進行を悉く退けた。
アズライールは、自分に接敵するゴブリン等には目もくれず、ただ、遠くより周りこむゴブリンと、徒党を組み向かってくるゴブリンのみに魔法を使い、ハルトが相手にする個体の数を厳選し分断する。
ハルトは、アズライールに近付くゴブリンを時に転ばし、時に急所をうち、絶対に近付けさせない。
そして、気が付けば森まであと十数メートルまで、後退するこに成功していた。
「ごふ。」
しかし、嗤ったような、ねっとりと不快な声が誰もいるはずのない後方の森より聞こえた。
2人は慢心していた訳でも、油断していた訳でもない。だが、理不尽は何時だって突然に襲ってくる。
アズライールが振り替えるより早く、その声の主は、アズライールの横をしゅっと駆け、草花を掬い上げるように、手に持ったいびつな棍棒を振るった。
「がぁ、ぁ!」
ハルトが草花と共に空中に高く打ち上げられ、地面へと落下する。
「ぐぎゃっぎゃっぎゃっ。」
ハルトが血反吐を吐き、苦しむ姿を見て、そのゴブリンはさも楽しげに声を上げる。
「勇者! この!」
アズライールが魔法を使おうとしたその刹那、目の前のゴブリンはアズライールの視界より消えた。
「どこに!」
周囲を確認しようとし、体を動かそうとしたところで、アズライールは自分の体が動かない事に気付く。
一拍遅れて、腕と腹に圧を感じてアズライールは怖じ気を感じた。生臭い息が、アズライールの耳にかかり、下を見れば通常のゴブリンより遥かに長く大きい手で捕まれている。
ベロり。
湿った不快な感触がアズライールの首を舐める。
「い…や。」
アズライールは僅かに振り返り、そのゴブリンの目を見てしまった。その瞳の奥は、爛々と狂々と自分を覗きこみ、息ははぁはぁと上気している。
アズライールは圧倒的な雄の狂喜に、体を硬直させてしまう。
そして、その様子を見たこの群れのボスゴブリンは、一層アズライールに顔を近付けると、狂ったように嗤った。
「ごきゃ、ごきゃっぎゃっきゃはばぁ!」
そしてそのまま乱暴にアズライールを地面に組伏せると、後ろよりのし掛かる。
「や…めて。」
ろくに手足に力が入らず抵抗が出来ない状態で、アズライールは、自分の臀部に固く暖かく、ドクドクと脈打つモノを感じた。
「い、いやぁ~!!」
それは、アズライールの女としての絶叫だった。自分の意思、存在、尊厳が踏みにじられる恐怖にアズライールは涙し、ただ絶叫し、そして心の底から助けを求めた。
「何してんだ! てめぇは!!」
ハルトの意識は朦朧としていた。咄嗟の判断で、自ら後ろに飛び衝撃を逃がしたものの、先程のゴブリンの一撃はそれでも充分に意識を刈り取る威力があった。
しかし、そんなハルトの頭にアズライールの助けを求める声が響く。それが、ハルトの意識を繋ぎ止め、立ち上がらせる。
「そいつから、離れやがれ!」
そういうと、ハルトは痛む体を叱咤し、アズライールを抑えつけてるボスゴブリンに猛然と襲いかかる。
「ごぶ。」
ボスゴブリンは軽く手を振るった。
「「ぐぎゃっ」」
すると、左右より接近したゴブリンに地面に押さえ付けらる。ハルトは近付くことすら出来きなかった。
「ぐきゃぁ。」
その姿を見たボスゴブリンは、満足げに目を喜ばせると、ハルトに見せ付けるように、猛り狂った汚ならしいブツをゆっくりとアズライールに近付けていく。
「っっってめぇ! やめろって言ってるだろうがぁ~~!」
ハルトの絶叫が空に響き渡り、アズライールが遂に自分の秘部の入口に感触を感じたその時だった。
「ぷる~!」
「「ぐぼぉ!!」」
透明のぷるぷるした拳が、ハルトとアズライールを抑えつけていたゴブリン共を殴り飛ばした。
「「えぇ!?」」
あまりの予想外の事態に、ハルトとアズライールは揃って驚愕の声を上げる。
それもそのはず、アズライールとハルトの間にぽてんと落ちて自慢気にぷるぷるしている軟体生物は、ハルトとアズライールを倒し、ピースサインを作って喜んでいた謎スライムだったからだ。
「ぷっぷる~」
そして、スライムはまたも器用に体を変形させると、2人にフンヌっと力コブを作って魅せた。
スライムくん再登場。また会えて良かった。
本日も読んで頂き、ありがとうございました。今後とも宜しくお願いします。
ぺこり。