10話 本は時に剣より強い
こんにちわ。作者の東雲です。今回も楽しんで読んでくれると嬉しいです。
背の高い木々に囲まれ、鬱蒼と茂る森の中、影を一つにし抱き合う男女の姿があった。
「魔王。」
「勇者。」
二人はお互いを見つめあい、頬を赤く染め熱い視線を交わしている。
「は、な、れろぉ~。」
「絶対に、離すもんですかぁ。」
ハルトは、アズライールの顔に手を当て、思い切り腕を伸ばしアズライールを引き剥がそうとしている。
しかし、アズライールは顔を突き放されながらも、腰に回した手をがっちりとホールドし、腕と首をぷるぷるさせながらも、執念でしがみついていた。
「お前と居ると俺がヤバイんだよ! こんなとこで足止めてたらゴブリン共が来るかもしれねぇだろ!」
「アンタと居ないと私がヤバイのよ! だからさっさと観念しなさい!」
自分の安全のために、アズライールを何とか引き剥がしたいハルト。
自分の貞操のために、ハルトと離れるわけにはいかないアズライール。
2人の言い分はどこまでいっても平行線だ。
「あぁ! 分かったよ。せめて、この状況が落ち着くまでは一緒にいてやる。だからさっさと離せ。」
ハルトは、このまま徒に時間が過ぎるよりかは、さっさと移動した方が幾分かマシだろうと考え、自分から折れてやることにした。
「本当に? さっきみたいに逃げるんじゃないでしょうね?」
「んなことしても、お前絶対に追いかけてけくるだろうが。逃げないから早く離せよ。」
「本当に、本当?」
アズライールは、ハルトに疑いの眼差しを向けながら、もう一度確認をする。それほど、アズライールは必死なのだ。
「無い胸の感触をいつまでも楽しめる程、俺のストライクゾーンは広くないんだ。」
はぁとハルトは溜め息を吐きながら言うと、先程とは違いアズライールの肩を軽く押しながら離れるよう促した。
その様子をみて、アズライールは今のところは勇者が逃げることはなさそうだと考え、捕まえていた腰を離した。
本当は嘘なんじゃと多少警戒はしていたが、勇者に逃げる素振りはなく、転んだ時についた服の汚れを手で払っていた。
「ふん! 初めからそう言えば良かったのよ。まったく無駄な時間を過ごしたわ。」
アズライールは、その様子にほっと安堵し、とりあえず憎まれ口を叩いておいた。
「お前、この状況でよくそんな口が叩けるね? やっぱり置いてって良いですか?」
「そんな事したら、末代まで呪ってやるわ。」
アズライールは表情を消し、目だけは見開き言うものだから、これは本気で呪われそうだと考え、ハルトは暫く軽口を控えることにした。
「それは勘弁だ。ほら、行くぞ。」
そう言うと、ハルトは走り出す。
「急に行かないでよ!」
アズライールもハルトを追いかけ走り出す。
「ところで魔王。お前、この森抜ける良い案とか無いの?」
ただ闇雲に走っていても、事態が好転するとは限らない。ハルトは、走りながらアズライールに問いかける。
「…なら、このまま南に向かいましょう。一方向に進んでいれば、いつかは抜けるわ。」
「いや、どっちが南だよ?」
「森の葉よ。良く見れば葉の向きに法則があるでしょ? 多くの葉が向いてる方向が南よ。つまり、このまま真っ直ぐってこと。」
へぇ、とハルトは上に顔を向け、木々に茂る葉を確認してみる。すると確かに一定の方向に向かい葉を向ける木々が多くあった。
「こりゃ便利だな。ていうか、お前良くこんな事知ってるな。」
ハルトは素直にアズライールに感心し、話しかける。
「昔本で読んだのを思い出したのよ。方位磁石が出来る前は、星や太陽の位地、影、それこそあらゆる手段で方角を把握してたみたいね。」
「ちなみに葉の向きで方角を知ることを広めたのは、ジャック・フリーの冒険記だったはずよ。私も読んだもの。魔大陸では、人間が書いた本は中々手に入らないせいで、話題になること自体少ないけれど、彼の冒険記は魔大陸でも有名だったわ。」
ハルトが相づちを打つ間もなく、アズライールは口を回す。
「真実の程は分からない。でも、彼が歩んだ冒険の記録は老若男女問わず夢中になったわ。空を飛ぶ島に、虹の橋、地底世界に古代都市。人間が書いたものだっていうのに、普段は人間憎しの魔人達の多くが彼の本に夢をみたの。これってとても凄いことよ。」
アズライールは満足気に頷いてみせた。一つ分かったことは、魔王もジャック・フリーという名の冒険家に夢を見た1人なんだろう。熱く語るその姿が、ハルトにそう確信させた。
「魔王が本好きとは、こりゃまた意外なことで。」
ハルトのその言葉にアズライールはむっとした顔を見せる。
「あんたにだって趣味の1つや2つくらいあるでしょう。魔王が本を好きだって何も意外なことじゃないわ。」
それでも意外なものは意外だ。アズライールは強大な力を持つ魔王で、人間の最大の敵。その魔王が本を好きと言い、人間の書いた書物を称賛する。まったくもって知りたくもなかった。
ハルトは、心の中で独りごちると、アズライールより不意に腕を引かれる。
「勇者!」
この時、ハルトは完全に油断していた。アズライールの言葉に気をとられ、周囲への警戒を完全になくし、思考に没頭していたせいだ。
ざしゅっ
切り裂く音が聞こえると、ハルトは右太腿に鋭い痛みを感じ、声を漏らした。
「っつう」
ハルトを傷付けたのは、目の前で地面に突き刺さっている杜撰な矢だ。
飛んできた方向を見れば、ゴブリンの一体が此方に狙いを定め、もう一矢放とうと矢を番えている。
ハルトが起き上がるより早く準備を終えたゴブリンは、引き絞った矢を射る。
急ぎかわそうとするも、痛みが走り、かくっと膝を折ってしまう。
「っくそ!」
急所への一撃だけは避けようと、迫りくる矢に注視したハルトの視界に淡いピンク色の髪をもつ少女が躍り出る。
その無謀に、その少女を射線から退かそうと、ハルトが口を開きかけた。だが、目の前の少女より発せられた、凛としたその声がハルトの言葉を阻む。
「風魔法 妖精の悪戯」
すると、アズライールより緩やかな風が吹き上がりが、地面に落ちている葉を空中へと舞い上がらせ、彼女の黒いスカートを揺蕩わせる。
アズライールが杖を一振りすると、葉は迫りくる矢、後方に居るゴブリンへと纏わりつき、矢は空中で進路を変え、ハルトとアズライールの後方の木々へと刺さった。
「危ないことするね。お前も。」
「いいから、早く起きなさい!」
その言葉をうけ、ハルトは立ち上がろうとするも、上手く力が入らない。ハルトはその事に、まったく嫌らしい手を使いやがると、心の中で、ゴブリンに中指を立てた。
「いや、良いよ。先行け。」
「はぁっ? あんたまた私から離れようっての?」
アズライールは、ゴブリンに見付かったことで、自分から逃げようとしているのかと思い、眉を吊り上げハルトに言った。
「毒だよ。足が痺れてきてる。」
「え?」
「まだ動かせるが、感覚が鈍くなってきてる。さっきみたいには走れねぇ。だから行けよ。」
そう言うと、ハルトは自分が命の危機にあることが分かっていないのかアズライールに向かって気だるげに手を払う仕草をみせる。
「ふん!」
アズライールは鼻を鳴らすと、自分のシャツの裾をビリビリと破き、ハルトの太腿にしゅるしゅると巻きはじめた。
「どういうつもりだ? 」
「あんた、それで格好いいとでも思ってんの? 私はね、あんたみたいに自己犠牲に浸って、自分の命を大切にしない奴は嫌いよ。」
「それに、何より。ここで見捨てて助かっても寝覚めが悪いじゃない。」
最後に、アズライールは巻き付けたシャツの切れ端を思いっきり力をいれて縛った。
「いった!!」
「それ、私の臭いが染み付いたシャツだから、私と離れてもアンタもきっと追われるわ。ざまぁ見なさい。」
「それと、付与魔法 遅滞。」
アズライールがそう唱えると、ハルトの右太腿にアズライールの魔法がかかる。
「これで、少しは毒の巡りを遅らせられるわ。」
ハルトが痛がる姿を見たせいか、アズライールは満足気に笑って手を差し出した。
「ほら、立ちなさいよ。勇者でしょ。」
―― ほら、立たないか。男の子だろ?
アズライールの言葉に、ハルトは過ぎ去りし日の幻影を見た。
「礼は言わないぞ。助けてやったのは俺が先だ。」
そう言うと、ハルトは少し笑いながら、アズライールの手を掴んだ。
「礼くらい言いなさいよ。失礼なやつね。」
そして、アズライールはハルトを引き上げる。
後方から聞こえる、いまだ纏わりつく葉に気をとられギャーギャー騒ぐゴブリンを尻目に、アズライールはハルトに肩を貸し走り出す。
妖精の悪戯の効果は、もう少し続きそうだけど、彼らがあの遊びに飽きるのも時間の問題ね。この森に風の妖精が居てくれて助かったわ。
ともかく、この間に距離をとって、何とか活路を…。いえ、駄目ね。あれだけ騒がれたら、遠くないうちに、アイツの仲間がきっとくる。
さらに悪いことに、所々差し込む陽の光は、今は橙色に染まっていた。それは、もう間もなく陽が落ちることを知らせていた。
「このまま、夜になったら危険ね。日が落ちる前に隠れられる場所を見つけましょう。」
それから、アズライールとハルトは必死に森を進んだ。アズライールは時に立ち止まり自分のシャツを割くと、木々に巻き付け、止め足を使った後に反対方向に進み、ゴブリン達に追い付かれないよう慎重に策を巡らし走り続けた。
辺りも暗く、もはや足元の確認も難しくなったころ、それを見付けたのはハルトだった。
「ま、おう。」
「もう少し、辛抱しなさい! 諦めなければ、必ず何とかなるわ!」
ハルトの体には毒が回ってきており、今やアズライールに引きずられるように歩いていた。
「ち…が。」
ハルトはアズライールに違うと言いたがったが口が回らず、自由の効かなくなった手を震わせながらそちらを見るよう差し示す。そこには、夜に紛れ、墨を塗ったように黒い口を空ける洞窟の入口があった。
「良くやったわ。あと少しよ! 気張りなさい!」
ハルトは何とか意識を繋ぎ止めようと、舌を噛もうと思ったが、もはや力が入らない。ちょっと洞窟まで気を失わないのは無理そうだと、ハルトは静かに気を失った。
今回も読んでくれてありがとうごいます。
【作者土下座】
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