【六十九階層】ひかる探索者になる
なんと驚くことに、フローとフェイは初見で千歳さんを仲間と認めているように思える。
同じ手紙に2人(匹)の推薦、これは千歳さんを仲間にしてもいいのかもしれない。
でもダンジョン探索に遅れがでてしまうのがネックだ。
だけど……もしかして。
「フロー、フェイ、分かったよ。準備するからちょっと待ってな」
するとフローとフェイは千歳さんの匂いをスンスンと嗅いだ後、尻を向けて座ってしまった。
おいおい、完全に背後を預けてるじゃないか!?
2人が俺以外にそんなことをした事あったっけか?
「千歳さん少し待ってて貰えないか? ダンジョンに入る準備をしてくるから……」
「え? あ、はい……」
「翠ちゃん、みんなでダンジョンに行くから、説明をお願いしていい?」
「はい、弥さんがいいのなら」
「弥、いいのか?」
無表情の翠ちゃんに大喜びの光太郎をあとに俺は部屋をでる。
ダンジョン産の専用武具や、ダンジョンで成長した武器などは、探索者になっていない人には重たすぎて持てないだろう。
なので、武器や防具の代わりになるものを探していたけど、なかなか見つからない。
日を改めるか?
それともこれから装備を買いに行くか……
そうだ、初心者なら役所で武器と防具が借りれるじゃないか。
そう思って部屋に戻ると、部屋には千歳さんと翠ちゃんの姿がなく、光太郎がフローとフェイに見張られている状態でポツンと立っていた。
「なあ弥、この猫ちゃんズ頭良すぎないか? 翠ちゃんが『2人で着替えてくるから、光太郎さんを見張ってて下さいね。千歳さんを悪の目から守りたいので』って言ったら完全にマークされてるんだが?」
「フローとフェイは元々頭がいいけど、探索者になってからは、驚くほど賢くなってる。で、なんで2人は着替えにいったの?」
光太郎に聞いてみた。
「弥よ聞いて驚け! ひかるちゃんはすでにダンジョン潜れる装備を持って来ていたんだ。マジックバックにウエポンケースを入れてな」
「なっ!?」
千歳さん、まだ本当の探索者になっていないのにマジックバックを持っているだと!? 金持ちかよ。
「しかし、ひかるちゃんって可愛いのに顔が整ってるんだよな。俺、初めての経験」
そうだな、こいつブ〇専だったな。
片目がないから惚れたって言おうものなら見損なうぞ?
「なあ光太、マジックバック持ちってことは、裕福な家の出身なのか?」
「ん、さっき翠ちゃんと話してたけど、親に出して貰ったらしい。探索者になったら、利息と肉を添えて全額返すって言ってた。なあ本当にいい人だよな! 惚れた、完璧に惚れた!」
そんな光太郎の、話しを聞いていたら翠ちゃんと千歳さんが戻ってきた。
「お待たせしました。ひかるさんは武道の有段者なんですって。私たちのときより、楽に探索者に成れそうです」
以前と違い今の世間では、真の探索者になるには資格証だけでなく、モンスターを倒して初めて探索者となるってことが常識となっている。
「六角橋さん改めてありがとうございます。謎の手紙はこの事を知ってて住所を指定してきたのでしょうか?」
それはどうだろうか、俺にはここは『ウノ』のダンジョンとは違う気がしてならない。
でも、役所は『ウノ』のダンジョンだと言っていたから、その情報を知っていたのかもしれない。
「千歳さん、武道の経験があるって聞いたけど、1体だけのモンスターがいたら戦ってみる? 何かあったら助けに入るから」
「何から何までありがとうございます。それではよろしくお願いします」
千歳さんは和服を動きやすくアレンジした身だしなみに、大小二本の刀を持ってきた。
小さい刀は脇にしまい、大きい刀は鞘に入れそのまま手に持っている。
「うほぉ、ひかるちゃん日本刀だよ。脇差しまで持ってて、もう本格的な武士じゃん♡」
「千歳さん、光太郎さんが変な事をしたらそれでプスッと刺しても構わないですから」
「は、はぁ……」
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千歳さんに家のダンジョンを見せた時は、驚いていたけど、もういい感じの緊張状態に入り、戦う準備を完了させていた。
「話には聞いていましたが、環境がいいですね。無風で、温度湿度光量も地下とは思えないほどの環境です」
ああ、このダンジョンは環境で人を殺すような設定はされていないと思いたい。
ただ、モンスターの強さだけは尋常ではないんだよな。
「にゃっ?」
「ニャニャッ!!」
モンスターを見つけたのか、フローとフェイは駆け出して、あっという間に見えなくなった。
まるで、常に索敵スキルがあるかのようだ。
1分もしないうちに1体のGモールを連れて戻ってきた。
向こうに何体いたか分からないけど、仕事が早い。
「千歳さん!」
「はい! 千歳ひかる行きますっ!!」
Gモールと千歳さんを残して離れる。
千歳さんがピンチになっても、俺やフロー、フェイならいくらでも助けに行ける距離だ。
離れたことで、Gモールは千歳さんを標的にした。
千歳さんは刀を構えたままGモールの突進を見つめている。
Gモールとの距離が近づいても動きがない。
危ないかなっと思った瞬間千歳さんはゆっくりと動いた。
それじゃ避けきれない!
そう思ったら、刀を利用してGモールに刀を当てながら避ける。
避けながら攻撃しただけじゃない。
刀を使って最小限の動きで攻防同時に動いておきながら、じっくりとGモールを観察してる余裕まである。
これで、探索者になっていないってほんとか?
Gモールは折り返して再突進をする。
これも刀を当てながら身を躱す。
いや、それだけじゃない。
余裕があったのを確認したから脇差しを使ってGモールを突き刺す。
「堅い……」
千歳さんは一言感想が洩れたけど、動揺することもなく刀を構えて動かない。
凄く冷静に戦ってる。
それはもう、俺たちのサポートは全く必要ないくらいに。
Gモールは愚直にも突進を繰り返すが、その度切り付け攻撃と突き刺し攻撃を貰っている。
思いのほかダメージを与えていないのか10回以上繰り返してもGモールは倒れない。
「……ひかるちゃん、スゲーな。探索者になったから分かる。動きを先読みしてあらかじめ刀を置いておくように切っているみたいだ」
「はい、当時は2人がかりでも倒せなかったGモールを完全に受け流しています」
うん、だけど基本的な力や速度はGモールが強いのだろう。
千歳さんの額から汗が流れている。
神経を研ぎ澄まして戦っているんだと思う。
恐らく長期戦になれば集中力が途切れて、今の圧勝ムードは一気に崩れるだろう。
20回くらい突進が続いたあたりで、千歳さんの動きが鈍くなったのに気づいた。
千歳さんは何時もより早めに身を躱してGモールの突進を逃れた。
刀を当てることもなく突き刺ししかしてない。
「仕留めにいきます。私が攻撃を受けたらサポートをお願いします!」
千歳さんは自分の状況判断力も早い。
Gモールの突進攻撃に先程とは違う姿勢で待ち構えている。
Gモールの突進にタイミングを合わせて、脇差しで突き刺しながら、ジャンプして残った刀で振り下ろす。
「おおっ」
光太郎の叫びと共にGモールが光の粒子になって消えていく。
楽勝とは言えなかったけど、1人でGモールを相手に完封勝利を収めた。
2秒ほど全く動きがなかったが、深呼吸してからこちらを向く。
「対処法が分かっていても、ダンジョンモンスターを倒すのは大変でした……けど私探索者になったみたいです。力がみなぎっています」
「やったねひかるちゃん!」
千歳さんに抱きつこうとする光太郎を、翠ちゃんと取り押さえる。
「疲れただろう。今日はこれで終わりにする?」
光太郎を押さえ込んだまま、質問する。
「お気づかいありがとうございます。ですが、ふたつ確認したいことがあります」
「ふたつ?」
「はい、誰か赤色の何か持ってる方はいますか?」
俺は赤ペンを持っていたので、それを取り出した。
千歳さんは数秒間を置いてから、覚悟を決めたようにサングラスを外す。
そして、俺が手に持っている『赤ペン』をじっと見つめる。
「…………あっ、治ってる……ちゃんと見れます……治ったんだ。キャァァ! やったぁ!!」
千歳さんは物凄い勢いで、俺に抱きついて来た。
驚いて固まりボーゼンとしてる俺に、翠ちゃんと光太郎が引きがす役目になっていた。
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「大変失礼しました……」
申し訳なさそうに項垂れてる千歳さん。
どうやらアレが千歳さんの『素』なのだろう。
光太郎と翠ちゃんが、睨みながら執拗に突いてくるのが面倒臭い。
俺のせいじゃないし。
「で、もうひとつの確認ってなに?」
千歳は表情を変えて、話しかけてきた。
「はい、私は今回でわりと強くなった実感があるので、確認ついでにゲームをしたいです」
今までとはまた違った、何かを企んだ楽しそうな顔。
こっちの千歳さんの方が好感が持てる。
「ゲーム? 何をするの」
「はい、次のGモールが出た時に、私1人で全て倒せたら、私の勝ち。倒せずに助けを呼んだら皆さんの勝ちって言うのはどうでしょうか?」
「ひかるちゃん、ちょっと待って! 真の探索者になったからって、いきなりパワーアップなんてしないんだぜ。多分2体も出てくれば1人じゃ倒せない」
千歳さんのゲームに反対する光太郎。
「ダンジョンモンスターの出現数って知ってますか? 1体から5体のモンスターが出るんですよ?」
「はい、知ってます。だから私が勝ったら、このパーティに入れて下さい。そして負けたら何でも言って下さい。出来る範囲ならですけど」
千歳さん、探索者になって少し雰囲気が変わった?
「よし、ならひかるちゃんは負けたら俺とデートだ! いいのか? いいよね?」
「……」
考え込む千歳さん。
「そこは、デートくらい大歓迎って言ってくれよぉ」
「……大歓迎ではないけど、いいですよ」
「よっしゃぁぁ! 俺様大勝利」
「勝てばデート、負ければおなじパーティだもんね」
呆れ顔の翠ちゃんだか、反対な訳ではなさそうだ。
俺もフローとフェイが気に入ったのなら、しばらく一緒にダンジョン生活しても良いかなって、思い始めてる。
それに俺に抱きついた時の、ダッシュ力が気になる。
「ニャッ!」
「にゃ!!」
ダンジョンの通路を歩いて10分もしないうちに、フローとフェイがモンスターの接近を知らせる。
だんだんとオレの索敵スキルが必要なくなってきた。
遭遇したGモールの数は3体だった。
「あぁ~」
3体だと確認して落ち込む光太郎。
「みなさん、行ってきますね」
まるで近所のコンビニに出かけるかのように話す千歳さん。
当然単純なGモールは、近い人間に向かって突進してくる。
千歳さんは刀を構えて、待ちの姿勢をとっている。
ただその後の戦い方がまるで違った。
突進してくるGモールを優雅に避け、その度に二本の刀で切りつける。
完全にGモールの動きを見切り、ゆっくり避けてからザクザクと突き刺している。
俺からすれば、千歳さんの動きも遅く見えるから、意識を集中すると、バトルシーンのスロー動画を観ているように感じる。
だからこそ解る。
千歳さんは戦い方が綺麗だ。
無駄がない、無駄があるかと思えば次かその次の布石になっている。
今の光太郎と翠ちゃんなら、俺と同じように見えるはずだ。
「噂でしか聞いた事ないけど、本当にいたよ……」
「はい、初期ブーストの探索者……初めて見ました」
多分、俺とフローとフェイもそれのはずですが。
千歳さんは時間はかかったけど、無傷でGモール3体を倒した。
「はぁはぁ、無事賭けには勝ちました。もし5体だったら負けてたかもしれません。やはり数の力は凄いですね」
ニコッと微笑む千歳さんを見て、俺は凄い潜在能力を秘めた仲間を見つけたのかもしれない……そう確信した。
ステータス
ネーム……千歳 ひかる
レベル……1
ジョブ……剣士
ヒットポイント……70
ストレングス……21
デクスタリティ……23
マジックポイント……34
スキル……速度上昇0、剣技0、攻撃力上昇0、風魔法0、闇魔法0
パッシブスキル……エンペラーキラー、メタルキラー
コレクション……孤児補正、肉体欠損補正(F)、四兄弟補正、