【隠し階層6】翠と光太郎
翠と光太郎は、弥の強さに少しでも近づくため、自分たちと同等、または強い探索者たちとパーティを組んでダンジョン探索を始めた、
光太郎は弥と一緒にダンジョンにいれば、嫌でもレベルが上がると理解していたが、翠の個人的感情を交えた考えに興味があって、付き添うことにした。
光太郎は弥と親友であれば、どのような結果でもかまわないのだが、翠と同じ目線に立って翠を見学することにした。
仕事は辞めることにして、引き継ぎのある日は、夜に3時間だけでもダンジョンに入り、少しでも早くレベルを上げられるように気を使った。
第一目標を同級生の最上烈と定めて、彼らの空き時間にパーティを組み、それ以外の日は探索者の交流サイトで仲間を募った。
預貯金を使って回復ポーションを買い込み、危険地帯に1歩だけ踏み込んだダンジョン探索をした。
順調に力をつけていたが、光太郎はある考えに至った。
(命をかけると言っても、踏み込みは浅いし常に保険をかけて動いている。仕事もアテがあるようだし、ダンジョン探索もギリギリ無茶をしていない。あえて言うなら休まないって事くらいか)
2人のスキルが餌として、上位の探索者集めに効果がなくなった頃、光太郎に新たなスキル『再生』と『光魔法』が発現したのだった。
(ははっ、翠ちゃん運が良すぎるだろ。弥に近づく絶望から、一筋の希望が見えたな。ほんの一筋だけど)
光太郎は弥の動きから、圧倒的に力の差があることを理解していた。
いや、レベルが上がる度に弥の強さを再認識させられた。
光太郎は当時、ただ楽しんでいた自分でも分かるかるのだから、計算高い翠なら、弥との桁違いの実力差に、気づいているだろうと考えた。
案の定、翠は少しずつダンジョン探索に焦りを見せ始めていた。
ある日光太郎は、あせりからモンスター退治に影響が出る前に、翠にある話を切り出した。
「なぁ翠ちゃん、もう解っているとは思うけど、弥に強さで追い付くなんて確実に無理だ。翠ちゃんだって分かってるだろ? 本音はある程度近づきたいんだろうけど、いまのままじゃそれも難しいよ」
翠は驚いた顔を見せつつ、光太郎がその事実にたどり着いた理由を思い出した。
光太郎の学生時代のあだ名は『完璧超人』だったことに。
光太郎は勉強や運動など何をやらせても学校内で五番以内の成績を出していた。
光太郎は友人との遊びに時間を費やしていたのにもかかわらず。
光太郎は努力さえすれば、全国でもトップクラスの実力があっただろうと、噂されていたことも思い出した。
ただ、弥といる光太郎を見ていると、なかなか思い至らなかったのだ。
「くっ、でも……でも……」
悔しそうにしている翠に、光太郎は話を続けた。
「なんで弥の事がそんなに好きなんだ? 無茶をしてまでダンジョンで強くなる必要があるのか?」
「べ、別にそれほど好きとかじゃ……」
「誤魔化さなくていいよ。特に理由なんかないんだろ?」
「つっ!?」
翠は光太郎にここまで見透かされてるとは、思いもよらなかった。
「だいたい解るんだよ。最初は珍しかったんだよな? 翠ちゃんは美人だ。俺の好みじゃないけど、かなり美人だと思う。それに頭もいいから、翠に向けられる視線は、嫉妬か下品な視線ばかりだったろうな」
それに、翠は人の表情で考えを読むのが得意なほど観察力がある。
そのことで、普段からどんな嫌な思いをしてきたのだろうか。
高校大学と、翠にやらしい視線を向けなかった同年代の男性は十数人くらいだろう。
その人らの中でも、ほとんどが興味なしな反応で、弥が翠に向けた視線は、そのどれでもなかった。
「翠ちゃんは、弥が珍しいから興味を寄せて、意外にも普通な人間だから好きになろうとした、それだけじゃないのか」
「うっ……そ、そんなことは……」
翠自身、そんな考えはしていないが否定できないでいた。
「弥ってさ、珍しいよな。俺や翠ちゃんにとって、親友になれる希少な存在だ」
親友の単語にグサッとくる翠。
「俺も珍しいから弥に近づいた。あいつは面白いから友達になりたかった。だけど弥には越えられない一線が何処かにあるんだ。だから弥と恋仲になるのは、一旦あきらめな」
「…………なら、なんで光太郎さんは、弥さんと仲良くなれたんですか?」
「そうだな。観察して分かったんだが、弥相手に計算してたら駄目だってことが分かった。だから考えなしであいつと遊ぶようにした。そしたら逆に俺のほうが気楽につき合える親友と思っちまった。弥と仲良くなるには計算しちゃだめだ、バカになれ。因みに弥と同じゲームをして遊んだときなんだが、うっかりネタバレを言ってしまい、尻を思いきり蹴られた」
「ぷっ……」
「そこで笑うか。あとな、弥に興味を懐く原因は、あいつの感情が一部欠落してるからだろう?」
頬を緩ませていた翠が、光太郎の言葉によって真剣な表情に戻る。
「弥って、昔の記憶が全くないんだそうな。本人は小さい頃のことだから当たり前だろうと思っているけど、全くないのはさすがにおかしい。もしかしたら弥のあの性格は幼少期に秘密があるのかもな。そうなると感情の欠落もある程度納得できるんだが、日常生活だとほぼ気づかない」
翠はしばらく考えたあと、光太郎に質問する。
「感情の欠落って、まさか性欲?」
「あっ、言い方がわるかったな。確かにそんな兆候も見られるけど、ちゃんと性欲はあるらしいぞ(俺がそう言う店に誘ったら、のこのこ付いてきたなんて言えねぇ)」
「何か、言えないことでも?」
(くっ、鋭い)
「ま、まあ最初は弥の『友達枠』で付き合ったらいいと思うぞ。あとな、変に気負うよりも、俺たちはあの時点の弥より強くなってればいいんじゃねえか?」
「でも、でも……」
「計算高い女は好かれないぜ、翠ちゃん」
「うっ……」
翠をバッサリと切り捨てたあと、2人はダンジョン探索に戻った。
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それから、数日が経過した。
光太郎のスキルと翠のスキルは、翠の実家にあるダンジョンの一階層モンスター『スケルトン』の弱点を突くことができ、格上のモンスター相手に上手く戦えていた。
翠の実家にあるダンジョンの強さは第二のダンジョンと言われる『ドス』なのだが、そこの3階層を狩場にしていたパーティに『露払い役』として、重宝されるようになった。
翠がスケルトンの弱点を鈍器と光魔法だとの噂を真実に変えた。
そして光魔法を使う光太郎がいた。
そして、翠と光太郎は『ドス』のダンジョンで力をつけていった。
そしてパーティが長期休養するタイミングで、翠と光太郎が駅前のダンジョンに狩場を移した数日後。
「光太郎さん、妹から連絡がありまして、実家で管理しているダンジョンに『スタンピード』の兆候が顕れたそうなんです。未然に防ぐには沢山モンスターを狩ればいいと言うことなので、私たちも行きませんか?」
「ああ、その話は知ってる。だけど、低層階のモンスターを狩っても効果がないんじゃ?」
光太郎は知り得た情報を思い出しながら返答をした。
「いえ、低層階でも多少の効果はあるとの事です。それならば少しでも役に立てるなら……」
「まあ、俺らだけでも1階のスケルトン相手なら問題ないか。よし明日から行くか」
光太郎は最近のスタンピードは未然に防ぐか、間に合わなくても自衛隊が被害なく抑えているニュースを思い出し、危険は少ないだろうと考えて、翠と二人で行動した。
だが、翠と光太郎は知らない。
国家と言えど、様々な人間が関わっている。
予想外の失敗はいくつもある。
そして都合の悪い事実は、縮小して報告したり、良い出来事で誤魔化したりできる機関であることを。
今夜もう1話投稿します。