【六階層】会社を辞めた理由
今日は午前中だけ、ダンジョンに潜った。
昨日は丸1日、ダンジョン内を探索をしていた。
今日はダンジョン探索は半日にして、余った時間でパソコンを使い、疑問が解消出来ないか、ネット検索している。
今日までで学んだ事だが、ダンジョンに出てくるモンスターは、通路では多くても3体程度、広間では最高で6体までだった。
そして、慣れてくると巨大モグラに見つかる前に、発見する事が出来て、先制攻撃を仕掛けることが多くなってきた。
おかげで、昨日今日の1日半で、モンスター肉が10個、魔石が51個も手に入った。
既に冷蔵庫の中は、モンスター肉が席巻している。
それで、今調べているのは『魔石の使い道』で検索していたが、まるで役に立つ情報がヒットしない。
分かるのは、所定の場所で換金できるって事と、魔石に関する技術的な物は、国家機密だと、みんなが書き込んでいるって事だ。
おまけに、ダンジョンで手に入れたアイテムや魔石は『探索者登録』をしないと、換金出来ないらしい。
あと『モンスター肉』についても、色々調べてみたけど、日本にダンジョンが出現してから、約1年間はモンスター肉は出回る事がなかったって話だ。
そして、政府から『無毒であるが、安全性は保証しない』と発表されてから、徐々に市場へと出回るようになったとか。
出回った当初は、消費者が警戒していたせいか、安く売られていたが、非常に美味だと広まったせいか、次第に値上がりして、今の価格に落ち着いたらしい。
デマって事になってるけど、モンスター肉を食べると『凶暴になる』『強くなる』『美人になる』『痩せられる』『若返る』とネット内で噂が飛び交っていた。
だけど、アイテム鑑定のスキルを持っている俺は知っている。
経験値が僅かだけど、得られる事を。
他の人も知っているのだろうか。
興味はあるが、ネットで検索してもヒットしなかった。
次に、スコップや鋏の装備品について調べてみた。
理由は、モンスターをガンガンぶっ叩いても壊れる兆候がまるでないからだ。
試しに、スコップを1つ新しく買って、壁に向かって叩いたら3回目で壊れてしまった。
確実に力が上がっている……と思う。
不良品じゃないよな。
武器について調べたら、幻想金属がダンジョン内に存在するって書き込みを見つけた。
『ダンジョンで見つかる幻想金属』で検索すると『ウルバイト鉱石』『ミルバイト鉱石』『スターライト鉱石』って3つの名前の幻想金属が出てきた。
そのうちの『ウルバイト鉱石』はダンジョン関連の店で見かけるほど、出回っているとか。
結局、なぜスコップが壊れなかったのかは、解らずじまいだった。
◇
◆
◇
買いたい物があって、ホームセンターに出かけた。
財布の中身が心許ないが、探索者登録して魔石が売れれば、小銭が手に入るはず。
それに、親の遺産と今まで働いて貯めたお金はダンジョン以外のことに使いたい。
途中、スポーツ用品コーナーを通りがかって、鉄アレイを見つけたので、持ってみる。
危なく放り投げるくらい軽く感じた。
自分の力を確かめたくて、握力計がないか探してみたところ、運良く封の開いている握力計が置いてあった。
2800円か、思ったより安いな。
デジタル握力計の電源をオンにして計測する。
結果は90㎏だった。
スゲーな俺、急激にパワーアップした感覚は、最初の1匹目を倒した後だけなのに、こんなに強くなっていたんだ。
とりあえず必要な物は買ったし、帰るとするか。
~~
弥は気づかなかった、このデジタル握力計の最大測定値が90㎏であることに、そして計測値が限界の表示も見落としていた。
~~
◇
◆
◇
家の前に近づくと、見慣れた軽自動車が停まっていた。
どうやら、四谷さんが帰ってきたようだ。
帰ってきたばかりのようで、車から出るところだった。
四谷さんは、死んだ両親が雇っていたお手伝いさん。
3ヶ月契約で雇っていたから、まだ働いてくれている。
だけど、それももう残り1ヶ月もない。
家のローンは、両親の死によって完済し、土地と生命保険でおりたお金が残っている。
俺は、親の死を切っ掛けにブラック会社を辞めた。
ブラック会社と言っても、それほど過酷ではない。
年間休日が、優良企業の半分程度で、残業代がどんぶり勘定なくらいだ。
まあ、あとは社長とその取り巻きが一般常識に欠けている程度だった。
だが、親の通夜でやって来た社長の第一声が、俺に退職を決意させた。
『六角橋君、来週から出張な』
親が死んで間もないのに出張を言い渡された。
『御悔やみ申し上げます』の言葉もなしにだ。
周囲の目もあったが、カチンと来て、その場で退職を言い渡した。
社長は『突然辞めるとは、非常識だ!』と怒ったが、参列してくれた親の関係者が一丸となって社長を糾弾し追い返してくれた。
その中には、四谷さんもいた。
そんな、四谷さんと別れるのは寂しいが、現在無職の俺が、家政婦を雇い続けるのは、違和感を覚える。
1人でも自炊は出来るしな。
生命保険の保険金と貯金で、4、5年は余裕で暮らせるが、何もしないのは財産を食い潰すだけだ。
「弥さん、そろそろ家に帰りましょうか 」
俺が回想してる間に、四谷さんは痺れを切らしたようだ。
「あ、今いくよ」
四谷さんには、風呂場がダンジョンになっている事を話さないとな。
家に入ると、いそいそと買い物の荷物の整理整頓を始める。
中には、冷蔵庫に入れる物もあるだろう。
冷蔵庫にはモンスター肉がしまってある。
よし、今言っておこう。
「四谷さん。テレビや雑誌で有名な『ダンジョン』って知ってる?」
「弥さん、流石の私でも知っていますよ? あのダンジョンが出現したせいで、かなり物価が上って、職を失う人も少なくなかったんですよ? あれから椎茸や松茸、ニンニクや蜂蜜とか買えなくなりましたね。そう言えば今は高値だけど、見かけるようになりましたね。『ダンジョン』と言えば、ダンジョン産の肉を一回食べましたけど、凄く美味しかったわ。あんなに美味しい肉は、五線譜さんとこの披露宴以来よ」
危なくペットボトルのお茶を、吹き出しそうになった。
今その肉が、うちの冷蔵庫を席巻してると知ったら、どうなるんだろう?
「でね、その有名なダンジョンが、家に出現したんだ」
「……は?」
「弥さん……今の冗談は、笑えません。亡くなったご両親に何て報告したらいいか……」
ダメだ信じてない。
とにかく、風呂場に来てもらうか。
「四谷さん、とりあえず風呂場まで来てよ」
強引に来てもらうように、立たせてあげる。
「はい、風呂場の掃除ですね。わかりました」
だからダンジョンって言ってるの!
「まさか、草津の温泉に行った私に『温泉の素』入りのお風呂を用意しました?」
だからダンジョンだって言ってるじゃねぇか!!
厳しい突っ込みは、心の中だけにして、風呂場まで案内する。
いつもは、風呂場近くまで行くと、フローとフェイがやって来るのだが、今回は来ない。
「さあ、開けてみてよ」
「弥さん、草津温泉の素だったら笑えないわよ?」
だれが、草津温泉帰りの人に、そんな陳腐な真似をするかっ。
だけど、それなら却って笑えるような。
期待に目を光らせている四谷さんが、風呂場の扉を開けた。
ステータス
ネーム……六角橋 弥
レベル……3
ジョブ……一般人
ヒットポイント……94
ストレングス……23
デクスタリティ……26
マジックポイント……46
スキル……回復魔法0、火魔法0
パッシブスキル……早熟、アイテム鑑定、消費MP半減、転職
コレクション……孤児補正、双子補正、四兄弟補正
主人公弥の両親は、順番に亡くなった設定です。
細かい事は、考えてません。