硬派な王様?
ウサギ型ポーチを肩からかけている女の子が、チキンの前に立ちはだかります。場を明るくしてくれる笑みを、今晩の彼女は見せてくれそうにありません。それどころか、目をつり上げ、わなわなと腕を震わせていました。
「駄目じゃない! どうして、勝手に外に出るの? 夜中に出歩くのは、駄目っていったでしょ?」
ラタが、こっぴどくしかってきます。
彼女は、チキンのことが心配でなりません。いつもチキンのやること、なすことをはらはらしながら見守っています。
ラタは、チキンにとって母のようなものでした。
チキンは、ラタにとって子のようなものでした。
「研究や開発を頑張るのもいいけど、もし怪物に襲われたらどうするつもりだったの?」
十一歳のチキンは、キンダーキングダムで、一番若い年代です。ですので、ラタだけではなく、他の多くの子供たちから、何かと心配される身なのです。
「ごめんよ。九時半には石原を出ようとしたんだけど、気がついたら、もう十時になってて」
いい訳をしてみると、ますますラタが顔を赤くして怒ってきます。少しくらい許してくれてもいいのでは、と思えます。
ですけど、チキンが一人で夜空の下を歩く、というのは、絶対に九時四十五分には城内に戻ること、という約束の下、ラタが許してくれたのです。彼女がカンカンになって怒るのも、仕方ないといえば仕方ありません。
「もうそのへんでいいんじゃねえの?」
どこからか、しわがれた声がしました。
この声は、とチキンが考えていると、
「着地いいいい!」
ラタとチキンの間を、何かが落ちました。
続いて、低くて、潰れたような汚い音とともに、もくもくと茶色の煙が昇ります。
「……え?」
ラタの顔からは、すっかり怒りが消えています。
チキンはそれを見て安心し、それからさっきの声について考えてみました。
「ゼブルだ!」
パッと顔を輝かせ、チキンは上を見ましたが、どこにも人影がありません。不思議に思っていると、
「ここだ、ここだ、ぐぬう……」
と、なんとも情けない声が、足元から聞こえてきました。
もしかして。
チキンは、煙がおさまるのを待ってみました。そしたら、やっぱり、レゴブロックの床に、人型の穴があいています。
きっと、ゼブルは見事着地を決め、ラタの怒りをしずめようとしていたのです。しかし、失敗したのでしょう。
「えーっと、もしかして、ゼブルなの?」
ラタも、ようやく着地に失敗し、いえいえ、それどころか、城の床を破壊した犯人が誰なのか気づいたようです。
「あらよっと!」
人型の穴から、ガゴン、というかなり大き目の音がし、
「いてえええ」
とゼブルの声がします。
「うぬう。人型の穴というのは、通り抜けにくいもんだ。よっしゃ、ここは一つ、どでかい穴でも作ってやろうじゃねえか!」
「ま、待っ――」
ラタが止める声より先に、人型の穴は巨大化してしまいました。
元気に咲いているヒマワリのような穴が、床にできあがっています。
「うっしゃあ、ま、俺がいいたいのは、子供は自由に生きろってことよ」
グハハハハ、と高笑いしているゼブル。子供の国の王様でもないのに、自作の王冠をかぶり、王族が好きそうなマントまで着ています。かなり本格的な仕様です。しかし、首からかけているごつい十字架のペンダントや、ベルトのバックルがピエロといったところが、やはり彼は王様ではない、という印象を強めています。
ラタは彼を叱りつけようと、口を開きかけましたが、ついつい吹きだしてしまいました。
「あははははっ」
「そうそう、笑っていればよろしいのだ。ガハハハッ」
次の王座を狙うゼブルですが、王になるには十七歳以上でないといけません。まだ歳が十六の彼には、いくら力があっても、王にはなれませんし、そもそも現役の王セブンは、ずば抜けて強いのです。ゼブルが挑んだところで、てんで話にならないでしょう。
「ま、今日も、俺は特訓、特訓」
ヒュウ、と口笛を吹き、ゼブルはかがんで、チキンに顔を近づけました。
「まあ、お前さんも、あんましラタ姉を怒らせるんじゃねえぞ?」
「う、うん」
少しつまづいた返事でしたが、ゼブルは満足げに何度か頷き、レストランへと足を運んでいきました。